傾国の美貌らしいので、領地で静かに暮らします
「お前のような国を傾ける美貌に私は騙されないぞ!」
そう啖呵を切ったのは、第一王子のトーレスで、言われた公爵令嬢ウィルメラは空色の目をぱちくりさせた。
誉められているのか、貶されているのか、まだ五歳の令嬢には分からなかったのだ。
周囲は微笑ましさ半分、呆れ半分で見守っている。
「では、婚約の話は無かった事にいたしましょう」
「うむ、そうせよ」
苦笑しながら言ったヴィンセント公爵の言葉に、トーレスは満足げに頷いた。
後ろでは国王が額に手を当てて、苦々しく溜息を吐いている。
「ヴィンセント公、愚息がすまない」
「いえいえ。他愛のないお言葉ですし、娘の美貌をお誉め頂いたようなものですから」
鷹揚に笑う公爵に、国王は片手を軽く上げた。
第一王子の基盤を作る為の婚約ではあったが、時期尚早だったのかもしれない。
顔を見合わせた国王と王妃は溜息を吐いて、その婚約話は流れた。
ウィルメラは銀の巻き毛に空色の瞳の可愛らしい少女である。
王子の目の前に居ればまた、ご機嫌を損ねるかもしれないという理由で公爵家の領地で育てられた。
兄や姉達も可愛い妹と離れたくない、と長男以外も社交期間さえ、滅多に王都には顔を出さないまま。
近くの領地の貴族子弟達と交流しつつ、穏やかに過ごしていた。
その中でもグリーン伯爵家のガレットとウィルメラは特に仲睦まじく、披露前に早々に婚約を結ぶ事になったのである。
「わたくしは殿下に国を傾ける美貌と嫌われているので、王都には行かないようにしておりますの」
「そう。じゃあ俺だけの宝物って事だな」
一緒に馬を走らせながらウィルメラとガレットは笑い合う。
だが、そこに兄のウィロウが口を出した。
「何を言ってるんだ、ウィラは我が公爵家の宝物だ!」
「あら、わたくしの扱いは?」
ウィロウの口出しに、姉のアデイラが冷たい視線を向ければ、ウィロウは馬を走らせながら叫んだ。
「宝物を守る門番だな!」
「何ですって!?」
速度をあげた二人を笑って見送って、ウィルメラはガレットを見つめた。
「お姉様は手ごわくてよ」
「うーん。アディはああ見えて甘い物が好きだから、ご機嫌をとって手加減して貰う」
「まあ、意外と策士ですのね」
笑い合う二人も、兄姉達も穏やかなが日々に嵐が訪れる事をまだ知らなかった。
公爵家の館のすぐ横の森で、ウィルメラはいつもの様に木苺を籠いっぱいになるまで摘んでいた。
本来なら下女の仕事であるそれも、ウィルメラにとっては気晴らしの娯楽なのだ。
買えば済む、やらせれば済むという事でも、勉強の合間に身体を動かす事は気分転換になる。
屋敷のすぐそばの森は、広大ではあるものの、秋冬になれば狩猟が行われる場にもなるので、害獣は多くない。
奥まで入り込まなければ、小さな栗鼠や兎に出くわす程度である。
人の手があまり入っていないが、定期的に人が立ち入るせいで比較的歩きやすい。
「助けてくれ……」
聞き慣れない弱々しい声がして、ウィルメラはふと足を止めた。
気のせい?と思って耳をすませば、もう一度。
「誰か、おらぬか」
若い男の声がして、慌ててウィルメラは声のする方へと足を進めた。
「どうかされまして?」
「足を、痛めてしまったようだ……」
近くには、誰もいないし馬もいない。
だが、見るからに足は横にねじ曲がっていた。
顔も青白く、唇も渇いている。
「まずは、これをお召し上がりに。喉を潤してくださいませ」
見た目からして、高貴な家の出自だろう装飾品が見えたので、ウィルメラは膝をついて籠の中の木苺を青年の口元に運んだ。
彼は素直に口を開け、木苺を一つ二つと食べていく。
「わたくしには大きな怪我の治療は出来ませんのが、応急処置であれば出来ます。添え木をして、我が家までお連れしますので」
ウィルメラは前掛けの白い布を裂くと、手近にあるまっすぐな木の棒を足に固定して、青年の足と木の棒を固定する。
そして、少し眉を顰めて静かに伝えた。
「少し、痛むかもしれませんが、我慢なさって」
「分かった」
頷いたのを確認して、患部と思われる場所にも布を巻きつけた。
痛そうに眉を顰めるが、声は発しない。
足先は横に曲がったままだが、無理に前に向けると後々の処置に影響が出てしまう。
「人を呼んでまいります。ここに木苺はおいてゆきますので、静かになさっていてくださいませ」
「……感謝する」
改めて見れば、眩い金色の髪に緑の瞳の美貌の青年だが、この辺りでは全く見ない顔だった。
ウィルメラは青年の言葉に頷くと、近くの枝に前掛けの切れ端を結びながら公爵邸へと人を呼びに走ったのである。
その日の夜。
ウィルメラとウィロウ、アデイラは気まずそうな家令に客間で伝えられた言葉に、衝撃を受けていた。
「え?あの見る眼の無い馬鹿王子ですって?」
アデイラの第一声にウィロウが否定の言葉を投げる。
「いや、見る目はあるだろう。傾国の美貌は間違いない」
「あらまあ、どこかの高位貴族の令息かと思っておりましたけど、まさか第一王子殿下だったなんて」
のんびりとウィルメラが言う言葉に、家令は重く頷いた。
「怪我の手当ての方は万事滞りなく。どうやら王領で狩りを楽しまれていたようですが、こちらに迷い込み、馬に振り落とされたようでございまして。側仕えの者達も近日中には来訪されるご予定です。今は薬で深く眠っておられます」
「そう。重傷でなくて何よりでございましたわね」
家令の言葉に頷いて、ウィルメラはおっとりと微笑むが、アデイラは渋い顔だ。
「さっさと王都か王領にお引き取り頂きたいわ」
「確かにな」
いつもは揶揄うウィロウも、そのアデイラの言葉には賛成だった。
何せ、かつて誉め言葉とはいえ、ウィルメラとの婚約を流した男である。
「は。ですが、今すぐにという訳にも参りません。まずは、側仕えの方々がお出でになられてからにございますね」
「分かりましたわ。王子を見失ったその愚か者達が来たら、さっさとお暇頂くよう交渉して頂戴」
「畏まりました」
家令が恭しく頭を下げて部屋を辞すると、ウィロウはさっさと立ち上がった。
「グリーン伯爵家への手紙を書いておく。ガレットにも来てもらわねばなるまい」
「たまには良い事を思いつきますのね」
嫌味の様に讃えるアデイラに、ウィロウはフッと笑みを漏らしてそのまま部屋を出ていく。
残されたアデイラはウィルメラのふわふわの銀の髪を優しく撫でた。
「貴女は大丈夫ですの?」
「ええ。早くお怪我が治ると宜しいですね」
屈託のない笑顔に安心をしながらも、アデイラはこれから起こるかも知れない騒動を考えて気が重くなる。
きっと、第一王子は十年以上前の子供の頃の事など覚えていない。
ウィルメラにとっても遠い出来事だし、何の拘りもないだろう。
でも公爵家の父母も兄姉にとっても、第一王子は仇敵と言っても差し支えない。
立場上敬ってはいるが、関わって欲しくはないのだ。
だが、通例上、一度は挨拶をしなくてはいけない。
それが、明日か明後日かは分からないが。
体調が良くなって改めて、恩人として美しいウィルメラを目にすれば、どうなるか。
アデイラの予感は的中した。
王子の体調が回復した翌朝、家令の呼び出しでウィロウとアデイラとウィルメラは王子の寝台へ挨拶に赴く。
その目がウィルメラに釘付けになるのを、アデイラもウィロウも忌々しげに見つめた。
「君が私の命の恩人か、ウィルメラ嬢」
「その様な大袈裟な者ではございません」
「いや、私は一日あの場で動けなくなっていたのだ。あのまま誰も通りかからねば衰弱して死んでいただろう。君は私の命の恩人だ。その恩に報いる為にも、君を私の妃に迎えたい」
突然の求婚に、ウィルメラは目をぱちくりと瞬き、ウィロウとアデイラの目は半眼になる。
二人が何かを言おうとしたその時、おっとりとした口調でウィルメラが一刀両断した。
「それは出来ません。わたくしは婚約しておりますので」
命の恩人に報いる、というのは大義名分でもあったのに、あっさりと断られてトーレスは意味が分からなかった。
妃と言えば、立場が伝わる筈だと思って言ったのに。
「君は事の重大さが分かっていないようだな。この第一王子トーレスの妃となれるのだぞ?」
「ええ、最初に第一王子に対してご挨拶しましたので、お立場は存じておりますが」
二人の噛み合わないやり取りに、思わず出鼻を挫かれたアデイラとウィロウはそのまま見守っている。
王子は、立場が分かっていてなお、考えを変えないウィルメラに、焦った様に言い募った。
「では何故?君の婚約者は誰かは知らぬが、私の妃となる方が其方にとっては良いだろう」
「わたくしの婚約者はグリーン伯爵家のガレット様でございまして、婚約してから五年以上経ちますが、お陰様でとても仲良く過ごしておりますので、他の方に嫁ぎたくありません」
敵意もなく、当然のことのように言うウィルメラと、言われている意味が分からないトーレス。
過去の事に拘っていないウィルメラが王子の甘言に靡くのでは?と思っていたアデイラは、全くの解釈違いの出来事に、思わず言葉を失っていた。
「私の命を救った其方に最大の栄誉を与えると言っているのだが……?」
「わたくしに、その栄誉は必要ございません」
何度言葉を変えようとも、不思議そうに断ってくるウィルメラから視線を外して、トーレスはアデイラとウィロウに視線を投げた。
何か言って欲しいのだろうが、ウィロウはトーレスから視線を外してアデイラを見て、アデイラは二人の視線ににっこりと微笑んだ。
「ええ、左様でございますの。姉のわたくしの目から拝見しても、妹とガレット様はそれはもう仲睦まじくて。幼い頃から今まで何度結婚式ごっこをして、参列させられた事か。早く本番になって頂きとうございますわ」
そう言えば、意図を理解したウィロウも続ける。
「そうそう。いい加減早く結婚してくれないと参列するこちらも予定を合わせるのが大変でございまして。それに何より当人がそう申しておりますので、王子殿下のご厚意にのみ感謝を申し上げます」
本人だけでなく、家族まで揃って断わってくる事態に、トーレスは理解が及ばない。
今までのトーレスは、何度でも誰でも自分に嫁ぎたいという令嬢と、それを後押しする家族しか見た事が無かったのだ。
「そろそろ家庭教師が参りますので、お嬢様方、若様、お部屋にお戻りください」
「では、失礼いたします」
家令の見事な時間管理によって、三人は紳士と淑女の礼を執って部屋を静かに出ていく。
その場には呆然とするトーレスだけが残されていた。
悩んでも悩んでも何故だか分からないまま。
世話に訪れるのは公爵家の小間使いばかりで、ウィルメラも、アデイラすら見舞いには訪れない。
翌日になって漸く、報せを受けた侍従と護衛と狩り仲間の貴公子達が公爵邸にやって来た。
「ああ、良かった。安心いたしました殿下」
駆け付けた侍従がそう声をかけるが、トーレスは押し黙ったまま頷くだけだ。
「どうしました?殿下、お加減でも…」
侍従が心配そうに尋ねるも、トーレスが口にしたのは怪我とは全く関係のない事だった。
「命の恩人である令嬢に求婚したのだが、断られた。普通は王子に求婚されたら受けるものではないのか?」
突然の問いかけに、侍従も言葉が出てこない。
友人の一人、ロメイン公爵家のマティルスは眉を顰める。
「身分の違いではないか?ただの村娘なら恐れ多くて断るだろう」
「いや、このヴィンセント公爵家のご令嬢だ」
トーレスの返事に、もう一人の友人、ロバスト侯爵家のリーフがああ、と納得したように言う。
「確か、グリーン伯爵の嫡男と婚約中だと聞いた事があるが……」
「たかが、伯爵家だろう?」
「ああ、そこが分からんのだ」
リーフの言葉に、マティルスが傲慢な言葉を言い、トーレスが頷く。
そして、トーレスは侍従に目を剥けた。
「どう思う?」
問われた侍従は、身分が友人達より低い。
だからこそ聞かれたのだろうと答える。
「その様な栄誉を断るのは愚者か、それとも高潔で無欲な方であると存じます」
ふむ、と満足そうにトーレスは頷いた。
森の中に現れたウィルメラは妖精の様に美しかった。
だけでなく、すぐに衰弱を見て果実を与え、応急処置までしてみせたのである。
優秀で優しく、聡明。
王妃として申し分ない女性だ。
「私は彼女を王妃に迎えたい。もし彼女が婚約に縛られているのなら、グリーン伯爵との婚約を無効にしよう」
「ですが、そう簡単にいくかどうか」
リーフの言葉に、マティルスが笑顔を向けた。
「なに、ヴィンセント公爵との縁と同じ位か上回る利益を提示すればいいだろう。陞爵や財産を与えればいい」
「妹の降嫁先にするのも良いな。その為の陞爵であれば、文句も出まい」
決まったというように頷いて、トーレスはやっと晴れやかな笑顔を見せた。
「だが、命の恩人とはいえ……領地を出ない公爵姫、病気か醜女かと噂されてる令嬢を、妻にまでする必要はないだろう」
ぶっきらぼうなマティルスの言葉に、トーレスは皮肉気に微笑む。
王都の者達は宴に現れないウィルメラを目にした事がない。
誰もが目を奪われる清廉な美しさを見れば、二度とそんな軽口は叩けないだろう。
「噂などあてにはならぬという証左だな。彼女は美しく聡明で、私の王妃にこそ相応しいご令嬢だ」
絶賛の言葉に、マティルスとリーフは顔を見合わせる。
「それは是非とも拝見したい」
「ああ、王都では見ないからな」
野次馬根性を発揮する二人に、トーレスは眉を顰める。
これ以上余計な恋敵を増やしたくはなかった。
「お前達はもう帰れ」
冷たく放たれた言葉に肩を竦めて、マティルスは傲慢に言う。
「此処に呼べばいいじゃないか」
ちらりと侍従を見れば、侍従は頭を下げて部屋を出ていく。
だが、部屋を出てすぐに侍従は戻って来た。
余りの早さに三人は首を傾げる。
「ご令嬢はお二人とも授業を受けているので、殿下へのお目通りは出来ないとの事にございます」
はっきりきっぱりと言われた答えに、二人も残念そうにトーレスを見つめた。
「随分お堅い令嬢だな。王子の求婚を断るだけはある」
マティルスの言葉を聞いて、トーレスは頷く。
「だからこそ、私が婚約しやすいよう道を整えてあげねばなるまい」
きっと彼女は、幼馴染との婚約に縛られているのだ、とトーレスは勝手に判断した。
ウィルメラから断れば、情宜を捨てて王室を選んだ欲深い女性と言われかねない。
名誉を心配しているのなら、伯爵家から断らせればいいだけなのだ。
ウィロウの手紙で呼び出されたガレットは、庭でウィルメラとゆったりと散歩を楽しみながら、顛末を聞いていた。
「で、王子殿下はまだこの屋敷に留まっているのか」
「ええ。王領か王都にお帰り頂くようお勧めしても、頑として譲らないそうですの」
「困ったものだな」
ウィルメラもだが、アデイラも未婚の令嬢ということで、早々にマティルスとリーフは公爵邸から追い出されている。
今残っているのはトーレス王子と、その侍従と護衛騎士だ。
彼らは屋敷を歩き回ることは殆ど無いため、逗留を許されているに過ぎない。
「今日はこれから俺も殿下に挨拶に伺わなくてはならない」
「わたくしもご一緒した方が宜しいのでしょうか?」
「いや、立ち合いはウィロウに頼んであるし、これ以上殿下の前に君を晒す訳にはいかないからな」
婚約していると断っても、まだ求婚してくる男である。
しかも、過去にウィルメラを断った経緯がある王子でもあった。
「分かりました。ご無理はなさいませんよう」
「ああ、任せてくれ」
「単刀直入に言う。ヴィンセント公爵家との縁談を解消してくれ」
挨拶を交わした後の第一声に、ガレットは思わず眉を顰めた。
その前で滔々とトーレスが語る。
「代わりにグリーン伯爵家の陞爵と、我が妹の降嫁を考慮している。正式な手続きは私が王城へ戻った後になるから、我々の手続きの後に解消すればよい」
「お断り申し上げます」
ガレットの言葉に、トーレスは余裕の笑みを凍りつかせた。
何故だか分からないまま、トーレスが言葉を失くしてる内に、ガレットは畳みかける。
「ヴィンセント公爵家とグリーン伯爵家は古くから付き合いもあり、災害対策でも商売でも協力しております。更に、ウィルメラ嬢とは幼い頃より婚約しており、相思相愛の仲でございますれば、婚約を解消する理由はございません」
相思相愛、という言葉は、トーレスにとって痛烈な痛みを与えた。
ウィルメラにも仲睦まじいと言われていたが、それが王家の婚約を断る理由に足るとは思えずにいたのに。
ガレットからも言われれば、トーレスに嫉妬が芽生えた。
「それは我が意に逆らうという事か」
「逆らうも何も、私の宝を手放す理由に不必要な物を押し付けられて、黙って耐えねばならない道理がどこにありますか」
「王家として与える栄誉を不必要、だと?」
「ええ、私の婚約者であり宝物でもあるウィルメラに比べれば」
嫉妬に燃える眼で睨むトーレスに、怒りを秘めるガレットの視線がぶつかる。
ウィロウはガレットの隣でうんうん、と頷いた。
「殿下。まずはお身体を治療なさることに専念下さい。それに両家の当主に話を持ち掛けるべきかと。当人たちの言葉は既にお聞きになったでしょう。ガレット・グリーンもウィルメラ・ヴィンセントも婚約を解消する気はありません」
冷静なウィロウの言葉に、トーレスは不満げにだが渋々頷いた。
「フン、いいだろう。直ちに王城へ帰還する」
当主であれば家門を優先する。
だからこそ、本人達の意思など関係ない。
公爵邸にこれ以上居座ったところで、ウィルメラを呼び出そうにも毎日断られていた。
会えないのならば、逗留し続ける意味はない。
そう思ったトーレスは王都への帰還を決めたのである。
「結婚を早めようと思う。あの殿下の様子じゃ、王命を求めるのは目に見えている」
ガレットの言葉に、ヴィンセント家の兄妹は頷いた。
「披露は後でいいだろう。これで今まで散々練習してきた参列者の本番が出来るなアディ」
「ええ、これで最後だと思うと寂しく感じるものですわね」
兄と姉の言葉にウィルメラも嬉しそうに微笑む。
「お兄様とお姉様に見届けて頂ければ、わたくしは満足でございます」
「ウィラ、披露は盛大に行うから安心してくれ。まずは神の前で君と永遠の誓いを交わす」
「ええ、ガレット様」
ガレットの言葉通り、すぐに二人の結婚式は領都の教会で行われた。
王命が下ってしまえば、覆す事は出来ない。
国を出て駆け落ちをする位しか手段がないのだ。
場合によっては反乱という手もあるが、この国では現実的な方法ではない。
逆に、神の前で婚姻をしてしまえば、国王でも覆す事は出来ないのだ。
結婚する二人を祝うために、使用人と領民達が教会へと集い、兄と姉に見守られながら式を挙げる。
厳かながらも温かい雰囲気に包まれて、誓いの言葉を交わした。
そして、婚姻台帳への署名を記す。
結婚する二人だけでなく、立会人のウィロウとアデイラ、使用人の代表として家令、領民の代表として政務官が次々に書き入れ、最後に教会が承認の印を押した。
そして最後は教会の前の大広場で、領民達に食事と酒が振る舞われて、青空の下で賑やかな宴となる。
そこへ、華々しい衣装を着て、装飾された馬に乗った人物が凄い勢いで走り込んで来た。
王家の紋章が縫い取られた陣羽織に首元には金の飾りを付けている。
馬に蹴られまいと慌てて避難した領民達も、恐々と王家の伝令を遠巻きにして見つめていた。
「王命である!この婚姻をただちに中断せよ!」
汗だくながらも傲慢に放った一言。
思わずウィルメラとガレットは顔を見合わせた。
中断も何も、終わっている。
終わっていて良かった。
それを伝えようと口を開こうとしたガレットの前で伝令が高々と書状を掲げる。
「公爵令嬢、ウィルメラ・ヴィンセントは第一王子と婚姻せよ!」
「あの……伝令様、それは出来ません」
叫ばれた言葉に、花嫁衣裳に身を包んだウィルメラが進み出て、馬上の伝令を見上げた。
叫んだ使者も一瞬動きが止まる。
「既に、このガレット・グリーンとの婚姻が終了しております」
進み出たウィルメラの肩を抱きながら、対の白い衣装に身を包んだガレットが毅然と言う。
伝令は怒りに顔を赤くして、更に叫んだ。
「王命であるぞ!反逆をするつもりか!」
その言葉に、二人の側に居た司祭も進み出る。
「この二人は神の御前で婚姻を済まされました。王の法より神の法が上でございます。ですのでその書状は一旦、教会にてお預かりしましょう。正式な証明書を明日にでも発行いたしますのでお持ち帰りください」
だが、伝令はまだ認められないのか、王命が記された書状を握りしめて苦々しい顔で司祭や新郎新婦を見ている。
司祭はふと溜息を吐いて、更に手をゆっくりと差し出した。
「それを渡さず王命だと仰ると、神の認めた正式な夫婦を引き裂こうとする大罪人となられてしまいますよ。重婚は我が国でも神も認めておられない。王室の顔に泥を塗るおつもりですか」
これ以上粘れば、正式に教会の記録に残されてしまうと判った伝令は、渋々馬から降りて書状を司祭に渡したのである。
苦々しげに馬を引いて立ち去る伝令の背に、若き二人を祝う領民達の歓声が突き刺さった。
「すぐに式を挙げて良かったですわね」
アデイラが伝令の後ろ姿を見ながら言い、ウィロウもそれに頷いた。
「まったくだ。危うくウィラが連れていかれるところだった」
その言葉を聞いた二人はきゅっと固く身を寄せ合う。
仲睦まじい二人を祝福するように、領民達は口々に祝いの言葉を投げかけた。
「おめでとうございます!」
「末永くお幸せに!」
笑顔で応えた二人は、用意された馬車に乗り込むと、公爵邸へと帰還したのである。
その後、事態が落ち着くまで二人は公爵邸で待機した。
両親達が王都から帰還してから、改めて伯爵領で祝いの宴を開いて、伯爵家の領民にも盛大に祝福を受けたのである。
伝令の返事を受け取った国王とトーレスは結果に項垂れた。
国王としては不義理をしたのに鷹揚に許した公爵家と、やっと正式に婚姻を結べるという大義名分が得られたのである。
命の恩人であるということは、王室としても親としても感謝しかない。
息子が最適な令嬢を選んだという喜びもあった。
トーレスの言葉も、「王都の酷い噂に傷ついた令嬢を救いたい」「家の為に望まぬ婚姻を迫られている」「命の恩人として王族に迎える栄誉を」という尤もらしい言葉だったのだ。
事前にウィルメラの意思確認も済ませた上での嘆願だと。
「お前は事前の交渉も何もせず、ただ力ずくで他人の幸せな婚姻をぶち壊し、王室の名誉に泥を塗ったのか」
項垂れた国王の苦し気な言葉に、トーレスは何を言えば良いのか分からなかった。
「事前に交渉はしました、が……王族との婚姻を拒む女性など何処におりましょうか」
「その傲慢な自惚れが、我が王室を最大の危機に陥れたのだ!」
父に同意して貰える物だと思っていたトーレスは衝撃を受けて、王座に座る国王を見上げる。
今まではそうだった。
誰もが自分を欲していたのだから。
「元々ウィルメラ嬢との婚約を蹴ったのはお前だ、トーレス。幼い頃の事だから忘れたか?彼女の美貌に国を滅ぼすと言って拒否をした事を」
トーレスはもうそんな事はすっかり忘れていた。
かつての幼い自分が、何より美しい宝を拒絶していたという真実を。
絶望に染まるトーレスを見ながら、国王は静かに告げた。
「王子領へ行き、蟄居せよ。二度と私の許しなく王都の土を踏むことは許さぬ」
「父上、それはあまりにも…」
「お前は我が王室の権威を失墜させたのだ。虚偽の申し出による王命の乱用、公爵家と伯爵家の名誉を正当な理由なく傷つけた不始末、更には王命を教会に無効とされた事で、王家の顔を潰した。お前をこのまま野放しにするわけにはいかぬ」
幾つもの罪状を挙げられれば、それ以上何も言う事は出来ないままトーレスは肩を落とした。
こうして初恋と共に、王位継承権をも失ったのである。
前作に続き、口は災いの元というお話。




