君が嫌い
比較的普通の話
私には双子の妹がいる。二卵性である。
妹は、真っ直ぐの綺麗な黒髪を伸ばして、バサバサの長いまつ毛は円らな目を囲い、可愛らしい顔にはあまり似合わない、ボンキュッボンのナイスバディの持ち主。
ここで余談だが、遺伝上の問題で、どんなに美男美女の親であろうと、その子供は決して綺麗な容姿を携えて生まれてくるわけではない。それはパーツの問題だったり、先祖返りであったりと様々。
そもそも、体のパーツは遺伝なのだから、完璧に遺伝の組み合わせだろう。だから、母親が大きくパッチリ二重の目、父親が釣り目で一重の目。母親のおっぱいが巨乳、父方のおばあちゃんが貧乳。母方のおじいちゃんが身長が小さい、父の身長が高い。とか、そんな感じの部分的な遺伝子の違い。そういう一つ一つのパーツが良い感じにバランス良く成り立って出来るのが、人の容姿なのではないかと思っている。
だから、美男美女から生まれる子は決して美男や美女に生まれてくるわけではない。目が似てるとか、鼻の形がそっくりとか、顎ラインが綺麗とか、それ、その部分しか似てるとこがないだけだろ。とかツッコミたい。
つまり総合的に見れば、そんな大した事ない人なんて五万といるのだ。
で、その代表的なありきたりな遺伝子を持って生まれた私の親は美男美女。
目の形は母親似なのに、父親譲りの一重瞼。鼻の形はそんなに悪くはない。むしろ唯一気に入っている顔のパーツである。膨らみの少ない唇は残念過ぎる事に父親譲り。唇にコンプレックスを抱き、どれだけ父に恨みを抱いた事か。双子の妹は素晴らしいバディなのに、貧相な私の胸も残念過ぎる事に父方のおばあちゃん譲り。何度父に殺意を抱いた事か。
身長だって、父親譲りの高身長をゲットした妹が羨ましい。私は母親譲りの低身長である。おじいちゃんのバカ。でも、おじいちゃん子の私はおじいちゃんの事が嫌いになれない。
そんなわけで妹はそんな形をしているから、学校じゃモテモテらしい。逆ハーレム作って、ついでにチートな能力まで備わっているらしく、いろんな部活に駆り出されて、女子にもモテモテ。今年は生徒会長に大抜擢され、更に目立っているみたいだ。頭も頗るよろしく、財閥の御曹司達にも気に入られている。らしい。しかも、超が付く程の天然の初で、どMなもんだから、攻められるとかなり弱くなるんだとか。
以上、私が電話で両親から聞いた事である。
ちなみに私はそんな出来すぎた妹が大嫌いなので、やっすいボロアパートに一人暮らししながらバカでも行ける私立の高校に通っている。不良がわんさか居る高校だが、大人しく地味で真面目な生徒をやっていれば、絡まれる事もなかった。たまに、私の靴を入れるロッカーの中に、お隣のマドンナと間違えてラブレターが入っていて、中を見てみれば「今日のパンツは何色?」と変態語が書かれてあった。吃驚したが、とりあえず「真っ赤なふんどし」と書いて、マドンナのロッカーの扉に挟めておいて、こっそり見ていたらうちの生徒会長様が、それを手にして見ていた。うちの生徒会長様はメタボの気になる、ヲタクっぽい男だった。結果、なんか、落胆していた。ちょっと面白かった。
その場面を運悪く、不良に見られ、不良の溜り場に連行された。
「あれ、お前だろ?」
「…………?」
とりあえず、首を捻っておく。
昔、お母さんが言っていた。なんかようわからない事情に巻き込まれたら、とりあえず何も喋らず首を捻っておけ。と、それでお父さんはいつも騙されてくれたから。と、
「その仕草は可愛い子の特権であって、ブスがやってキモさが増すだけだ」
お母さんの嘘つき!!
とりあえず、この男の胸倉掴んで、タコ殴りする勇気と力をください。神様。
「お前も面白い事するよなぁ」
神様、愉快そうに笑う目の前で笑う男にラリアット食らわせたいです。勇気と力をください。
「い、いえ、そんな、職員室に置いてあった担任のカツラをわざと落し物として届けたのは私じゃないです…」
「お前かよ、あの犯人!それのせいでやってもいねぇ、俺等がとばっちり受けたっつーの!!」
やった神様!知らない内に報復してたぞ!
「それじゃなくて、」
「いつだったかの売店のプリンまとめ買いも私じゃないです…」
「またお前かよ!!!」
うちの学校のプリンは激ウマだ、一人何個まで、とか制限されていなかったから、まとめ買いして家でガッツリ食べていた。翌日の体重計の上は地獄です。
「うぇ…?……………じゃあ、校長の肖像ポスターの鼻に画鋲刺しまくって大きな」
「それもお前かああああぁぁぁぁぁああ!!!!!!」
潔く、海老反りを食らった。
「全部の悪質な悪戯はお前だろー!!」
「ぐああああ!!!ギブギブ!!」
床をバシンバシン叩きながら、大きなダメージを食らった事を猛烈にアピールしていた。
「お蔭で、俺がどんだけ教師達にやってもいねぇ事で説教されてたと思ってんだゴラ゛あ!!!」
巻き舌で怒鳴られ、危なく三途の川を渡りそうになっていた所をようやく解放された。
「…おばあちゃん、生きてるはずなのに三途の川の向こうで手、振ってた…!」
「死に際なんじゃねぇか?テメェのばあちゃん」
「なんて縁起の悪い事を!」
「お前名前は?」
「自分の名前を名乗るのが先でしょ!」
「ほほぅ。口裂け女にしてやろうか?」
「真柴出です!」
多分、男が言い切る前に言ったと思う。コンプレックスの唇ではあるが、口裂けにされるよりは断然マシである。
「…真柴?真柴入と親戚か何かか?」
「………………?」
首を捻って知らん顔。入は私の妹の名前である。
頭の弱い両親が、頑張って考えてくれた名前だ。気に入ってはいないけど。
「だから、それは入みてぇな可愛い女がやる仕草だっての」
よくよく見れば、男の顔は整っていた。
野獣を連想させるような力強い色素の薄い茶色い目は、釣り目で長いまつ毛が囲っている。卵型の綺麗な輪郭、スーゥッと通った鼻筋、眩しいぐらいにキラキラの金髪は近くで見てみれば、傷んでいた。
「知らない人だし」
知ってるけど。
「知らねぇはずはねぇだろ。入は、お前の話をよくしてる」
「でも、私は知らない」
「…………」
ポケットから、ある物を取り出して、目の前の美形に握らせる。
「じゃあ、もう行くから」
握らせたのは私の置き入りのチョコである。
ポケットに入っていたので半分溶けかかっているが。それを渡して、私は速攻逃げた。今日がバレンタインというイベントである事を忘れ。そして、そのポケットに入っていたチョコが、自分が一年生きて頑張ってきたご褒美のバレンタイン仕様に包装されたものだという事も頭の片隅にもなかったのである。
それから一か月が過ぎ、不良に連行されたあの日から一切絡まれる事なく平和ボケした日常を送っていた。たまに、私のロッカーと隣のマドンナのロッカーを間違えて、生徒会長様の変態語が書きつつった手紙に返事を書いたりして、豚が来てそれを読んで泣いているのを見てキモがっていたり、職員室にあった先生のカツラを掲示板に張ったりもした。多分、不良の奴等辺りがまた怒られたであろう。ざまぁ見ろ。
「真柴出!」
「………はい?」
振り向けば、そこに立っていたのは知的系の美形様だった。少女マンガから飛び出してきたような生徒会長さまに、現実はあの豚なのに。と、内心愚痴った。
襟足までのびた黒髪。ピッシリと着こなした制服に、インテリ眼鏡。ほほ笑んだ顔は道行く人の歩みを止める程に麗しい。
姿勢よく、上品にこちらに歩み寄ってきた美形は私の目の前で跪き、私の左手を軽く持ち上げ、薬指の付け根にキスをした。
「え?」
「先月のお礼だ」
私を見上げてきた美形はそう言って、私の薬指にはキラキラと光るダイヤが眩しい指輪を填めた。
「え?」
ますます意味がわからなかった。
「一か月前、真柴出、お前からチョコを貰った時からずっと気になっていた。だから、この一か月ずっと君を見ていたら、好きになった。好きになっただけじゃない。今、凄く君が欲しくて堪らない。俺と、恋人になって」
「………………え?」
一か月前?確かに不良にチョコを上げた。でも、それは自分のチョコだったからで、………え?
そうだ。ちょうど一か月前といえば、バレンタインじゃないか!!!
忘れていた!忘れていたさ!あぁあぁぁぁぁぁあああ!!!!!自分のバカ!!
「入の姉だから好きになったんじゃない。出だから好きになったんだ。頷いてくれないなら、うちの財閥の総力をあげて、無理矢理にでも手に入れる」
「そ、総力、あげて…?ちなみにどんな?」
「例えば、無理に二人っきりになったり、授業を途中からサボってもそれすら揉み消したり、金があれば、どんな奴も跪く時代だ。出来ない事はないだろ」
ポカーンと思わず、口を開けてしまう。
話から察するにあの不良イコール、目の前の男。そして、その目の前の男は財閥の御曹司様。そういうのってチートで逆ハーレム作っている妹に流れていくんじゃないのか?
「そんなに見られていると勘違いして、押し倒しちゃうけど?」
咄嗟に後ろを向いたら後ろから抱きしめられた。どさくさに紛れて、胸も激しく揉まれた。
「好きだよ」
「……………」
ここで頷かなければ、レイプ紛いな事をされそうだ。ただでさえこの容姿だ。むしろ私がこいつを襲ったと認識されるかもしれない。これは……
「ハイ」
頷くしか道はないだろう。
「よし。良い子だ。俺の名前は篠田優貴。よろしくな?出」
「え?あ、うん」
どうやら、私の運もここまでらしい。夫にするんだったら、三流家庭生まれの二男か三男坊で、ごくごく普通の男がよかったが、それを口に出せば、もっと酷い事になると私の頭の中の警報器が鳴っていた。
END.