王の孫の居場所
リクエストがありましたので、続きを書いてみました。二代目大公の兄弟の話にしようかと思ったのですが、前作で三代目について触れていたので三代目にしてみました。
「ですから!我らが独立するためには皆さんの協力が必要不可欠なのです!」
机を強く叩き、声を張り上げる。周りは気まずそうな顔をしつつもそんな私に視線を集めてくる。
私の名は、ウルフェリン・フォースミラン・イスルギ。公国第2王子をしています。
我が公国はかつて侵略の折に建国された国であり、初代大公である祖母の出生国の属国であります。そして、私は今その宗主国で声を張り上げ、独立のための流れを作っているのです。
正直、胃が痛くてたまりません。今すぐにでも悲鳴を上げて逃げ出したいのですが、そうもいきません。私の後ろには恐ろしい鬼たちがいるのですから。
「ウルフェリン、ちょっと宗主国にいる馬鹿に頼まれたから独立の流れを作って来て」
母である二代目大公はそう言って私にすべてを押し付けた。ちなみに馬鹿とは祖母の兄の息子、つまりは母の従兄であり現在の国王様のことです。秘密裏に会ったことがあるとはいえ、公の場では頭を垂れる相手に頼まれたお芝居。
その舞台上で私は死にそうなのですが…。
「ウルフィー、これは資料です。失敗は許されません」
叔母である侯爵様からは辞典かと疑うほどの分厚い資料を渡され、何が何でも公国の独立をもぎ取って来いと脅される始末。どれほど寝ていないのか目の隈がまるで模様のように深く刻まれた眼差しで睨まれ、私は漏らしそうになったのですが。
「殿下、これは先代の意志でありつまりは国の意志です。失敗は許されません。何より、あのお方のためにも失敗など使用ものなら…」
叔母によってつけられた監視――もといメイドは私に釘を刺すようにそう言っていた。この時、おそろしいのが比喩ではなく実際に釘と鎚を持っていたことだろう。それを何に使うつもりなのかは恐ろしくて聞けなかった。
そうだ。私に失敗は許されない。この独立には存亡(主に私の)が懸かっているのだ!
それからも私は渋る属国の代表者たちに彼らの独立の理由、それをするに十分な証拠の数々を上げていく。時には国の経済事情から、代表たちの隠したがっているであろう秘密の暴露を仄めかす内容まで。ありとあらゆる手段を講じた。
「――では、決を取ろう。独立を願い出る国は挙手を」
宗主国国王の一声で、私を含めた代表者たち全員が手を上げた。
それをしかと見届けた王は、満足気に頷く。
「たった今から貴殿らの国と我が国は対等な国として成立した!」
終わった。
王の宣言で独立が承認され、私はようやく気が抜けました。
「ハッハッハ!見事であったぞ、ウルフェリンよ」
豪快に笑い飛ばすのは、国王だ。あの後、すぐに私は国王に呼び出されお茶を共にしているのだが、先程までの心労のせいで味なんぞわからん。そもそも胃痛がして流し込むほどにむかむかしてくる。
「これでようやく肩の荷が下りたわ!」
そうですか。私の荷はまだ重さがあるのですが、というか私の戦いはこれからのような。
「――殿下、お見事でした」
ようやく解放された私が部屋に戻ると、メイドが出迎えてくれた。
「この結果は、きっと先代大公夫君もお喜びになるはずです」
このメイドはかつて祖父が治めていた領地、そこで祖父に仕えていた者の孫にあたる。
彼女の祖父母は王命だったとはいえ、祖父に過酷な道を辿らせてしまったことを今でも後悔しており、祖父の幸せこそが自分たちの幸せだと断言する狂信的な信者だ。そしてその血を彼女も受け継いでしまっている。
普段は無表情を装っているのに、祖父が喜ぶだろうと考えているその頬にはかすかに赤みが差している。と言っても、普段から見ていなければ気付かない程度の誤差なのだが。
「これまで殿下を厳しく躾けてきた甲斐があっというものです」
「いや、ちょっと待て!?それは納得できん!」
厳しい?あれはそんな生易しいレベルじゃなかったぞ!
幼少期、父恋しさ故に普通の子供では見せない才能の片鱗を見せた母。現在では公国だけでなく、周辺諸国にも浸透している教育制度を考案したのは十になる前のこと。
だから、私にも同じように優れた才能があるはずだと寝る間も惜しんで知識を叩き込んのが厳しいだと?こっちは死ぬかと思ったわ!
「そもそも、叔父上や叔母上が自由なのになぜ私だけっ!」
「それはしょうがありません。あのお二人は既に公国とは無関係の人間です」
母には侯爵である叔母とは別に、双子の兄弟がいた。
その二人は国の要職に就くこともなく、早くから外の世界へと旅立って行った。たまに帰って来た時にはたくさんの土産話を聞かせてくれるほどに。
「…なんでそんなに叔父上たちには理解があるんだ」
その十分の一でいいから私に分けてくれ。
「それはしょうがありません。あのお二人の出奔をお認めになったのは先代の大公夫君なのですから」
「…………何?」
そんなの初耳だぞ。私は、あまりにも自由気質な二人に呆れた祖母が国か自由か選べと迫ったと聞かされていたのだが。
「本来ならば、ご自分で伝えるつもりだったようですが…」
どうやらここでも祖母の熱愛ぶりが発揮されていたらしい。普段から厳しいところを祖母が務めていた夫婦関係をここで変えるのも変だという理屈で祖父が考えた方針を祖母が伝えたのか。実際のところは祖父が傷つく様を見たくなかっただけだろう。
「…はぁ」
なんだか真相を知ればどっと疲れが押し寄せてきた。
「お休みになられますか?」
「……あぁ、そうするよ」
「では…」
私が答えると、彼女はいつものようにそっと膝を貸してくれた。
幼い頃から疲れると私に膝枕をしてくれた彼女。その温もりに安らぎを覚えつつ、私は見下ろす彼女の頬にそっと手を伸ばした。
「…殿下?」
きょとんと首を傾げる彼女に、私はそっと告げる。
「私と結婚してくれ」
「で、でんか!?な、何をおっしゃって――」
動転する彼女に、私は一枚の紙を見せつけた。
「そ、それは?」
「母上たちに私が突きつけた条件だ」
私だって何も好き好んでこんな大変な役割を担ったわけではない。初めこそ叔母の代理だったが、私はある条件を突きつけたのだ。
「その書状には私とお前の結婚を本人たちの同意があれば認めるとしたためられている」
私のサインは入っているから後はお前のだけだが。
「いけませんっ、私はただのメイドなのですよ!」
「…そう言うと思ったよ。だがな、その書状をよく見てみろ」
私はそう言って、裏側からその箇所をとんとんと叩いて見せた。
「ここには、祖父の署名もある。つまりはこの結婚は先代大公夫君もお認めになられた正式なものだ」
自らが生涯の忠誠を捧げると誓った相手からの許可。それを受け、彼女の瞳から滴が零れ落ちる。だが、それが書状を濡らす前に、彼女がさっと手を出して受け止めていた。
それほどまでに忠義のある者が取る行動など決まっている。
後に公爵となった男は妻の膝枕でいつも複雑な表情を浮かべているのが目撃されている。
その理由を彼は頑なに語ろうとしなかったが、ある日祖父の肖像画を見ながらそんなに似ているか?と耳を擦りながら呟く姿が目撃されたとかされなかったとか。
かつて、公国と呼ばれていた国。その国は三代目が就任してさほど時期をおかずに独立を果たした。それを陰で支えていたのが三代目の弟であるだと言われている。
三代目大公にして独立国初代女王の弟であるウルフェリン・フォースミラン・イスルギは初代外務大臣に就任。また、独立後に発足したかつての宗主国と属国で形成された大陸連盟においては理事を務めるなど精力的に活動したと言われている。
彼は大変な愛妻家としても知られており、元々は平民であった妻を行く先々に連れ回し片時も傍を離れることはなかったという。
『妻が一目も見れないのは辛いと言うので、連れていくことに。いい加減に離れることを覚えてくれれば…。そう思うと同時に、それでは彼女でなくなってしまうとも思ってしまう。
私も彼女と離れがたく、彼女が望むのならばどんな時でも連れて行こう』
後年発見されたウルフェリン・フォースミラン・スメラギの手記と思わしい物にはこう記されていた。
彼の手記でこの惚気と読み取れる内容が書かれているのが決まって親族が一堂に会する日だったことから、身分違いの彼女との結婚は歓迎されておらず肩身の狭い思いをさせるぐらいなら置いていこうとしたが、同じように離れたくないと感じたウルフェリンが妻を連れて行った時の想いを綴ったものだとされている。
※手記について捕捉
一目会えないのが辛いとありますが、それは普通に先代大公夫君についてです。彼女が疎まれていたなんてことはなく、むしろウルフェリン以上に打ち解けていました。
あの手記は祖父離れしてくれない妻に対する愚痴が書かれている物です。