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第五章・恋 2



 「じゃあ、原因は、私たちじゃないってこと?」

 「残酷なようだけど、分からない。深層心理がどうなっているのか、なんて、さすがに見れないからね。心の奥底では、君たちの声を聞きたくないと思っているかもしれないし」

 「そっか…耳は髪でどうにかなってるとしても…目はさすがに困るわ。耳も困るけど。早く治して」

 「そうしたのは…山山なのだけれどもね…」


 ん、と芽生が顔を上げる。なんだか今日は異常に歯切れが悪い。

 

 「芽生、大切な話があるんだ」

 「早く言いなさいよ、言わないと耳をもぐわよ」

 「最近、不思議な力が使えなくなった」

 「聞きたくなかった!あんた、力が使えないんじゃ、ただの兎耳の変態じゃないよ!」

 「酷い言われようだ、でも君に変態呼ばわれされるのが最近何だか快感になってきている。どんどん呼んでくれたまえ。ああそれと力が戻る手段の一つとして、古今東西いろんな書物をまとめて集計した結果、やったら治るという意見が最も多かった。さあやろう今すぐやろう」

 「知りたくもなかった性癖明かされた上に、わけの分からん知識で人に跨るな!本当にもぐわよ耳を!」


 悔しいが、叫ぶだけ叫んだら、少し落ち着いた。


 「じゃあ…もう、人間の出来る範囲で、原因を探して、その原因を壊さないといけないということね」

 「そうだね」

 「力が使えないのは仕方がないとして…何か方法はない?私でも出来そうなこと」

 「そうだな…少々荒療治だけれど」



 眠る真生を抱いて、街を歩く。ずっと苦しそうに頭を抱えている。近所、保育園、公園、近くのスーパー、病院、宛てもなく歩く。アリスが出した考えは、単純に、捜索するということだった。眠る真生が最も苦しそうにしている場所、そこが今回の『アリス』に関係しているのではないかと。

 最初は真生の負担になりすぎると反対しそうになったが、他に案がなかったのも事実だ。

 

 「真生…ずっと痛そう。こんなんじゃ、どこか分からないわ。かすかな変化なんて、全快のあんたじゃないと」

 「いや、彼女はずっと痛そうだよ」

 「いや、だから、それじゃあ-」


 こいつは、いつも本当のこそしか言わない。残酷なほどに。


 「ずっと…痛いの?」

 「ああ」

 「私が…抱いてるから?」

 「嫌…多分、違う」

 「えっ」

 ぐいっとアリスに引っ張られ、唇どころか鼻までくっついてしまいそうになったその時だった。


 「お姉ちゃん、何してるの?」

 「…何…って…真生こそ…何、よ、それ…っ」

 真生を責めるのは違うと分かっていた。分かっていたけど。聞かずにはいられなかった。どうしてそんな全身真っ白で、大人みたいになって、こちらを見ているんだろう。

 そんな、男みたいな、体をして。



 お姉ちゃん、お姉ちゃん、大好き。強くて格好いい、お姉ちゃん大好き。


 「私、大きくなったらお姉ちゃんと結婚するの」

 「何言ってるの、兄弟でしょ」

 「ていうか女同士じゃん」

 どうして私は男じゃないんだろう。どうして妹なんだろう。どうして、守れなかったんだろう。いつもいつもいつも。


 「真生の姉ちゃん不良なんだってー」

 「こえー」

 何を言われても。

 「ほら見てあの子よ、父親が暴力ふるって、お姉ちゃん不良なんですって」

 「まあ恐い。母親は何をしてるのかしら」

 どう見られても平気だった。

 あんな男、絵本で見るような優しいお父さんじゃなかったから、お父さんじゃない。お母さんは私をくれた。お姉ちゃんもくれた。家はそれでいいの。いいんだよ。だから、何を言われても平気なの。


 「真生ちゃん、こんにちは」

 うさちゃんが来てくれたとき、お父さんが出来たと思ったの。優しくて、にこにこして、遊んでくれて、トイレにもついてってくれる、お父さん。お姉ちゃんもお母さんも、絶対に叩かないお父さん。でも、どうして、どうして、どうして?

 お姉ちゃん、取っちゃうの?



 しばらくずっと見守っていたアリスが、ふざけたように両手を叩いた。

 「さすが芽生の血筋というか…イケメンだね。勝てる気が全くしないよ」

 「ふざけてる場合か!どうすればいいのよあれ!」

 「どうするもこうするも、君の妹という立場を捨ててああなった真生ちゃんを助ける方法としてはもう、君がフォーリンラブしてくれる他ないだろうね」

 「中身妹の男と出来上がるなんて悲しい上に不毛すぎるわ!」

 「まあ冗談はこれくらいにして」

 冗談の口ぶりじゃなかった-嫌そうに見る芽生の視線を背中に、アリスが一歩前に出る。真生は変わらず、成長した男の姿のまま。ちょうど見た目がアリスと同じ年くらい。真生にとって、すぐに想像出来た大人の男がアリスだったのだろう。

 「やっぱり恋は素晴らしいね、芽生。こんなにすごいアリスは始めて見た。ぞくぞくするよ」

 「恋ってあんたね…私、姉よ?そもそも女同士だし」

 「でも、人間誰しもそういうところがあったりなかったりするんじゃないのかい?親や兄弟の憧れを、恋に似せて、そしてそれは、肉親という分だけ、増長し嫉妬しやすい。目が覚めたらあっという間だろうけど。彼女はまだ人生を四年しか知らない。君中心で回っていた四年なら、尚更だ」

 「…っ、真生。真生、聞こえる?」

 「聞こえるよ、お姉ちゃん」

 自分より高い背で、男の人の声で言われて言葉に詰まりそうだったが、負ける訳にはいかなかった。強いて言葉を選ぶなら、姉の意地だ。

 

 「お姉ちゃん…うさちゃんのこと、好き?」

 「え…」

 「結婚するの?」

 「あ、あのね、真生」

 「結婚して、叩かれて、そして、また、強いお姉ちゃんと、弱い妹をコウノトリが運んでくるの?」


 ああ。

 ああ。

 ああ。


 守ったつもりでいた。あの男から、母と、真生を守ったつもりでいた。でも、全然、駄目だった。傷はなくても、ほとんど覚えてなくても、真生はずっと心に刻んでいたのだ。むしろそれしか与えられる情報がなかったのだ。人を好きになったら、どうなるか。結婚したらどうなるか。子どもが産まれたら、どうなるか。


 「私はそんなこと絶対にしないよ。だって私は妹だもん。男じゃないもん。お姉ちゃんを叩いたり、しないもん」


 「芽生!!」

 しまったと思った時にはもう遅かった。中身は妹だと思って、どこか気を抜いていた。気がつけば、男の体になった真生に思い切り抱きしめられていた。

 背骨が、割れるくらい。


 「痛っ…!」

 「芽生!」

 「来ないで、アリス」

 

 情熱的に、それこそ死にそうなくらいに、強く強く抱きしめられる。今にも呼吸が止まりそうだったが、アリスに助けを求めることなく、必死に耐えた。

 一人で出来るなんて思ってない。けどアリスに頼るべきは今ではない。


 「真生、私は、あなたになら殺されても何も言わない」

 「うん」

 「けど、私が死んだら、アリスは例えあんたでも許さないでしょう。もしかしたら殺しちゃうかも」

 「好き、だから?」

 「そこまで自惚れてないけど…けど、仕返しくらいはしてくれるって自惚れてる。恋はそれだけ人を馬鹿にするし弱くする。全然強くなんてしてくれない。最悪よ」

 「…やだよ、そんなの、やだよ」

 不思議だ。男の声で、男の体なのに、流れる涙は、真生のものだ。

 「お姉ちゃんは強いお姉ちゃんが好きだよ」


 強くて、格好よくて、誰にも負けないお姉ちゃん。うさちゃんの前だけ、真っ赤になるの。怒るけど嬉しそうなの。女の子みたいな顔して、笑うの。


 「…っ、」

 確かに。私は弱くなった。

 「助けてアリス」

 「…ごめんね、真生ちゃん」

 「…っ、!?」


 大きな音と供に真生が吹っ飛び、慌てて駆けつけると、それはいつもの真生の姿に戻って、可愛く寝息を立てていた。


 「治ったの?」

 「とりあえずは恋心に蓋をした感じかな…けど、真生ちゃんが大人になって本当に好きな子が出来るまで、また出るかもしれないね」

 「そう。仕方ないわね」

 眠る真生の寝顔を、そっと撫でる。

 「いいのかい?そのままで」

 「私は、この子を、お母さんを、ついでにあんたを一生守るって決めてるの。この子がどんな姿になったって、大丈夫よ。原因が私なら、また何度でも、駄目な私を見せて幻滅させる。そしてまたこの子が元気な時に、挽回すればいい」

 「前向きだ、実に。もう、僕がいなくても大丈夫そうだね」

 まるで流れるように言うから頷くところだった。そうはいくかと笑ってやった。

 「そんなわけないでしょう。馬鹿」

 ありがとう、とアリスを抱きしめる。少し遅れて抱き返した彼の顔が赤いことは、芽生は気づかなかった。




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