第2話 茶イコフスキーvs板チョコ由美
「どうやら、お前たちは何か勘違いしているようだな。率直な思い。忌憚の無い意見。それを求めてはいる。嘘ではない。だが、作品への感想など求めてはいない! ポテチ兄弟はそこの所を大きく間違えていた。俺がちやほやされる為のアイデアを、それのみを募集しているのだ!」
声を張ったせいだろう。喉が潤いを欲している。ティーポットを手に取り紅茶を注ぐ。
「ま、待ってください!」
カップの取っ手をちょこんとつまみ、今まさに飲もうとしていた瞬間であった。
そのヒッシな口調の訴えは耳へと届いた。
誰だ? 聞きなれない叫び声の主は? いぶかしく思い、目線を動かす。
ボールペンはペンケースの中で直立不動の姿勢を貫いている。さっきから微動だにしていない。顔色が赤に、青に、黒に、緑にとめまぐるしく移り変わっている。
当然だ、4色ボールペンはそうでなくっちゃあいけない。
スマホか?
いや、その可能性はすぐに消え失せる。何せ、エネルギー切れで沈黙し続けているのだ。
大学のサークル室へ充電器を置き忘れたのは確かに俺のミス。言い訳はしない。
電気代をちょっとだけ節約。せこく、みみっちい浅はか過ぎる考えだった。恥ずかしい。
だがしかし……。
こいつはいざっていう時に限って、すぐに体力が尽きるという悪い癖がある。
今だってそうだろう。
まさに俺がアイデアを求めている。
ところがふざけたことにこの大事なひと時においてグースカピースカ安眠を、いや惰眠をむさぼっていやがる。
実は充電器こそが本体で、スマホは飾りなのではないだろうか?
ふと、そんな疑問が頭をよぎっていく。
寝ているといえば、ルーズリーフも同様。
だが、スマホとは事情がまるで異なる。
既に力尽きているのだ。俺のアイデアが無数に書き込まれており、今は体力回復の為の就寝タイム。
俺も鬼ではない。しっかりと働いたモノの睡眠時間を削りたたき起こすなど、大変しのびないというもの。
とはいえ、思うこともある。
ルーズリーフがきちんと仕事をこなしてさえいれば、こんな……ブクマも評価も感想もオール0という状況には陥ってなどいなかったのかもしれないのでは、と。
周囲を見渡しても皆が口を閉ざしたままだ。
ポスター、カーテン、鉛筆、消しゴム、ミニチュア楽器、鏡、櫛、ワックスなどなど。
ふむ。声は気の……せいか。幻聴でも聞いてしまったに違いない。
俺はティーカップを口へと近づける。
「私ですよ! ここにいますよお!」
ようやく声の持ち主の正体が判明した。紅茶の水面がふるふると揺れている。
すると、更に別の音もかぶさってきた。
「なによあなた! ドリンクの分際で私たち食品固形物組より目立とうだなんて! 100万年早くってよ!」
呆れてしまう。
何だ、その単位は。馬鹿じゃないのか?
お前も俺もそれほどの未来では、とっくの昔に原子へと還元しているだろう。
板チョコ嬢の、この声は由美か。
「フッ。惨めなものですなあ。固形物ゆえか、頭が硬い。ここは流れるような発想の転換こそが大事! それが分かっていないとは!」
「なんですって! ちょっと表に出なさいよ! あら、ごめんなさあい。器から出られないのを忘れていましたわ。オホホホホ。自由がないだなんて、惨めなものねえ」
放っておけば、ウダウダといつまでも続きそうな無益な言い争いが目の前で繰り広げられていた。うんざりする。
「おい」
「な、なんでしょうか?」
「意見がないのであれば、黙っていろ」
「で、ですが……あの。たかが紅茶ごときが」
「放り込むぞ、口に!」
途端にシュンとしおれ、丸みを帯びていく。
ああ、駄目だな。
由美はもう少し頭の冴えている娘だと思っていたのだが……考えなしにただ反対だけをするなど、愚かモノとしか言い様がない。固形物vs液体物という概念にとらわれた狭い視野も救いようがない。
おまけに、もう1つ駄目だ。
ティーポットの側近くに位置していたせいだろう。板チョコは熱を浴びいくらか溶けている。
こいつはもう、長くはないな。
かつての、銀紙をパリパリと剥いだばかりな頃の、初々しい輝きを取り戻せそうにはなかった。
しかしながら、俺は慈悲心あふれる優しき男。
ただだちに、たった今の執行は猶予することと決める。乾ききっている喉にチョコなど、阿呆の所業という思いもある。
それよりなにより、ドリンクの意見をこそ早く聞きたい。
起死回生の神のごとき知恵、とまでは望んでいない。採用可能なまともなアイデアを求めているのだ。
机の上へ、ティーカップをそろりと戻す。
「ガンバレー」「郷土の誇り!」「ビシっと決めろよお」などといった声援も聞こえてくる。カップの中身とよく似た声質のモノたちからだった。
最前までティーポットの中で一緒に過ごしていたモノたちよりの応援。
孤立無援ではない。そう感じられたのであろう。
ティーカップの中の紅茶からは湯気がもうもうとたち上がっていく。プルリと揺れている。武者震いというものか。
「ホット紅茶の茶イコフスキーと申します」
「聞こう」
その名前はどうだろう? と思わないではなかった。だが、今は気にしている場合ではない。
「それでは発表します。時代は……」
何だか分からないが随分と自信があるような口ぶりである。おまけに、あえてタメを作っているその言い回し。
このモッタイブリ。コイツ、なかなか出来る。
いいぜ、乗ってやろうではないか。この大波に。
「時代は?」
俺は期待に胸を躍らせながら、続きをうながず。
「テンプレですよ。なあ、みんな! そうだろう!」
ティーカップは机の上に置かれたままだというのに、表面が激しく波打ちうねっていた。
な、何を言っているのだ。このモノは。
「異世界に行かないと!」
茶イコフスキーがドヤ顔で、満面の笑みで叫んでいる。
「イイネ!」
ティーポットからの、後押しするかのような声援が部屋中に響いている。
「転生しないと! 例えばトラックに轢かれてとか! 神様が間違えて死なせてしまった、なんて言い出して勇者として生まれ変わるんです。そんでもって、チート能力をくれるんですよ!」
「イイネ!」
「おいティーポット、少し黙ってろ」
俺の唇はプルプルと震えていた。
「異世界なのに日本語が通用するんですよ! 出会う娘という娘から都合よく惚れられるんですよ! ハレームですよ! さてさて我が主様よ。このアイデア、いかがなものでしょう?」
……俺に……感想を求めていやがる。
茶イコフスキーよ、何というボールを放ってくれたんだ。言葉のキャッチボールにもなっていないではないか。
誰も時速300kmの剛速球をいきなり投げ込んでくれなどと頼んではいない。
プロの物書きではないんだ。そんな球を捕れるわけがないだろう。
勇気を奮って捕りにいったとしても、骨折するのが関の山ではないか。下手をすれば命に関わる怪我を負ってしまう。
そもそも……嫌だ。いや、嫌というか。
何十人、いや何百人という単位だろう。もしかすると4桁を超える作者たち。かれらの手垢がベタリと付き過ぎている。二番煎じどころの話ではない。おまけにテンプレにしても古い。
それに……。
「タイムスリープ!」
俺は呪文を唱えた。