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第四章 嫉妬・2

 


 「呪いってことは…誰かがかけたの?」

 「そうなるね。どうしてこんなに強い呪いをかけたのかが理解が出来ない」

 「…私…どうなるの」

 「このままでは、今夜にも心臓が止まる」

 「こ、困る…真生が成人するまで死ぬのは困る!」

 「芽生は分かりやすいね」

 ふふ、と笑ったアリスが、芽生の肩から上着をかけ、座らされた。

 「な、なおせ…そう?」

 「うん、簡単だ」

 「お願い」


 「じゃあ、やるよ。すぐにでもやらないと、本当に危ない」


 ぐん、と、アリスが宙を手に思い切り手を後ろに引く。網を引っ張るような手つきをしたかと思ったら、軽い痛みはあったが、痣が縄のようにぐんぐんアリスの元へ引っ張られていき、軽く感動してアリスを見上げた。

 「すごいじゃない」

 「芽生、卯の刻参りの話を聞いたことあるかい」

 「え、」

 どうして今そんな話-しかしいつも遠回しにしか言い方が出来ないアリスの話し方ではあるが、ちゃんと意味はあった。混乱する頭を、一生懸命落ち着かせ、記憶を引っ張り出した。

 「午前二時に…恨みがある奴を呪うんじゃなかったけ…神社とかで…」

 「注意事項は?」 

 「人に、見られないように…」

 「誰かに見られると…」

 あ。


 「呪った相手が死ぬ…」

 「そう。呪いは還る」


 ぞ、と、芽生の背中の後ろを冷たいものが走った。今、自分の体を蝕んでいるものが呪った相手に還るのか。根拠はないが、還った分だけ呪いは更に重たいものになるかもしれない。

 「これ全部取っちゃったら…全部かけた本人のところに行くの?」

 「そうだね」

 「私が死なない程度に引き取って、とか、無理なの」

 「そんな単純なものじゃないよ。どうして呪いをかけた相手なんかに優しいんだい」

 「だって、私、無理よ。確かに死ぬわけにはいかないけれど、誰か知らない奴の命の上に立って生きてるなんて、生きた心地がしないわ」

 「君は本当に誰にでも優しいんだね」


 一瞬、アリスが少し寂しそうに笑ったように見えた。と。

 「う!!」

 痣がいきなり痛み、芽生を締め付けた。

 「な、何、これ、何でっ」

 「呪いが強くなったんだろうね」

 「どうして今」

 「また呪いをかけたからじゃないかな。腹が立って」

 「腹が立ってって、私、今、あんたとしか話して…」

 どうして、気づかなかったんだろう。どうしてその可能性を考えなかったんだろう。ああ違う、考えたくなかったんだろう。

そのことに気づいてしまったとほぼ同時に、その縄は、そのまま、アリスの足首を貫いた。

 「…な…」

 血が冗談みたいに出るから。アリスが冗談みたいに普通だから。一瞬、何が起こっているか分からなかった。疑問と悲しみが渦巻いて、頭の中がぐしゃぐしゃになった。

 「どうして…わ、私が嫌いになった?」

 涙が溢れてきた。涙が口の中にまざってぐしゃぐしゃになって、ろくにしゃべれなくなっても、まだ、止まらなかった。アリスの血が止まったのを見て、安心して、更にわけが分からなくなった。

 「邪魔になった?好いているのが鬱陶しくなった?」

 「違う。君といるのは楽しいし、君と早く恋がしたいと思ったのは本当だ。こんなことしておいて信じろという方がどうかしてるけど、僕はそう言うしかない」

 「信じるわよ、私、馬鹿だから。でも、理由くらい聞かせてくれていいんじゃない?じゃあどうして呪いなんてかけたの」

 

 「分からない」


 いつもへらへら笑ってる奴だから、少し困ってるだけで、とてもとても困っているように見えた。その言葉は、ある意味アリスが呪いをかけた張本人であるということよりも強烈だった。

 「分からない、って…えと、いつかけたのかも覚えてない?」

 「それは覚えている」

 「いつ?」

 「君が仙道君とお茶してるところを見た時」

 涙が、一瞬で乾いた。

 「もし…外れてたら…何したって許してあげる」

 「それはそれは、是非外れて頂きたいね」

 「それくらいじゃないと恥ずかしくて言ってらんないのよ…っ、妬いて、くれてた、の?」


 「あ」


 それはまるでラーメンをこぼした瞬間の間抜けな声なようで。

 「…は、外れ?」

 「いや…それは想定外だった」

 「外!?私、どんだけ脈ないのよ!」

 「いや、そうじゃなくて。僕がそんな嫉妬できるような生き物と思ってなかったんだ」


 本当に、不思議そうに言う。寂しいことを平気で言う。

 「盛った動物なんて、自分が何匹目なんて考えずに、そこに雌がいればつっこむでしょう」

 「あんた何てこと言うのよ!」

 「うん、だからね、僕もどこかでその程度だと思ってた。僕を好いてくれて、側にいてくれていれば、他に何人男がいようが、構わないんだろうと思ってた」

 すっと顔を近づから、そして、芽生の手を自身の胸の上に置いた。そこからは、心臓の音がした。

 「芽生、聞こえるかい」

 「も、もちろん」

 「僕には生きていてほしい?」

 「もちろん!」

 「芽生。選択を間違えないで」

 

 このままでは自分が死ぬ。自分が助かろうと思えばアリスが死ぬ。2人とも死なないようにしようと思えば、もしかしたら、他の誰かが死んでしまうかもしれない。

 

 「やだ…やだよ…助けてよアリス」

 「…泣くのは卑怯だ。さて。どうする?こんな男、見限る?このままだと僕は絶命する。けど、その方が君の為だ。絶命したらさすがに恋が届くのは諦めるだろうし、こんな男は我ながら止めといた方がいいと思うよ。君が、他の男とお茶してたくらいで、殺しちゃうような男だ」

 冗談みたいな口調でそう言った。そう、確かにその通りだ。この先、恋が届いても、届かなくても、ろくなことにならない。

 「このままあんたとずっと縛られてれば、あんたから呪われることはないでしょう」

 「芽生。もう1度言う。選択を間違えないでくれたまえ」

 分かっている。この男に恋していたところで、バッドエンドしかないだろう。

 ならバッドエンドの先から、始めてみようではないか。

 「大丈夫、私も大概よ」

 なんたって、自分を殺そうとした男に、再度、恋に落ちたのだから。


 抱きしめられて、温度に甘えているうち、とんでもないところを触られていることに気づき、我ながら色気のない声が出た。

 「ちょ、ちょっと…アリス…そんなところに痣ないわよ」

 「嫌なのかい」

 こんなときにこんなことして真剣な目を出来るこいつは何のパーティでどう祝えばいいだろう。

 「嫉妬を認めた途端これ?順序を踏みなさいよ」

 「でもね芽生。よく考えてごらん。呪いを請け負ったもの同士、僕たちはここから出ることも出来ない。僕たちこのままじゃ、朝起きても昼起きても夜起きても一緒だよ。まるでアダムとイブ」

 「一日中寝てるじゃないのよ!アダムとイブだってもうちょっと起きてたわよ!」

 「まるで最後の楽園のようじゃないか、子どもはわんさか作らないと」

 「そうね、それはそれは可愛い兎の子が出来るでしょうね」

 悔しいが、このままアリスと楽園ごっこをするのはやぶさかではない。満更ではない、が。

 「私は真生の卒業式も入学式も全部見るわよ」 

 「まるでお母さんみたいだね。そうだね、それは僕も見たいかな」

 アリスはすっと立ち上がり、痣となっていた縄を全て巻き取ると、それを大口開けて飲み込んでしまった。もう今更、そんなことをされても驚かない。

 「飲んじゃって平気なの?」

 「うん、万事解決。残念だったかい?」

 「ええ、とても…ていうか。そんな方法あるんなら、さっさとやりなさいよ!」

 「おっと!!」


 

 「芽生の体、ほとんど見ちゃった」

 「そういうことは黙っておくものよ」

 「怒った?」

 「怒った」

 最後の楽園ごっこは、延長しよう。

 「さあ、家に行くわよ。今日はあんたの嫌いなもの発見するまで、あんたの胃に食べ物という食べ物詰め込んでやるんだから。覚悟しなさい」

 「はは、楽しみだ」

 もっともいつやるかなんて、見通しも立てる気ないけれど。だってもしこの世の中で最後の女になって、男選びたい放題だったとしても、この一番厄介な兎耳を探すだろうから。




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