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†1 終わりの始まり

ファンタジーを愛する全ての人々に向けて書きました、もし楽しんで頂けたなら幸いです。

 冒険は終わった。

 ()せた馬を引き摺り、荒野を一人歩いていたのがつい昨日のようだ。

 転生者の約束通り、能力は全て備えていた、しかし僕は勇者になんてなる気などなかった。静かに、田舎のただの村人として、この世界に埋もれてゆくつもりだったのだ、慎ましく。


 倦怠感が僕を包む。ーーもういい、何処へでも連れて行ってくれ。ここでなければ何処だっていい。どんな目にあおうと、ここでさえなければーー


 今ではむしろ夢のように感じられる、転生前の記憶に、それでも未だにうなされる。



「勇者さま」



 目を開けると、幼なじみのエルゴが心配そうに見つめている。


「その呼び方はやめろって言ったろ」

「ごめんなさい、…お兄ちゃん」



 と恥ずかしそうにうつむきながら、甘えてくる。



「だってだって。すごいうなされてるんだもん。僕を見捨てないてでとか、無視しないでとか」

「何か変な夢だったんだろ」



 苦笑いして誤魔化す。



「お兄ちゃんは私の勇者さま。私を救ってくれたでしょ。それだけじゃなくて、この世界まで」



 彼女がゴブリンの群れにさらわれたのがそもそもの始まりだった。

 世界を背負って立つなんておこがましい、分相応で充分だ。ただそれだけを願って生きていた筈だったのに。



「誰も見捨てる訳ないでしょ、バカバカ」



 僕の右腕を取ってぎゅっと抱きしめてくる彼女の、髪をそっと撫でて落ち着かせる。

 元の記憶も能力もひた隠しに、野良仕事に励んでいた僕の、数少ない話し相手がこのエルゴと、コレという名のその弟だった。

 もし僕があの時、少し違った選択をしていたら、望みは叶えられたのだろうか。



--------------------------------------------------------

 エルゴ姫を救う為、僕は女盗賊シアノとゴブリンの巣食う地下ダンジョンへ潜入!!

 はじめはいやいやだったものの、そのうちノリノリに!?

--------------------------------------------------------



 その年、畑では芋を作っていた。

 昨年は豊作だったが連作障害のせいで今年は駄目だ。

 釈迦は、石だらけで荒れた畑よりも、まず手入れされた畑を耕す方が収穫が多いと言ったそうだ。でも僕は石ころを一つづつ取り除いて、荒れた畑を少しでも実りよく改善させる方が好きだった。

 (くわ)で土を掘り返す、柔らかくなるまで丁寧に何度も。硬い石に当たれば地面に膝をつけて掘り返し、一つづつそっと手のひらに拾い集め、続く(うね)の境界から外側へ投げ飛ばす。

 今日も、広いカルシフェロール氏の領内でずっとはずれの、誰も耕そうとしない一角を、僕は一人黙々と開墾していた。



「お兄ぃ、おねがい助けて。お姉ちゃんが、お姉ちゃんが」



 コレの声がした。

 (くわ)を振るう手を止めて、疲労に痛む腰をやっと伸ばして振り返る。駈け寄ってきたコレは泣きながらすがりついてきた。

 転生後、寄る辺もなく行き倒れ寸前でこの村にたどりついた僕を身請(みう)けて、実の親同然に育ててくれたのがカルシフェロール氏で、コレはそのご子息であった。

 数年を一緒に過ごすうちに、本当の兄弟でもこうはいかないほどの仲になった。

 いつもは生意気な弟分だったが、今はふざけている様子ではない。

 嫌な予感がした。



「何があった」

「まものが出てきたんだ。山の(ほこら)から、いっぱい湧いてきて、お姉ちゃんが」



 平和な村だった。

 世界に山程いるという、魔物の姿をそもそも一度も見かけた事もない程の。

 僕がこの地に一生を捧げる決意をしたのは、そんなのどかで平穏で安らぎの溢れたこの場所が大好きだったからだ。

 人は優しく、小川で小魚がたわむれ、山鳥の恋の歌声が胸に響く。

 諍いごとや暴力もなく、いつも心穏やかに笑って暮らせるこの村に。



「魔物だって?」



 混乱して、支離滅裂なコレの話をようやくまとめると、こういう事だった。…にわかには信じがたい。


 村の外れに建っている小さな祠。そこはずっと結界に封じられて入れなかった。

 いつもの遊び場を、年上のガキ大将に取られて、二人はそこへ迷い込んだ。

 封印は、その時すでに解かれていたという。

 エルゴは、吸い込まれるように近づいて行く。



「ねえ、やめようよ。何かおかしいよ」

「コレの意気地なし。おかしくなんかないわよ、面白そう。まさか怖いの?」



 コレは何度も引き止めたが、姉は足を止めない。

 結界のあった筈の場所を過ぎた時、祠の扉が突如開いて、浅黒く醜い小鬼。ゴブリンが何匹も湧き出して襲いかかってきたのだそうだ。

 エルゴは捕まり、コレは命からがら逃げ出した。


 僕は鍬を拾い上げ、コレを安心させるように言った。



「わかった、とにかく確認に行こう。封印が解かれていただけでも大事件だ。案内してくれる?」



 コレはえっ、と身をすくませる。しかし姉を見捨ててしまった事に、罪悪感を抱えてもいるようだ。



「お姉ちゃんが心配だろ? それで危険そうだったらすぐ、おとなの人に相談しよう」

「お兄ちゃんが来てくれるなら、怖いけど我慢する」



 祠に着くと結界は、確かに何者かによって破られている。非常に危険そうだったので、すぐに人を呼ぶために戻った。

 魔物の姿こそないものの、気味の悪い空気が立ち込め、明らかに雰囲気が悪かった。


 お屋敷に駆け戻り、カルシフェロール氏を呼んだ。

 領主とはいえ実質は田舎の没落貴族。先王の派閥が政争に敗れてから彼はずっと領内へ引きこもり、農民と大差のない質素な貧乏暮らしをしていた。そして謙虚な態度とその子煩悩な姿は領民からもよく慕われていた。


 事情を話すと氏は青ざめた。

 すぐに駐在の警備兵を向かわせ、自ら冒険者ギルドに出向いて討伐隊を募集した。

 金に糸目を付けず人を集める。

 しかし如何(いかん)せん、片田舎の平和な村の事だ。大した事件も起こらず稼ぎにもならない辺境ギルドに、どれほどの猛者が控えているというのか。

 コレは怖いからとそのまま家に閉じ籠ってしまったので僕が案内も兼ねて氏に同行した。



「カルシフェロールさま」



 神妙な面持ちで冒険者たちを見守る彼に、僕は背後から声を掛けた。



「祠について、何かご存知なのですか?」

「ああ、だが君は心配しないでいい。ゴブリンは魔物の中でも一番弱い。まだ見た事がなかったかい?」



 祠には、ゴブリンの巣食うダンジョンが封じられていた。

 昔はよくこの辺りで悪さをしでかし、とうとうこの祠を建て、ダンジョンもろとも閉じ込めたのだ、と。

 カルシフェロール氏は僕を安心させる為に、あえて何でもないような風に語る。しかし彼の表情や、この物々しい措置(そち)が全てを語っている。



「手練れの冒険者が討伐し、司教に封印させた。祖父が健在だった頃の話だが」



 一同が現地に着くと祠の扉は開いていた。

 夕闇の中に地下へと続く階段は、禍々しく釜口を開けている。とても暗く…。



「これが……」



 松明を灯し、死をも怖れない冒険者たちが次々と下りてゆく。足音をしのばせ…。


 もう日も暮れる、あとは私たちにまかせて、先に家に帰っていなさい。そうカルシフェロール氏に諭され、うしろ髪を引かれつつもダンジョンを後にする。



    ※    ※



 たそがれる田舎道を、石ころを蹴飛ばしながらお屋敷に向かう。


 現在の肉体は元の世界なら、やっと中二になった程度の年齢だ。本当ならばすぐに走って助けに向かいたかった。

 勇気と蛮勇は違うし、僕は勇者なんかじゃない、普通の人間の子供なのだ。そう決めつけていた。

 手に負える話ではない。ごく当たり前の選択だったと思う。

 ただ少し、心が痛んだ。

 仕方ないからと言い訳して問題から逃避する僕は卑怯者だ、出来るはずのこともやらないで。


 蹴った石が道脇の用水路に転がり落ちる。顔を上げると人影があった。僕を待ち構えていた様に、



「カルシフェロール家のぼっちゃんですね? 少し同行して頂きましょう」



 知らない人について行ってはいけません。

 まさか魔物ではなかろうが、男の目つきは鋭く険しい。僕は踵を返して逃げよう、と、顔が柔らかいものに(うず)もれた。



「えっ」



 この感触は…。

 すぐ真後ろに、女がいたのだ。ラッキーなのか、アンラッキーなのか、こんな時にハプニングには違いない。かすかな甘い匂い、露出度の高い服。



「逃げようとしても無駄ぞ。こちとらも手荒な真似はしとうない」



 夕影の名残りの残光のせいか、少し顔が火照って見える。



「ちょっ、離れなさいよもし」



 怒ったように、とはいえ満更(まんざら)でもない声で彼女は言い放つ。

 谷間から覗く眺望は夢かうつつか、儚くも美しく、(おぼろ)げに僕を幻惑せざるを得ないのであった。

つづく

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