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三、ワルター再び(二)

                 ※

 それはまるで一幅の俯瞰図を思わせる光景だった。十人くらいはいる汗まみれの労働者たちが、一輪車でジャリを運びつるはしで岩石を砕き、シャベルで掘った土を盛ったりと各々の役割を演じていた。その中で一際目をひくのは、全長二メートル近くはある岩石を引っ張っている三人の男たちであろうか。

 「よし、いっせいのせいで引っ張れ!いいか、下に車輪代わりのころが引いてあるから、これまでみたいに余計な力は使わないですむ。いいか、いっせいのせっ!」

 三人の中のリーダー格は中肉中背だが引き締まった体格の片目の男、ジーク・フリーズその人だった。彼は一番前で括りつけたロープを引っ張りながらかけ声をかける。それに呼応して、横の二人の肩ははちきれんばかりに盛り上がってグッグッと岩石は移動していく。

 「よしよし、いい調子だ!もう一丁っ!」

 と、そこへ、

 「先生、先生にお客人でさあっ!」

 野太くそれこそ五十メートル先まで聞こえてきそうな馴染みの声が。何事かと仕事の手を休めてみると、やはりその主は親方であった。その横にこれまた見覚えのある顔が一つ。他ならぬかつての弟子ワルターであった。フリーズ舌打ちをした後、

 「やめいっ!みんな仕事を止めろ!そろそろ昼時だ。一時過ぎまで休みだ!以上っ!」

 実際のところまだ昼食の時間には早かったが、少なくともこの現場を任せられているフリーズがそう唱えればそれが絶対となる。しばし歓声が沸き起こるなか、親方は楽をすることには一も二もなく賛同する子分たちの軽薄さに忌々しさを覚えながらも、来客を伴ってフリーズの前へと歩み寄っていく。

 「昨夜、“ウインザー”でお会いした、先生のお弟子さんだったというワルターさんですが……」

 そこまで言いかけて、親方は言葉が続かなかった。フリーズの左目に圧倒されていたからだ。彼のその時の視線は決して鋭いものではなかったが、なにかを見通そうとジッと射竦いすくめるように相手の顔から目をそらそうとしないのだ。大抵の者が悪癖と受け取れるこの態度には閉口する。数十人もの荒くれ共をいいように使い回している親方でさえ、この視線にはまともに耐えられないらしく、しばし言葉を探し出そうと頭を掻いた。

 「先生、昨夜は無礼の段平にお許しください。なにしろ世間知らずの御方ですので、あのような口の利き方しかできないのです。改めて今日は、いろいろとお話ししたいことがあります。お手数でしょうが、お時間をいただけないでしょうか」

 ワルターが口火を切った。深々と頭を下げながらの発言に、かつての師匠剃り残しの髭を顎から抜きながら、

 「常識知らずはお前も同じだ。昼時に訪ねてくるとは神経を疑われる。この師にしてあの姫ありだな。まあ、よかろう。親方、すまんが、こいつの分も用意してくれ」

 「いえ、私は……」

 「バカ、遠慮するたまか。弟子入りした時、三日も食ってないといって丼飯を五杯もお代わりしたのはどこのどいつだ。そういうわけだ、頼む」

 不愛想だがどこか温かみのある言葉に、ようやく親方とワルターは胸を撫で下ろす思いとなった。では、少しお待ちくだせえと駆け足でいく親方を見送りつつ、

 「まあ、座れよ。飯が来るまで突っ立っているわけにもいくまい」

 ところどころに転がっている岩の一角に座を勧められた。腰を下ろすと、遥か彼方に山脈が連なっていた。来る時には気づかなかったが、聳えた山々の表情にはどこか荒々しい雰囲気が漂っていた。

 「ここからではわかるまいが、山といった山はすべて地肌がむき出しになっている。なんでも今オレたちが座っているこの場所にも、山が一つあったらしい。地球からの移民が金鉱探しのために、山を掘り返して掘り返して何百年と経つうちにいくつかは消えてしまい、残りも無残な姿をさらす羽目になった。まったく、人間の欲望というのは留まる所を知らないな」

 「そういえば先生は、地球の出身でしたね。たしか青い惑星とか」

 「それも何百年も昔の話だ。今は第七太陽系のドブ惑星などと、コケにされているありさまだ。それくらい自然環境も汚染されている。現に地球人の何割かは、母星に見切りをつけて他の星へ移住してしまっているからな。オレにしてもそうだ。あの星にはいい思い出はありはしない」

 ワルターはただ黙って聞いていた。思えばその時フリーズが口にしたことは、昔何度となく耳にこびりつくほどに話された事柄だった。

                   ※

 十二年前、プロメテウス銀河最強の剣士を選ぶ銀河剣武大会に初出場した時、ワルターは二十四の青年だった。四年に一度行われるこの大会に出場すること自体、剣士あるいは騎士と呼ばれる者にとってはこの上もなく名誉なことだった。だが、ワルターがここに行き着くまでには八年もの歳月を要した。

 ワルターの家庭は決して裕福なほうではなかった。穏やかで人と争うことを好まなかったという武闘家らしくもない性格は、少年時代から変わらなかった。むしろそれは活発さを自然に要求される少年期には、いじめの対象にしかされないほどのか弱いものといえた。毎日泣かされて帰ってくる彼に、木刀を欠かさず振ることを教えたのは一番上の兄だった。九人兄弟の末っ子として可愛がられながらも、どこか線の細さを感じさせる二回りも下の弟に、まず日課として木刀振りを続けることを命じた。

 「いいか、朝百回、夕方百回、更に寝る前に百回庭先で木刀振りをするんだ。それを一ヶ月続けたらまた百回ずつ増やしていく。とにかく必ず続けることそれが大事なんだ」

 少年にはそれが意味のあることには思えなかった。が、既に白髪の混じった父に代わって一家を支えている長兄の言葉には逆らえなかった。朝早く起きるのがつらく、半べそをかきながらの木刀振りにつき合ってくれたのは彼と歳の近い姉で、むしろ彼女のほうが積極的だった。とはいえ、地味な木刀振りと地元の剣武道場での鍛錬は確実に少年の腕を向上させた。十六の時、星ではもはや彼に敵う剣士は一人もいなかった。剣の道を極めるため武者修行に出たいと言った時、まず長兄が反対した。

 「なにを馬鹿なことを言ってるんだ。お前の腕前はこの星ではたしかに並ぶ者がないほどだ。そんな夢みたいなことを口にするくらいなら、道場でも開けばよかろう。そして所帯を持って一人前になることだ。亡くなった父さんもそのことを望んでいたことだし」

 世帯主である長兄がこれでは、他の者もうっかりしたことは言えない。年老いた母はよくよくお考えと伏し目がちにつぶやき、兄弟たちも世の中は広いんだ、お前のような者にはつら過ぎることだと諭した。彼らの反対が少年の意志を固まらせることになろうとは、恐らく誰も思わなかったのではないか。それくらい普段の彼は、聞き分けのよい素直な少年であった。だが、剣というたった一つの生きがいに関しては間違いなく頑固だった。

 少年ワルターが無断で家を飛び出したのはそれから間もなくだった。ほんの二、三年で武名を挙げて故郷に錦を飾る。その腹づもりでいた。が、右も左もわからぬこの少年は、早くも旅費を盗まれるという災難に遭い、以後旅先で剣とはまったく関係のない力仕事などでかろうじて飢えをしのぐという生活を余儀なくされた。この時の苦労が、ただでさえ慎重なこのワルターという人物の性格に若者らしくない渋さと落ち着きを深めさせる元となる。

 八年後銀河剣武大会に初出場した時、ワルターは歳不相応のその落ち着きぶりから、まるで何度も出場している歴戦の兵と思い込まれ敬意を払われた。彼自身いつしかその気になり、誇らしさで一杯でいるところへ。

 「おっさん、トイレならすぐ行ったほうがいいぜ。いるんだよな、必ず一人か二人は試合前になると緊張しちゃうのが」

 なれなれしく肩を叩きながら話しかけてきた者があった。歳の頃は十代の後半くらいであろうか。どこかやんちゃな風貌のその少年の態度に、さすがのワルターも多少はムッとした。

 「これは武者震いだ。君こそ私に話しかける暇があったら、体ならしをしておいたほうがいいんじゃないか。神聖なる試合を前にして、大抵の者たちは練習の点検をしているというのに」

 そのまま横を向いて黙殺しようとした。

 「今更練習の点検をするなんざ、自分に自信のない奴だけさ。普段やっていたことが確実なら、そんな無駄なことをする必要はないさ。むしろリラックスするほうがいい。別に命まで取られるわけではないんだしさ」

 少年は両目をキラキラ輝かせながら顔を近づけてきた。どういう訳だかワルターが気に入ったらしい。やがてワルターが第六太陽系の出身だということを無理に聞き出すと、手を叩かんばかりに満面に笑みを浮かべて、

 「すぐ隣だな。オレは第七太陽系の出だ。そこの地球っていうのがオレの生まれ故郷なんだ。何百年も前には緑の星って呼ばれていたくらいきれいな星だったらしいが、今はもう汚いのなんのって。思わず笑っちまうくらいだよ」

 楽しげに何故か自分の故郷の悪口を延々と語っている少年に、ワルターはいささか辟易させられやがて話題が自慢話に転じてきたことでうんざりした気持ちとなった。

 「でもオレは地球っていう星が好きだ。汚かろうが生まれ故郷だからな。それにいつかは昔のように緑で一杯の星に戻るだろうって、結構都合よく考えているわけよ」

 「それはよかった。それより開会式までそんなに時間もない。そろそろ所定の位置に戻ってはどうかな」

 「あっ、そうか。もうそんな時間になるんだ!」

 素っ頓狂な声を上げたかと思うと、己の部屋へ戻るためであろう。少年はじゃあと片手を挙げて行こうとしたがなにを思ったか、

 「なあ、おっさん」

 「なんだ」

 「縁があったら優勝決定戦で会おうぜ!」

 その言葉にワルター、ピクリと眉をひくつかせたが、

 「そうだな」

 「じゃあな!」

 陽気に手を振って駆け去っていく少年を見つめながら、面白くなさそうにつぶやいた。

 「まったく大会を舐めるにもほどがある。あんな小僧っ子が優勝決定戦に出られるくらいなら、俺なんかは優勝してしまうじゃないか」

 後は苦笑を浮かべつつ、静かに息を整えて戦いの時をひたすら待ち続ける剣士本来の姿へと戻っていった。三十分後、彼は多くの出場者と共に開会式に出たが、早くも先刻の少年の姿を目の当たりにすることとなった。

 ワルターはただ唖然とするしかなかった。出場者全員が見上げる形で君臨している王座に腰かけていたのは、間違いなくあの人懐っこい少年が……。

 「では、紹介いたしましょう。前回若干十三歳で最年少チャンピオンとなった男、ジーク・フリーズです!」

 司会のアナウンスに応えるように、その若々しいチャンピオンは片手を宙へ高々と上げて立ち上がった。

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