終章
それからしばらく経った夜、一本の電話が入った。ずっと昏睡状態だった父だった男が、亡くなったという電話だった。
病院にも、ボランティアの手による葬式にも行かなかった。行くわけがなかった。もしかしたら母が仕事帰りに寄ったかもしれないが、言わないだろうし、聞きたくもなかった。
「その後、真生ちゃんはどうだい」
「すごぶる普通に可愛い妹よ」
「それは良かった」
「そうね。ところでどうして私、泣いてるんだと思う」
ほっとしてるのか、嬉しいのか、それにしても、泣きすぎだ。
「…それでいいよ。許されないことをされても、肉親の死に涙を流さない君は、君じゃないから」
「五月蠅い、ティッシュ取って」
「そんなに男前に拭いたら、擦れるよ」
アリスの胸元に押さえつけられ、涙は、余計に流れた。
「落ち着いたら、お墓参りに行こう」
「嫌よ」
「僕のお墓参りのついでなら構わないだろう」
「あんたの…?誰の?」
その時の自分の超人的な勘は、我ながら賞賛ものだった。
「まさか…初代アリス?」
「あはは、ビンゴ。そう、見つかったんだよ。もう、声も聞けないけどね」
そういうアリスの顔が少しだけ切なそうに見えた。
「彼女は…幸せになったのかな」
「…きっと幸せよ」
この男に恋をしてしまったならば。恋をせずに助かったならば、余計に。
「あと、お知らせがまだ2つ」
「何?」
「力が、もうほとんど出ない。もう僕はほぼ人間だ。君と生きて、君と老いていく」
そういうアリスの頭から兎の耳が落ちて、あ、と声を出す前に、口を口で塞がれた。こちらが照れてしまうような真っ赤な顔をして。
「あと、もう一つ。恋をした」
溢れそうなくらいこちらも赤くなり、爆発しそうな心臓はどうしようもなく、自発的に、本格的に目を閉じた。