学校の七不思議
一日が終わるチャイムが鳴ると同時に、尚人は鞄を持ち旧校舎へと向かった。
この高校は新校舎が教室やら視聴覚室やら音楽室やら授業に関係する教室が入っていて、使われていない旧校舎は各々の部活室となっている。
旧校舎の作りは木造三階建てで、見た人全員が「古すぎてちょっと怖い……」と言うほど古い建物になっている。もちろん、尚人もそう思ったうちの一人だ。
オカルト研究部。略してオカ研は三階の一番奥。マンションだと角部屋は良い物件だが、この旧校舎の角は最悪の作りになってる。周囲の木が邪魔していて昼間でも薄暗い。ジメっとしている。そして、なぜか三階は七部屋あるのにオカ研しか使われていない。
静まり返った三階に尚人の足音と床が軋む音だけ反響する。
一番奥の部室の前で立ち止まり、少し気持ちを整えてからドアノブを回した。
「こんちはー」
尚人が扉を開けると、すでに中にいた二人が一斉にこちらを向いた。部室の中には会議などで使う長机が三つがコの字型に設置され、各机には一つの椅子。窓側に長机にはノート型パソコンが一台あるだけのいたってシンプルな部屋。
窓側の机に座っているのが部長代理の真奈美。入部して一週間経つが一度も部長の横山が来ておらず、入った順ということで真奈美が部長の代理を勤めている。
「やぁ尚人。遅かったじゃないか」
同じ学年なのに、部長代理という肩書きを貰ってから先輩オーラを漂わせていた。
芯が強そうなキリッとした目。黒縁メガネと肩より少し長い緩いパーマがかかった茶髪がとても似合っている。
「こんにちは。尚人君」
壁側の机に座っていた彼女は持っていた本を置き、ニッコリと尚人に微笑みかける。
「こ、こんにちは。彩さん」
部長代理の真奈美とは真逆の彩。トロンとしたたれ目。透き通るような白い肌。セミロングの綺麗な黒髪はサイドで一つに束ねてある。まさに清純系美少女。
尚人が興味もないオカ研に入ったのは彩が多大な影響を及ぼしている。
ちょうど一週間前。
入部届け最終締切日に、部活勧誘掲示板の前を通りかかった時のこと。真剣な眼差しで掲示板を見ている彩を見かけて一目ぼれしたのだ。しかし、名前もクラスも知らない尚人は、本人に聞くという選択肢を除外し、入部希望表を盗み見て、同じ部活に入ろうと決意した。これがオカ研に入った理由。
彩の向かいにある机に腰を下ろすと、不服そうな目で真奈美が見ていた。
「ちょっと! 部長の私と態度が違わないですか?」
「同じだよ。俺は人によって態度を変えれるほど器用な人間ではないので。つーか、部長じゃなくて部長代理な」
「ふんっ。まぁいいわ。今日の私は気分がいいから君の失言は許してあげる」
「茶柱でも立ってたのか?」
「ふふっ。尚人君。女子高校生が朝から急須でお茶入れる人珍しいと思うよ」
彩が読んでいた本で口元を隠しながら笑った。
「だ、だよな。ははっ……」
「そんなのどうでもいいからコレ見てよ!」
真奈美は見ていたノートパソコンを指をさした。
尚人と彩は部長の方へと椅子を持っていき、画面を覗き込んだ。
『オカルト研究部のみなさんにお願いがあります。新聞部では毎月学校新聞なるものを発行しているのですが、今月号は私達新入部員が担当することになってしまいました。ですが、私達は入ったばかりでインパクトがあるネタがありません。なので、オカルト研究部のみなさんにもネタの協力を依頼したいと思ってメールしました。もし、なにかネタがありましたら新聞部まで報告お願いします』
「この部ってこんな依頼とかもやってたのか?」
真奈美は机に肘をつき、頬に手をやりながら
「この子は中学の時からの友達で困ったらすぐに私に連絡するのよ」と、不服そうな台詞を吐きながらも、頼られて満更でもない表情を浮かべている。
「ということで、今日の活動内容はオカ研ならではのネタ提供よ!」
「いや、ネタって言っても俺はなにもないが……」
尚人は彩に視線を向けた。
「ネタねー。やっぱりオカルト研究部だからオカルト系がいいよね。うーん……実はここの床に壁に人骨が埋められてるとかどう?」
尚人と真奈美は一瞬床から両足を浮かせた。
「冗談だよ。冗談」
「わ、わかっていたさ。そんなの学校の七不思議で嫌というほど聞いてきたし全然慣れてるよ。うん」
「それよ!」
突然、真奈美が立ち上がった。
「学校の七不思議特集よ! どこの学校にも必ずある七不思議すべてを見つけるの。どう? オカルトとしても生徒の注目を浴びるネタとしてもいいと思わない?」
「まぁ、確かに学校の七不思議は在校生にとって避けては通れないオカルトだよな」
「そうだね。そう言われると、私もこの学校の七不思議が気になってきたよ」
「目的が決まれば即実行よ!」
真奈美は座りなおし、目の前のノートパソコンでなにやら作業を始めた。
「なにしてんだ?」とう問いに「ここの学校の七不思議を検索してんの」と普通に返された。
尚人と彩は視線を合わせたあと、元の位置に座り各々時間を潰した。
「んー。終わったー」
20分ほど経った時、まるで真奈美の伸びが合図だったかのように、再び尚人と彩が椅子を持ってきた。
「とりあえず、こんなもんらしいわ」
<1・音楽室にあるバッハのデスマスクの位置が移動する>
<2・校庭にある創設者の像が移動する>
<3・理科室にある標本の中身が入れ替わってる>
<4・深夜の誰もいない学校からチャイムが鳴る>
<5・水道から赤い液体が出る>
<6・誰もいない体育館から遊んでいる音が聞こえる>
「これだけ?」
尚人は真奈美に問いかけた。
「そうなのよ。この六つはすぐに見つかったんだけど残りの一個がまったく見つからなくてね」
「もしかしたら……」
彩が口を開いた。
「その六つが集まった時。残りの一個が発見される! とか?」
「それはないわ」
真奈美がきっぱりと否定する。
「七つすべてを知ったら不幸になるというのはあるけれど、六つ知ったからといって七つ目が出現するというのはこの学校だけじゃなくて、他の学校にもそんなの無いもの」
三人が悩んでいると、尚人はある提案をする。
「この際、先生に聞くのはどうだ? 俺らが知らないこともなにか知ってるかも」
「私は賛成です。尚人君」
彩が賛同する。
「私達だけで調べたかったけど、日も暮れそうだし先生に聞いたほうが早そうね」
こうして三人は旧校舎を出て、新校舎の一階にある職員室へと向かった。
「さて、職員室についたけど誰に聞く?」
「そうだなー」
真奈美と尚人が考えている最中、ちょうど職員室に向かってきた人に彩が声をかけた。
「すいませーん」
「ちょ、ちょっと待って! その人は――」
尚人は真奈美が止めようとした理由がすぐにわかった。
「先生にちょっとお尋ねしたいことがあるんですがいいですか?」
「先生?」
先生と呼ばれた人物は後ろを振り返り、自分だけしかいないことを確認した。
「えーっと、なにかな?」
「先生はこの学校に何年ぐらいいるんですか?」
「そうだなー。もう26年ぐらいかな」
「そんなにっ!? もしかしたら先生の中で一番長いんじゃないですか?」
真奈美は「校長先生を知らずに先生呼ばわりとは……あの子、相当天然ね」と尚人にだけ聞こえるように話した。
「ははっ。そうなるね。古株ってやつだよ」
尚人と真奈美は何も言えず、黙ったまま見守るしかなかった。
「それで聞きたいことなんですが、これを見てください」
彩は、いつの間にかさっきのノートパソコンの画面を写メしていたらしい。
「これは……」
先ほどまでの穏やかな表情は消え去り、眉間に皺を寄せて険しい表情になった。
「なにか知ってるんですか?」
「実は今年に卒業した生徒にも君達と同じく、学校の七不思議を調べていた生徒がいてね。確か横山さんって言ったかな。オカルト研究部に所属していた彼女は最後の一つを発見したのはいいが、七不思議すべてを公開する前に不慮の事故で亡くなってしまったんだよ。部員も彼女しかいなかったら必然的に廃部になってしまってね……」
「そんなことがあったんですか……」
「今、廃部って言いました?」
暗くなる彩とは反対に驚きの表情を見せる真奈美。
「他の部員は受験の為に横山さんよりも早く退部して、後輩も入ってないから廃部になったと聞いてるよ。ところで、君達はなんで七不思議を集めようと思ったのかな? 何かの部活とかかい?」
「はい。私達はオカ……」
彩の言葉を真奈美は遮った。
「色々と教えてくれてありがとうございました。では、失礼します」
半ば強引にその場から離れた。
「どうしたの? 真奈美ちゃん」
「どうしたんだ?」
「どうしたもなにも、二人とも気づいてないの? なら、こっちに来なさい」
真奈美が先導し、旧校舎に行く道とは反対の部活勧誘掲示板がある方へと向かった。
「これを見て」
真奈美が指をさした場所にはオカ研のポスターが貼ってあった。
『少しでもオカルトに興味がある人は是非ともオカ研に入ろう! 部長・横山』
「マジかよ……」
「うそ……」
「オカ研には部長なんて最初からいなかったのよ。いや、そもそもオカ研なんて部活は最初から……」
三人は掲示板の前で立ちすくんだ。
『大スクープ! 長年、この学校の七不思議は六つまでしかありませんでしたが、遂に最後の七つ目を発見しました! それは<存在するはずのない部活が設立されている!>です。貴方が所属している部活は、もしかしたら、この世にいない誰かが作った部活かもしれませんよ?』