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†7 とある僧侶の兄弟仁義

 書きかけの五線譜。湧き出でるたえなる調べ。思想を超越こえた感動の残滓。

 知らない街を行くような、それでいて懐かしの故郷にかえる気分の、果てなく続くことを渇望する刹那の生命、それを表現に変えたフェロキノンとメナキノンの音楽はいつも魂を揺さぶってやまない。


 羽織ったローブが急にずっしりと重くなる。後ろから突然跳び掛かかられたのだ。



「私を置いてくにゃー!」



 さっきまでずっとトコ・トリエリトールは、僕の隣でくっついて丸くなってぐっすり寝ていたというのに。



「ああ、ごめんね。起こしてしまったかな」



 眠りを妨げられると彼女は、尻尾を踏まれた時以上に不機嫌になるのでずっと触れずにいたのだ。



「トコさんいつも興味ないって言ってるくせに」



 エルゴが膨れた顔をするので、優しく諭す。



「今日は来たいって言ってるんだから、別にいいじゃないか」


「そうですよ。離れ離れになったみんなが久しく集まる、特別な日なのですから」



 アスコルビンも加勢する。

 エルゴはむくれたまま、僕に抱きついて離れないトコの尻尾を引っ張った。


 眠れない日々を過ごした追憶の彼方に、今の想いは届くだろうか? あの頃に受けたきずが、今も心の奥に潜んでいるのと同じように。



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 西の魔女の国へ着いた僕は魔法学園に裏口入学!?

 うわっち、チートがばれちゃって大変なことに!!

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 乗っていた痩せ馬は獣の国で飼葉をたらふく食べ、見違える程(たくま)しく、凛々(りり)しく成長していた。毛並みのつやも青く光っている。



「世紀末覇王でも乗せるつもりか?」



 鼻面を撫でながら大袈裟に褒めると、馬は嬉しそうにいなないた。



「そうだ、今からお前は青王あおおうと呼ぼう。よろしくな」



 体に七つ穴を開けたという、混沌の時代から継承された伝説にあやかって命名する。やたら母音が多い。またの名は青兎馬にしよう。


 それぞれ旅立ちの準備を済ませ、城門を後にする。

 アスコルビンは配下の(ふくろう)博士だとかに今後の事を言い含めた。

 トコ・トリエリトールは本来のエルフ耳に戻そうか猫耳をとるか最後まで悩んでいたが結局、どっちもにゃ! と猫耳エルフ魔法少女になることを決めた。

 この稀なる地上の楽園への、後ろ髪を引かれる思いもあるにはあった。

 その時だ。



「破ぁーーー!」



 青白い光弾が目の前で弾ける。

 坊主が、進む道を塞いでいた。その後ろには可愛い動物、獣人達も多数、控えている。



「困りまんなあ、アスコルビンはん。あんたはこの国の(おさ)()うたらUFO(ユー・エフ・オー)云う奴でっせ」



 僕がぽかんとしているとトコがすかさず、



「それをいうならCEOにゃ」



 トコは本来の乗りの良さに加え、機転も利く女の子だ。魔法を使うという技術は、その詠唱、行為において知識や技能以上に、応用力や機知が必要とされるらしい。



「おうそれや、しぃいおー。

 国がここまでなるのんに、誰が血ぃ流した(おも)てますんや。

 神輿みこしが勝手に歩けるいうんなら、歩いてみいや、のう!」



 動物達が一斉に頷く。



「わしらの云うとおりにしとってくりゃ、黙ってこのまま担ぐが」



 言いかけた僧侶の言葉を封じてアスコルビンが応えた。



「だから、任せる。好きにすればよい、私が居ないところで、別に今までと変わりないでしょう」



 君臨すれども統治せず。獣の王国は、誰に支配されるようなものでは始めからなかった。



「せやけども」



 愚僧もしつこい。諦める気は無いようで、僕たちに向かって高らかに大見得を切った。



「ここを出よ思うてるやったら、このわしを倒してから行かんかい」



 戦闘が始まった。

 僕は捉えられた時の猛攻を思い出して青くなる。トコも僕の影に入って震えている。


 獣人の中でも熊さんや虎さんは最強の部類だ。象さんや麒麟さんもその食性にもかかわらず致命的な攻撃力を誇っている。

 人の身で、手持ち武器のみを使って闘うなどとは、無理難題どころの話ではなかった。


 あの時、戦士二人はトコを守りながら詠唱時間を稼ごうとした。

 人間のそれとは比べようもない筋力、そこから繰り出される戦棍メイスの打撃に、数度耐えられただけでも賞賛に値しよう。

 動物さんの前足がマッハで撃ち下ろされる。そのたびに火花と、不快な金属音がうるさく響く。まさに鉄塊のような大剣を、軽々と羽毛のように弾き飛ばすのだ。

 ついに戦士の大剣も折れ、やっと放たれた火球メリトも僧侶のパワーフィールドであっけなく雲散霧消した。

 デコピン一発どころか、ペロペロされて死ぬレベル。獣人との力量差は歴然であった。

 僕も何とか猛攻を受け流し、避けるのがやっとであった。

 戦力を完全に奪われ、一方的になぶり殺しにされ、戦う意思すら(たも)てない。パーティは完全に屈服したのであった。


 そんな強敵(つわもの)を相手に()(こう)と対峙しながら、アスコルビンは一歩も引かない。

 どころかいきり立つ猛獣たちの前につかつかと歩み出てゆく。

 僧侶が錫杖(しゃくじょう)を振りかざす。その音を合図に動物さんは一斉に攻撃動作にうつる。



「あ、(あぶ)にゃいにゃ」



 アスコルビンが指を鳴らすと、僧侶の体が狸に戻り、腹を見せて降参した。

 獣人たちもゴロゴロ喉を鳴らしてすり寄ってくる。

 狸の、白く短い毛の生えた腹ををぽんぽんと叩き、



「テゴチンよ。お前の行き過ぎた振る舞いも、国と私を思ってのこと。今回は大目にみます。ですが罰として…」



 アスコルビンが厳しい顔をして言う。狸はしょげてくんくんと鼻を鳴らす。僧侶の名を初めて知ったが、どこか抜けた顔をしている彼によくにあっていると思った。



「かわいいので(しばら)くはその格好でいなさい」



 その後、そういえばあの時の戦士二人はどうしたのか、とトコに聞いてみた。答えは簡潔だった。



「振ったにゃ」



    ※    ※



 西の魔女の国へ着いた。トコの故郷だそうで、尻尾を立ててうきうきしている。

 このような姿になってしまった娘を、ご両親が見たら何と言うだろうと考えると不憫(ふびん)でならなかった。


 街は魔術書の図書館や魔法道具の商店が立ち並び、魔法学園の生徒や老いた魔道士たちがさざめきながら行来(ゆきき)し、活気に溢れていた。

 僕はシアノとの約束、顔も知らない盗賊の首領を助ける為に、何をすべきかをここで探す事に決めた。

つづく

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