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第四章 嫉妬・1



 仙道から誘われ、何も考えず、ついていった。誘われた先が気になっていた喫茶店だったということと、あと、要するに暇だったのだ。

 「美味しいですね、これ」

 「本当、美味しい。おかわりできるのかしら」

 「替え玉じゃないんですから」

 笑った仙道に笑い返すと、店の外で、ウサギの耳が見えたような気がした。まさかアリスか、と思ったが、もしこの現場を見られたとして、少しくらいヤキモチくらい妬け、と、そう思っただけで終わっていた。



 「あれから、びっくりするくらい、人を殺したいと思わなくなりました」

 「私はどっちかと言うと、その発言の方がびっくりよ。まあでも良かった、治って」

 下校時間のせいか、学生たちで混み合う喫茶店。当然恋人らしきテーブルもある。彼らから見ると自分たちもそう見えるのだろうか、そう思うと、なんだか仙道の顔を良く見られなかった。

 「ウサギさんに感謝したいんですが…今までアリスが治った人からは、何を受け取ったんでしょうね。僕、お金ならかなり」 

 「かなり、とか言わないでよ凹むから。お金は要らないと思うわよ。私もあいつに一円も払ってないし、他も見たことないわ。端から見てると、ただのボランティアみたい」

 「じゃあ、今までどうして生計立てたんでしょうね。彼も空腹にはなるみたいだし、アリスの家で、食べ歩いてたんでしょうか」

 「…そう、ね」

 なんだかアリスと出会ってからは毎日が駆けるようであっという間だったが、冷静に計算したら、それほど月日が経過しているわけではないのだ。自分と出会う前、少なくても21人のアリスがいたことがあると言っていた。恐らくどれも女。年齢ははっきりしないが、その家々を回っていたかもしれないと思うと、急に腹が立ってきた。

 「信用ないですね」

 「元々、信用出来るほど知らないしね」

 「将来不安ですね」

 「そう、ね」

 なんだろう、仙道の笑顔という名の圧力が、少しずつ、着実に、自分に向かってきているような気がする。

 「今日のことを知っても、彼は多分、そんなに怒ってくれないだろうし」

 「そ、そうね」

 「女の子って可愛いですよね。男のヤキモチ妬きなんてうざい、なんて言っておきながら、いざ妬いたら、結構嬉しそうですもんね。ちなみに僕はヤキモチ妬きです。心が狭いですが」

 「そうみたいね」

 「芽生さん」

 「な、何」

 ぎゅ、と手握られ、思わず慌てて払ったが、手にはまだ、仙道の温もりが残っていた。

 「選んで下さい。僕の奥さんになってくれるか、僕が芽生さんの家に婿入りするか」

 「それ、どっちも結婚じゃないの!」


 結局、いいと言うのに、また奢られてしまった。まだ手を振っている仙道と別れ、芽生も家へと帰り始める。求愛さえしてこなければ良い奴だと思うが、その行為自体止めてしまうと、もう近づかないだろうなぁ、とも思う。

 少し歩いて、後ろを振り返る。たくさんの人の中に、ウサギの耳はいない。そりゃそうだろう、馬鹿馬鹿しい、ため息一つ、芽生は歩き出した。



 夜になった。やはり兎は訪ねてこない。

 「お姉ちゃん、今日はうさちゃん来ないの?」

 「いつも来るみたいな言い方しないでよ」

 「あら今日、いい人参があったから、いっぱい買ってきたのに」

 「お母さんも受け入れすぎ」

 本当に、毎日来るわけじゃないから、今日は来ない日なのだろうと決めつけて、ほっておいて、普通にご飯を食べ、普通に入浴して、寝る。はずだった。


 何、これ。


 乾かし残しの湯以外の水滴が、頬をつたう。自分の裸体を鏡で見て、芽生は凍り付いたように動けなくなってしまった。扉が軽く叩かれ、芽生は慌ててタオルを羽織った。

 「芽生、まだ?」

 「ご、ごめん。もう出た」

 芽生は体もろくに拭かないまま、逃げるように、自室へ走っていった。そして恐る恐るもう一回、自分の裸を見た。見間違いでは、なかった。

 何だ。何だろう。また、『アリス』か。

 芽生は震えるように、朝が来るのを、アリスが来てくれるのを待った。しかしいくら待ってもアリスは来ないし、ちっとも眠れなくて、朝もなかなか来なかった。



 まったく、肝心な時に来ないんだから。

 「芽生さん、おはようございます」

 「あれ、ジャージっすか」

 好きでジャージで登校してきたわけじゃない、今朝も結局アリスは現れなかった為、芽生は朝一番で、旧校舎の放送室へ向かった。しかしそこにも、学校の中でも、アリスはいなかった。

 アリスの電話番号はもちろん知らない、というか持ってない。いつもは例の空間にいるらしいが、行き方も、呼び方も分からない。いつもは1日会えないくらいで騒がないのに、今回は違う。芽生が焦るように校内を走り出すと、しばらく走らないうちに、兎耳を見つけた。

 「アリス!」

 「やあ、芽生」

 最初に違和感があった。いつもはたくさんしゃべるのに、えらく無言で、挨拶もそこそこに、笑顔も何だか疲れていた。

 「ごめん、今ちょっと立て込んでいるんだ。また今度」

 「…っ、待って!」

 芽生は少し迷ったが、強制的に彼を放送室に引き込む。誰もいないのを確認すると、おもむろにジャージを脱ぎ始めた。これにはさすがのアリスも驚いていた。

 「ちょ、ちょっと待って芽生。そういうのは早いんじゃないかな。僕は恋を覚えてから、ちゃんと」

 「違う!いいから、これ、見て!」

 さすがに下着は脱げなかったが、下着一枚になった芽生は、真っ赤な顔を震えながら押し上げながら、アリスの方を見た。ぎこちなく、こちらを見たアリスは、やがて大きく目を開いた。

 「…これはこれは…」

 昨日と同じであってくれ、と思った。これでもし治っていたら、昨日だけの気のせいだったら、ただの露出狂だ。しばらく体を見られ、芽生は羞恥に耐えかねて両目を閉じる。アリスの視線だけを、ただ感じる。

 「芽生」

 「何か分かった?」

 「着やせするタイプなんだね。意外と」 

 「どこ見てんのよ、あんた!」



 パンツ一枚で男を蹴り飛ばしてしまうなんて、今日限りの経験にしてほしい。芽生は震えながらも、胸元だけは押さえながらも、羞恥のあまり、へたりこんでいた。アリスは真剣に見てくれているのに、なかなか慣れない。

 芽生の体は、全身、見たことないような、痣だらけになっていた。顔以外はほとんど全て、赤く太い線が、走るように刻まれている。例えるなら、タイヤの跡のような。

 何かのアレルギーだとしても、これだけ一気に広がるわけがない。おまけに芽生は、アリスを経験し、そして今もそれを、少なからず所有している。異形の力のせいだと決めつけても不思議はなかった。不思議なことといえばアリスだ。

 否、ただ、会いたかっただけかもしれないけど。

 そっとアリスを見る。まだ真剣にこちらを見ている。芽生はとにかく耐えていた。

 「…芽生。正直に言っていいかな」

 「な、何よ…っ」

 まさか治る見込みがないのか、涙目の芽生が顔を上げると、アリスが真剣な口調でこう言った。

 「僕は今、欲情してるみたいだ」

 「………はい?」

 「つまりね、君の、君のまだ知らないところに、僕の大事なものを」

 「それ以上言ったら殺すわよ!分かるわ、欲情の意味くらい!そんな冗談、今はいいから!治るの!?」 

 「治りたいの?」

 「当たり前よ!」

 嫌だ、こんな体。見られたくなかった。アリスに見られるのは、もし今度見てくれる機会があったら、こんなもの、ない体がいいに決まっている。

 「芽生」

 「は、はい」

 恥ずかしすぎて、返事までおかしくなってきた。

 「触ってもいいかな」

 「…ひゃい!?」

 声まで、おかしくなってきた。


 「………やらしい意味じゃなくて」

 「やらしくない意味の方が傷つくわよ、この場合!」

 「えーとじゃあ…してもいいかな」

 「いいわけないでしょうが!!」


 はたかれた、頬をさすりながら、アリスが芽生の肌を見る。

 「へ、変なとこ触らないでよ」

 アリスは返事をせず、ただ、ゆっくりと、芽生の胸元に手を落とす。いくら何でもそこか、殴ってやりたくもなったが、そこが心臓の上だと分かると、怒りも引いた。

 しばらくそのまま心臓の音を確認すると、そっとアリスは手を引いて、真剣な顔でこちらを見た。

 「結論から言おう。呪いだ」

 「のろっ…」

 「しかも、かなり強い。君が今ここでこうして、僕と話してて、生きていることが不思議なくらいだ。君の人並み外れた防衛本能がなかったら、多分もう死んでただろうね」

 す、っと、恐怖がそのまま下りてくるように、自分に落ちてきた。いつもはおちゃらけている奴だけに、少しでも真剣に話されるとより恐怖をかりたてた。




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