第二十話(管理)・10
第二十話(管理)・10
朝。昨日とほぼ同じ時刻に地下牢に通勤した俺は、牢屋の前で牢屋の中のやつと談笑している奴の姿を目撃した。それも知り合いで、確か名前は小手川といった。奇跡的にまだ忘れていない。俺の名前の忘れっぽさを知っていれば感謝されてもいいくらいだ。
でも何について盛り上がっているのか、俺にはさっぱりわからなかった。だから俺はそいつらに近づくこと無く、まずは地下牢の管理室に入った。きっと脱獄者がでても俺はこんな行動に出るんだろうな。俺に積極性を求めないで欲しい。こんな奴が地下牢なんて何らかの巣窟でしかない空間の管理なんてやって大丈夫なんだろうか。少なくとも魔王城側は大丈夫だと言っているようだ。だって俺を地下牢の管理人として採用したんだからな。
地下牢にはタイムカードが用意してあるわけじゃない。実は、地下牢の出勤時刻は何時何分とはっきり決められているわけじゃない。でも俺は毎日朝に出勤している。そのほうが仕事をしている感じが出るだろう、そういう印象を与えられるだろう、そう考えているからだ。感じとか印象とか言うものは重要だ。もしも俺の態度1つでこの地下牢が機能していないような感じになってしまったら、俺はたちまちクビだろう。そしてまた職探しだ。それは面倒臭い。誰だって延々と職探しをするのは嫌だ。嫌に決まっているはずだ。好きな奴もいるかもしれない。でも転職情報を人に勧める会社の殆どの社員が転職していない事実がそこにある限り、そんなもんの証明は不必要かもしれない。
言っておくが、俺は「かもしれない」の多用に躊躇を覚えない。人生は未確定事項にあふれていて、むしろ何かが確定していたとしたら、それこそ異常と呼んでいい事態だと俺は考えている。かもしれない。
「いやー、あー」と笑い疲れた様子で牢屋の前で談笑していた小手川が管理室に入ってきた。ノックもせずに、だ。「だってあなたが入るのが見えたから。それにここ、鍵がないでしょ?」「俺の仕事上のプライベートは無視か」「そういうのがあるんだったら、今ここで全部言って欲しい」「とりあえず俺が暇にかまけてオナってるのと俺が毎日ここから出る前に書く日誌、これを勝手に覗くのは禁止な」「え、オナるの? 仕事中に?」「やったことはないが、これから退屈が長いこと続けばやるかもな」「それも刑罰の1つ?」「なんでだよ。俺が気持ちいいだけだろうが」「あなた以外の全てが気持ち悪い思いをするよ」「心外だな。否定はしないが。否定はしないが、俺は傷ついたぞ。賠償を請求する」「うわー、賠償を請求したい賠償の請求のされ方されたー」今日、俺はまだ一度も嘘を言っていない。
「お前は、囚人とどんな話で盛り上がってたんだ」「気になるの?」「だって若い女と老婆と喋らなさそうなでっけえ男の組み合わせだろ。盛り上がるための共通項がわからん」「あー、外見だけじゃそういう判断できちゃうのかもね」「何だ? 内面的に何か共通するところでもあるのか?」「うん。私とあのお婆ちゃんと、あとついでにお婆ちゃんのボディガードの人はね、世界を把握したいんだ」俺は頭を抱えた。どうして牢屋で世界規模の話ができるのか。




