第1話 ポテチ兄弟
なろうへ投稿している小説情報のチェックは1日に1度と決めている。それが俺のジャスティス。
理由は簡潔にして明瞭。日に何度も確認するほど暇人ではないからだ。
……すまない、嘘を付いていた。
本当のところはブックマークが0人。評価も0点。感想も0件というオールゼロ。三冠王の画面を見たくない。それゆえに、1日1度と決めている。
アクセス解析も似たようなもの。
伸びないPVとユニーク。
目に映るのは1時間辺り0件、0件、0件という無慈悲な横バー。
出っ張りが控えめな方が好みなんだよね。ちっぱいが好きなんだ。
とかそういうレベルの話ですらない。
見通しの良い平野が広がっている。山もなければ谷もない。フルフラットなのだ。
ふざけるなと叫ぶ心は血を流し、目から涙があふれ出る。
……すまない、少々話を盛っていた。
とにかくだ。俺のガラスのハートはキリリと痛み、悲鳴をあげている。
なんとかしなければならない。俺の、主に心の平穏の為に。
具体的にはちやほやされたい。
……すまない、本音が駄々漏れしている。
……すまない、これっぽっちも具体的ではなかった。
贅沢は言わないから、せめてブックマーク1000万人くらい。
これくらいはmast……間違っていた、船に帆を張ってどうする。
must。つまり必須だ。
そもそも、投稿するのを止めればいいじゃんとか、その手のまっとうな意見はなしである。願い下げというもの。
「やれ」
俺は短くそう命じた。
「ドンドンパフパフー♪」
ミニチュア楽器隊によるほんの数秒の演奏が終わる。
「これから。第1回ポイントゲットするにはどうすればいいのか会議を開くこととする。お前たち、何か良いアイデアがあれば言ってくれ」
俺の決意を込めた力強い発言が室内に響く。けれども、すぐに掻き消えていった。
その後は、情けないことにシンと静まりかえっている。
チクタクチクタクと秒針を刻む時計の音だけが耳へこだましている。
誰もかれもが無言のまま、近くに座るモノを横目でちらりと見やっている。やや、うつむきがちに。
「誰かいないのか? 何でもいい。かまわないので、思いついたことを率直に語ってくれ」
ピンと張りつめた空気の中で無言の時間だけがひたすらに過ぎていく。
どれくらいの時が過ぎたことだろう。気が付けば、部屋の中からは灯りが消えていた。
PCのモニターが省電力モードとなり真っ暗になっている。
いつの間にやら時計の秒針以外に新たなる音が加わっていた。春の雨がシトシトと窓を叩いている。
暗闇は好きじゃない。俺はマウスを動かしモニターに再び命を吹き込む。
その時であった。
おずおずと、ようやく。
けれども、力強く一本の腕がゆっくりと上がっていく。
スナック菓子のポテチ太郎だった。
カラッと揚がったフライポテトを器用にも掲げている。ちなみに胴も頭も足も腕も、全てがポテトなのは言うまでもない。
「おお、道を切り開くモノ! すなわち勇者!」
俺は声を張り上げる。いくらかオーバーアクションなのは承知の上のこと。
こういうのは最初が肝心なのだ。たとえそれがどれほどのカス意見であろうと、とにかく誉めるに限る。
そうすれば、それがきっかけとなる。やがては我も我もと声が上がろうというもの。
我ながら恐ろしくなるほどに斬れ味鋭く、かつパーフェクトな計算。
「面白く……無いんですよ」
ポテチ太郎がポツリとつぶやいた。
「そうか……」
俺は口の中へとポテチ太郎を放り込み、ザクリザクリと音を鳴らして噛み砕いた。
無慈悲ではないか。横暴ではないか。
そう思うモノもいるのかもしれない。
だが、これは仕方の無い、否、当然のことなのだ。
聞きたいのは、探しているのは。
誰でもが抱くであろう感想などでは断じてない。
ブクマや評価ポイントを伸ばす為のアイデアをこそ、求めているのだ。
それなのに、思考があさっての方向を向いていやがった。俺の投稿小説への感想を述べるだなどと……おこがましいにも程があるというもの。
ましてや誉めているのならばともかく、批判など……許されざる不敬。
様々な意味において空気を読めないモノにまで伸びシロを見出し、将来性重視で育てる余裕などはない。求めているのは、即戦力。
そもそも、ポテチ太郎には親族が大勢いる。たくさん控えている。代わりのモノなどいくらでもいる。
出身はお徳用パーティーサイズ袋ではない。ないがミニでもない。普通サイズなのだ。
先ほどから腹の足しにとちょこちょこつまんではいるものの、残りはまだある。
「今、気狂いのたわけ声が聞こえた! とても残念である。さて、他のモノはいかが考えている? 忌憚の無い意見を。さあ、真の勇者の名乗りを上げるモノはいないのか!?」
ポテチ袋がガヤガヤとざわついている。
ポテチ太郎の末路について、俺が言い訳をするとでも思っていたのだろうか?
血も涙も無い処刑と見えたのか?
目の当たりにし、動揺しているのだろうか?
「文章にセンスが……ありませんね」
袋から顔だけをのぞかせたポテチ次郎の大声が室内にこだましていった。開き直った口調で、吐き捨てるかの様な暴言。
いや、実際に吐いている。芋と脂にまみれた身体を振り振り、表面に付着している粒塩を机に撒き散らしていた。
口の聞き方も知らなければ礼儀作法もわきまえぬ、不届きモノの姿がそこにあった。
「……お前もか。漢の心情をまるで理解していない」
俺はポテチ次郎をむんずと掴み、3枚まとめてポリパリと咀嚼する。
覚悟はしていたようだった。
塩気の足りない微妙味へと変化している。せめてもの抵抗というわけか。
口直しをすべく、袋へと手を伸ばす。
ところが、指先がひたすらに空を切る。
しまった! ラスト3枚だったのか!
知っていれば、1枚ずつ味わいながら食べていた。
腹が立ってくる。
自らのうかつさとポテチ兄弟最後の悪あがきに。