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†8 フルビット

 ニューヨークのハーレムで最高の警官とは、退職まで一度も(・・・)ホルスターから銃を抜かなかった者の事を言うそうだ。

 要は、あからさまな力を行使しなくても、その存在だけで全部の事件を解決できた男という訳だ。

 僕がチートスキルを一度も行使していないのは、しかしそれが理由ではない。


 街にたどり着き、宿を探すよりも前に三下の襲撃を受けた。

 装備も貧相だし、食料も薬草も残り少ない。なけなしのお金を消費しつくしてしまおうと商店街へ向かった時の事。一同と別れ、青王に乗って揺られながら。



「また会ったな小僧」



 背後から、知った声がした。



「またあんたか」



 振り返ると奴だった。黒光りした速そうな馬に騎乗して、笑顔でも作っているつもりだろうか、唇を歪めている。そして彼はま新しい虎の毛皮を被っていた(・・・・・・・・・)

 剣を抜くのは同時だった。

 ここは街中だ。派手にやり合うのはまずい。だが盗賊は待ってなどくれない。

 本当は聞きたいことが沢山あった。



「いい服じゃん、怪我はもういいの?」



 剣を交えながら声を掛ける。



「ここで会ったが百年目、お前には貸しが一杯あるからな」

「一度、その件について話したかったんだ」



 つばぜり合いから一度弾き飛ばし、隙を狙った一撃はかわされる。



(ひざまず)いて許しを乞うたら、半殺しで勘弁してやる」

「所詮、力でしか語り合えないというわけか」



 突然のチャンバラに通行人は騒然となり、警備兵を呼びに走る者もいる。

 三下は巧みに馬を操り、青王の退路を塞ぐ。

 警笛が鳴り響き、武装した騎馬警備兵がすぐに駆けつけた。

 降りかかる火の粉だが、ここで捕まるのも面倒だ。

 馬を走らせ、その場を逃げ出す。三下も追ってくる。背後からの剣撃を逆手で受け止める。制止を呼び掛けながら警備兵も続く。

 商店街を駆け抜け、籠の果物を引っ掛けてぶちまける。坂を転がる林檎やオレンジに、警備兵の馬は前脚をあげていななき、あるいは足元を取られ転倒する。



「他でやれ馬鹿野郎!」



 涙目の店主が大声で怒鳴り、野良猫が逃げ出す。切先が掠めたロープが切れ、馬車の酒樽が幾つも転げ落ちてワインの小川と噴水が出来あがる。酔っ払いが大喜びして手を叩く。逃げ惑う人々で遊歩道は滅茶苦茶になる。

 釣られたケバブの肉塊を挟んで斬りあう。抉られ減ってゆく商品に、シェフは帽子を抱え、伏せたまま肩を竦める。

 張り出したテントを蹴り倒して足止めをするも、幌を真っ二つに切り裂いて三下と黒馬は躍り出る。

 高価そうな硝子製品の棚をなぎ払い、三下に破片を弾き飛ばす。虎の毛皮でそれを防いで彼はなおも追撃の手を緩めない。

 街道を逃げる、青王も三下の黒馬も泡を吐いている。

 もう限界か、と思ったとき、火球(メリト)が目の前を交差し、三下を直撃した。

 落馬して転げ回り、消火する三下。



「何してるんにゃ」



 トコが呆れた顔をして腰に手を当てていた。



「いや、ちょっと」

「とりあえずこっちに来るにゃ」



 細い路地を指差し、トコが先導した。



「どこ行くんだよ」

「いいから来るにゃ」



 声が、怒っていた。



「そこなら、警備兵も盗賊も入って来れないにゃ」



    ※    ※



 裏口からこっそりと入った魔法学園ではトコの後輩達がかしましく待ち構えて迎えてくれた。



「聞きましたよ、やっちゃったんだって?

「トコ先輩の彼氏さんって本当なんですよね?

「二人の関係って何処まで進んでるんですか?

「まさか、そんなきゃー!

「もう、うるさいにゃーっ!」



 寄り来る後輩達を照れ隠しに怒鳴りつけてトコは僕の手を引っぱる。

 引きつった笑いで後ずさりしながらその場を抜け出す。盗賊の方がマシだったかと一瞬思った。

 厩舎に入れて青王を休ませる。



「何であんな事になったかは聞かないにゃ」



 静かな声でトコは言った。



「一緒にショッピングしたかったなんて言うつもりもにゃいし」



 顔を覚えられていたとしたら、確かにしばらくは無理だろう。僕はただ、降りかかる火の粉を払っただけなのだが?



「パパとママに会って欲しいなんて贅沢も言わないにゃー!」



 とトコはカギ爪を出して厩舎の柱を掻き毟りだした。毛を逆立てながら。

 その姿に、青王や他の馬たちも怯えている。



「後でゆっくり話しあおう、怪我の手当てしてくる」



 いうほどでもなく、かすり傷ではあったが、しばらくはそっとしておこう。僕はその場を切り抜けようとする。盗賊との戦いよりもピンチだった。



「治療なら私が出来るにゃ」



 そして逃げ道も断たれた。

 これはピンセットに挟んだ脱脂綿の消毒液をグリグリされるパターンか。



「じ、自分で出来るよ」

「大丈夫だってば、小回復(ディオス)



 やめて。と体を反らして避けようとする。ダメだ、光が体を包んだ。あえなく傷の痛みがひいてゆく。



「なんで…」

「えへへ」

「回復魔法は僧侶の覚える技。まさかトコ、君は」



 魔法使い(メイジ)ではなく、僧正(ビショップ)だったのか。



「このレベルで火球(メリト)程度しか使えないダメ魔法使いだと思ってたかにゃ?」

「いやそういう訳では」



 ビショップはメイジの魔法も僧侶の魔法も使えるが成長が遅い。

 怒りは覚めたのかトコは聞いてもいない魔法の使い方をレクチャーし始めた。



「火の精霊とか氷の精霊ってのは本当はいないにゃ。

 学園でも最初に(にゃら)うことにゃんだけど」



 魔法というのは精霊の存在を仮定して、それを怒らせたり泣かせたりする事で、効果を引き出すものである。しかし仮定は虚であり、存在しない。その仮定した存在に、働きかけをすることで起こる現象を、火の精霊とかの仕業だと表現しているに過ぎない。

 働きかけには通常、精霊言語と呼ばれる言葉を使う。

 言葉自体に効果がある訳ではなく、それでからかったり非難したりする事で炎を出現させあるいは凍りつかせたりするというわけだ。

 同じ言葉を用いても、関係性によって真逆の意味になる事だってあるし、そもそも興味を持たれなければ見向きだってされない。

 その代わり仲良くなるにつれて言葉は少数で済むようになり、しまいには言葉を使わないコミュニケーションすら可能になる。それが無詠唱で使えるようになるという事だそうだ。

 だがそこまでには、天賦(てんぷ)の才能が必要だという。



「あにゃたも才能があるかもしれにゃいから、ちょっと見てあげるにゃ」



 とトコは識別(ラツマピック)を唱える。本来は正体不明の敵を識別する魔法だが人間相手にも使えたようだ。

 制止しようにも遅かった。



「何これ……」



 僕の鑑定結果を見たトコは、言葉を失った。

 しまった、と僕は頭を抱えた。

つづく

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