Case.02 運命の鎖車 (03
ゆっくりと夢から覚めるように目を開ける。
体勢は瞳を閉じたときと変わらず背もたれに身を任せている。
意識をゆっくり戻していくと、
部室の中にこの二日で見慣れた女子ともう一人別の人影が見える。
「あ、起きた」
「……ん?」
頭をかき、
目をこすりながら視界をはっきりさせていく。
声をかけてきたのは感覚どおり立木さんだった。
ただ、足元側から見えたのは妙な感覚ではあったものの、
とりあえずその人だと確認する。
「立木…さん?」
「よくそのまま寝付けたね、明希ちゃん」
「……その呼び方なら立木さんか」
「その通り、立木灯李、その人なのだ」
「その子が灯の言ってた、転校生?」
「……?」
立木さんと同じ黒髪ながらも、
ロングストレートで清楚な雰囲気を醸し出す女子生徒が声を上げた。
私が遭遇した女子生徒の数は少ない、
まして名前を知っているのは立木さんただ一人だ。
「そう、フルネームは風橋明希、だったかな?
宮子のクラスに入るって中西先生から聞いたよ」
「そうなんだ。それなら一年間は同じクラスなんだね」
「君は一体……?」
「あ、私は初瀬宮子。
灯と同じ地保研の部員だよ。あ、灯っていうのは立木さんのことよ」
「初瀬……宮子」
「うん、よろしくね、風橋さん」
「あ、ああ…」
その差し伸べる手は優雅にも思えた。
つかみどころのない立木さんに比べると、
人当たりの柔らかい初瀬さんはとても穏やかだ。
二人がどうしてめぐり合っているのかさえ不思議に思えるほどに。
とりあえず、その差し伸べてくる手を軽く握り返す。
すると細く軟らかな手であったその手を伝って、
感じ覚えのある感覚が全身に流れてくる。
「…………っ」
「どうかしたの?」
「あー宮子。明希ちゃんはアレについては知ってるのよ、それを感じたのかも」
「まさか…初瀬さん、君も」
「これって言っていいの…?」
「ええ、仮にもここにいる面子は全員地保研の部員。
そして、明希ちゃんはアレを集めている事情のある子だから」
「集める…アレを? というよりそういうものなの?」
「…………、はぁ」
言葉のやり取りや表情から汲み取るに、
初瀬さんもどういうわけかアルカナを所有しているらしい。
感覚を感じただけで一体どのアルカナを持っているかは知らないが、
なんと言う巡り会わせなのかため息しかつきようがない。
頭に手を当てながらも苦し紛れに時間を確認する。
夢を見ていたのなら時間が多少なりと進んでいることがわかっているからだ。
「……二時半、寝すぎたかな」
「そうじゃない? 宮子つれて帰ってこれるぐらい寝てたわけだし」
「身体痛くない? 大丈夫?」
「ああ、このくらい。落ち着いた場所で寝れるほうが珍しかったし」
「んー? それならいいけど」
「それじゃ部員も集まったし、とりあえず地保研の本日のミーティングするよ」
今からミーティングといわれても頭はまだ完全には起きていない。
それに付け加え、
この時間からやるんだったら朝起こしてくる必要はなかったのでは、
と不満の気持ちが込みあがりつつもあった。
そんな私の心境を察している様子もなく、
立木さんは教室中央にある大きな机に校内の間取り図の書かれた模造紙を広げた。
よく見るといくつかの場所に赤の印と黄色の印がついていることが眼に見える。
「明希ちゃんは今回初参加だからこの地図の説明をするけど、
見てもわかるとおり学校内の配置図なわけ」
「そうだな、この部室のある教室にはオレンジの斜線がついてる」
「それでこの赤の印と黄色の印、
それぞれ私たちが調査してる事件の被害があったところと、
目撃だけのところと二箇所つけてある」
「赤は被害があったところ。実際に入院してる生徒もいるんだよ」
「聞いてはいたが結構な数だな……」
「ざっと数えても十件弱、入院は半分もいってないけどそれでも数は多い。
しかもこの半年でだ」
「……一ヶ月一件起こるペースで、よく学校側は隠してたな」
呆れてものもいえない部分があるが、
これもこの極東地区の教育機関がそういうシステムを組んでいるためだという。
異常はあってはならない状況、
異常の後始末をする私たちの団体はごみ処理業者にしか思われてないんだろうか。
そう思えば頭が痛いが、
そういう考えなしには私たちの存在意義はないに等しい。
「三月にはいってからは被害が三件、目撃情報が七件」
「目撃情報に関しては、四つが被害の出てない箇所での問題なの」
「一つ疑問に思ったが、被害がないのに何故目撃情報が手に入る?
相手の風貌の情報が手に入っているのか?」
不思議に思わないほうがおかしい。
仮に犯人が一人だとしても、
半年で三十件もの被害を出している生徒を特定できないほうが変だ。
目撃情報というのもあっても格好の共通性、
学校なら制服による性別の特定、
髪型や小物などの装飾品でも個人を特定することはできる。
しかし、何故そこまでいかないであくまで目撃情報なのだろうか。
地図の説明を聞きながら疑問に思った。
「風貌というか、見た目の正確な情報はないんだよ。
それがあったらこんな苦労もしないし、
生徒が教師か警察にでも通報すれば一発でしょ」
「被害にあった生徒とかは、口止めをされているのか、
あたかも記憶をいじられているみたいな状態なのが多いの。
おかげで見たという結果だけで過程がなかなかつかめないの」
記憶操作系の類……?
知識をめぐらせその条件にマッチする当てを探していく。
仮に魔法でも魔道具でもそのレベルのものを扱うのにはかなりの技量がいる。
たかだか十代の学生たちができることじゃないはずだ。
話を聞きつつ脳裏の思考をめぐらせていくも当てはない。
アルカナに関しても引き離すときに精神を揺らがせる効果があるにしても、
アウトプットされる道具に記憶に効力があるものは私の手元にあるものぐらいだ。
「……そうもなれば目撃情報から相手に遭遇するしかないんだな」
「そういうことだよ、物分りいいじゃん明希ちゃん」
「そりゃどうも」
「それで昨晩の目撃情報がココとココ」
「……! ちょっと待て、昨日は私も君も学校にいただろう!?」
「ん? 何驚いてるの?」
「いや、昨日は私も君も学校にはいた」
「うんいたよ。でも夕方まででしょ?
目撃された時間は午後十時・教室棟の三階トイレ前と、
午後十一時の一階昇降口。
現状被害報告はないみたいだけど、
現場にいってみたらいくつか新しい傷が出来てた」
淡々と立木さんは口からその情報を流していく。
説明を聞きながら初瀬さんは手元のメモ帳に情報を書き込んでいく。
ここがたぶん現場にいた時間差なのだろうが、
わずかな情報でも手がかりをとする姿勢は二人から目に見えた。
多少錯乱した感情を落ち着かせ、
立木さんの情報源にふたたび耳を傾ける。
「相変わらず教室棟当たりでうろついてるから、
この学校の生徒ということに外れはないと思うけど、
この時期になっても収まらないあたり卒業生ではないっていうのはアタリだね」
「ついでいうなら先輩じゃなく私たちと同じ年代、
新二年生って言う可能性がとても大きい」
「一つそれを肯定することがあるとすれば最近になって加速してるってところ、か」
「加速? どういう意味?」
「風橋さんが来る前、大体一月ごろから目撃や被害の報告の間隔が狭まっているの」
「たとえば去年の十一月には事件が一件にたいして目撃情報は一週間に一日。
一ヶ月ですれば事件と目撃で一件:四件ぐらいだったのよ。
それが今年になってから事件が二件に目撃が九件と大幅に増えた」
「……約倍ってところか」
ゆっくりと情報を汲み取りつつこの部活、
地保研がどういうことをしているかを観察していく。
情報を伝える立木さんを見ては、
メモを取っている初瀬さんの手元も読み取ってと視線が左右へしきりに動く。
この二人でこのよくわからない問題に立ち向かおうとしている。
そしていえば二人とも魔道具アルカナを所有している。
前者に関してはこちらがしなければならないということはないが、
後者に関しては監視と後日回収という目的が私にはある。
どのみちこの部活に所属していなければ二人の動向を監視し続けることは難しい。
それに昨日見つけたあの廊下の傷、
話の流れから推測すれば、
立木さんの突き止めようとしている犯人がつけたものとしておかしくはない。
最悪の事態を想定するのならば、
その犯人も魔道具かアルカナを持っているという判断がつく。
回収を任されしかも見ず知らずの環境に投じられるばかりじゃなく、
このあたかもここに集まるようなこのめぐり合わせ、
思考をめぐらせるごとに嫌な感覚だけが頭を締め付けていた。
「まあミーティングはこんなもんで、後は経過を見ていくしか方法ないんだよね」
「そうなのか…、あんまり話すことないんだな」
「実際私も灯も相手には遭遇してないの」
「つくづく言うけど、
相手がわかってれば半年も事件だのなんだのって引き摺ってないし、
信用してないけど教員に言っちゃえば協議にもなるだろうからね」
「それもそうだが、
よくもまぁそんなことをしてられると呆れてものもいえないというか」
「しかたないんじゃない?
本当に知りたいことって言うのは私や宮子みたいな平穏な日常にいる子より、
明希ちゃんみたいな素性の知れないこの方が知ってたりする。
しかもそれを知ってる大人は当然のように子供には見せようとしない、
ならその土俵に踏み込まなきゃなんにもわかんないよ」
「それで私たちはこの地保研を立ち上げちゃったわけ。
まあアルカナだっけ? あの不思議なカードのこともあって、
あんまり他人には相談できるものじゃないしね」
なぜか生き生きしてる二人を見ていると余計に呆れかえる。
事件に対する興味本位なのか、
本気でこのことを解決しようとしているのか、
どちらにしたって迷惑にも人と付き合わなければならないのに代わりはない。
何度もそう繰り返していっていると虚しくなってくる気持ちがあるが、
事実そういうものであるがゆえにどうしようもないと言い切るしかない。