【幸せ宅配便】
俺はイアン・K・ファティマ、小説家だ。
そう、俺は小説家になれた。今は小さなコラムを任されているんだ。
君はどうだい?
いつか編集者と作家として、世界的ベストセラーを連発してやろうと語り合ったこと、忘れてないだろうな。
そうそう、ベストセラーといえば、七不思議を知って居るかい。ただの七不思議じゃないよ。この大陸に伝わる七不思議さ。
魔女へのインタビューを録音した、ボイスレコーダーを拾ったんだ。取材先で道に迷ったときは、もうだめかと思ったが、いいこともあるもんだな。
それから、夢中になって七不思議を調べてるうちに、ひとつ思い出したんだ。
幸せを宅配する、不思議な人物に会ったことをな。
むかし、お袋が高熱を出したのに、治療費すら捻出できないことがあったんだ。俺は、五百円を握りしめて途方にくれるしかなかった。
そんなとき、近所のトミおばあちゃんが教えてくれたんだよ。
月が一番きれいなときに、本当に叶えたいことを三回言いなさいって。
心の底から願えば、天使がやってきて、願いを叶えてくれるそうだ。
笑っちゃうだろ?
でもトミおばあちゃんが、あんまり真剣に言うから、試してみたんだ。そうしたら、来たんだよ。
すべてを見透かすような金色の瞳は、まるで満月みたいだった。
とってもいい匂いがして、俺は泣くことも忘れて、見とれてたっけ。
お母さんを助けてって言ったら、快く承諾してくれて……あのときは本当に嬉しかったよ。それまでは、お袋が親父と同じ病気で死ぬんじゃないかって、不安であまり眠れてなくてさ。
緊張の糸が切れたんだろうな。彼女が治療してるそばで、寝ちゃったんだ。
翌朝、奇跡が起きた。誰かが介護しなきゃ立てなかったお袋が、ピンピンしてたんだよ。顔色も、すごくよくなって、俺は久々にうれし泣きしたね。いまも、年齢を感じさせないくらい元気なんだよ。
確かに、彼女は幸せを届けてくれた。だから、今夜あのとき言えなかったお礼を言おうと思ってるんだ。給料三ヶ月ぶんの指輪と、花束も用意してさ。
自覚はなかった。けれど、多分あれが俺の初恋だったんだ。プロポーズくらいしたって罰は当たらないさ。次に連絡するときは、きっと結婚式の招待状を送るよ。
それじゃあな。
——あれから、何年経っただろう。彼は、未だに行方不明のままだ。
……私の今住んでいる地方には、こんな伝承がある。
月のきれいな晩には、悪魔に気をつけなさい。
天使を装って近づかれたら、一目散に逃げなさい。
魅入られたら、死ぬまで悪魔から離れられなくなるのだから。
2015/11/18加筆修正