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5/9

†5 人は死して名を残す

 ひとまずのところ、追っ手はまいた。

 雪原で兎がするようにバックトラップや、川を渡って足跡を消した。


 村を遠く離れるにしたがってちらほら魔物に遭遇するようになった。

 僕は戦闘をあえて避けなかった。

 剣を振るい、戦いの中だけでは、自分の無力さを忘れられた。哀れな魔物を作業のように虐殺するのだ。

 僕が本当に殺したいのはきっと、そんな弱虫の自分自身だった。

 回復の為の薬もなく、傷だらけになりながら、そして僕は小さな宿場町に辿り着く。

 安宿の、相部屋となった僧侶(クレリック)の話では、先へ進むと獣人の国であるとか。



「なるほど、少し前に会ったとこだ」


「人の世とは要領が違いますよって、よろしければご同行致しまっせ」



 やたらと愛想だけはいい。干し肉を分けてやると、どこぞから酒瓶を引っ張り出して来て()りだした。



般若湯(はんにゃとう)いう奴ですわ」



 干し肉を旨そうに頬張りながら、聞いてもいない言い訳をする。



「兄サン何やら事情のありそうな目をしとるが、どうや。もしよければこの愚僧に、成り行きなど話してはみなさらんか」


「結構です」



 はっきりと断った。しかし僧侶は軽く受け流す。



「まあそない言わんと、ささ、遠慮せんとほれ」



 と盃を手渡し、酒を(そそ)ぐ。

 無下に断るわけにもいかず、じゃあ形だけ、と一杯目こそ受け取ったものの、未成年はお酒を飲んではいけません。

 ずっと押し(だま)ったままの僕に痺れを切らしたのか僧侶は勝手に酔いつぶれて寝てしまった。


 シアノは最期の言葉で、首領を頼むとそう言った。彼女を弔ってすらあげられない。

 しかし何が出来るというのか。それこそ三下から逃げることすら、運や虎に助けられてやっとだというこの僕に。

 現国王に反旗を翻して救い出す? たった一人の軍隊じゃあるまいし。

 二度と会えないかもしれないエルゴやコレ、カルシフェロール氏。彼女らは僕を思い出すだろうか。



「なあ坊さん、僕はどうすればいいのかな?」



 ふと弱気になって、独り言のように呟いた。



「獣人の国を越え、西の魔女の町へ行きなされ」


「起きてたのかよ」



 とはいえ行くあても無く、ひたすら逃げ、(いたづ)らに魔物を殺傷し、無目的にさまよい、迷走を続ける日々はもう限界だった。

 予見のような聖職者の言葉に、つい(すが)ろうとする気持ちになっても誰に責められようか、たとえ僧侶が多少なまぐさであったとしても。



「そこに行ったら、何かあるの?」



 しかし、嘘臭くも聞こえる高いびきを立てて、僧侶はもう何も答えようとはしなかった。

 翌朝、起きると僧侶は冒険者数人に声を掛けていた。



「旅は道連れ言いまっしゃろ、旦那さんがた。強ーい魔物に襲われても僧侶(わたし)がおったら安心や。

 なんと、死んでもお経が唱えてもらえる」


「そんだけかい!」


「蘇生出来んでもせめて治療せえよ!」


「どこ触ってんのよ!」



 それでもたまたま西の町を目指すという、乗りのいい三人パーティが加わってくれたようだった。

 剣士二人に魔法使いの女の、一般的な組み合わせだ。



「ほな、行きまっか。兄サンも辛気臭い顔してんと、ほら笑え笑え」



 頬をつねろうと伸ばしてくる手を払う。



「一緒に行くなんて一言も言ってないだろ」


「行き先は同じやで、大勢の方が楽しおまっしゃろ」



 僕は僧侶に小声で詰問した。



「何が目的だ」


「けったいな事を。何もありゃしませんわい」



    ※    ※



 戦棍(メイス)の打撃を受け止める瞬間、激しく火花が散る。



「何でこうなった」



 一同は獣人の群れに囲まれ、熾烈(しれつ)な攻撃を受けていた。

 油断はしていなかった筈だった。

 獣人側に寝返った、僧侶の高笑いが響く。


つづく





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