いえ、差し上げてはおりませんので。〜私のドレスも家宝も、クレクレ女に全振りする婚約者はポイ捨て確定です!〜もらったと嘘をつかれても、家宝には誤魔化せない”呪い”がかかっていますが?〜
「エレノアから聞いたよ。君から素敵なものをもらったのだといって笑顔で僕にも見せてくれた。
気落ちするあの子に気を遣ってくれてありがとう」
(彼女はあれを自分のものにするために、そのように外堀を埋めることにしたのね)
交流会でお優しい婚約者が朗らかに発したその言葉に、マデリーンは貴族としてどのように返すべきか分からず貴族の仮面の下でささやかに舌打ちした。
***
マデリーン・ストラゴールは歴史ある伯爵家のできのいい長女である。美しい艶のある黒髪は烏の濡れ羽色。黒の中に緑と青と紫が照り返し本人の魔力の高さを周囲に知らしめている。深い青緑色の瞳も魔力の高い金の星を讃え美しい。
貴族学院も上位で卒業資格を取り、専門として履修した魔石の発掘・発展を主軸にした事業も軌道に乗せた若き事業家の一人であった。
完璧な淑女。貴族院の一輪華、ただし、友人たち曰く「男運だけが欠落している」らしい。
マデリーンの友人たちは揃ってこのように評する。「美しいけど抜けてて放って置けない」と。
マデリーン本人からすれば大変遺憾であるが、助かったことも少なくないので、抗議はしないでおいておく。
友人たちからの評価が下り坂ノンストップ令息・婚約者のアギレイス・ノートンはノートン侯爵家の3男で優しい両親と優秀な兄たちに可愛がられ自己肯定感は山脈をかける愛嬌の塊だ。
継ぐべき爵位や事業がないからのんべんだらりと成長してきた結果、さまざまな人に愛嬌を振り撒く顔だけ令息に仕上がりつつある。(まだ巻き戻せるとマデリーンは思っている)
本来ならば成人したなら自分の糊口は自分で賄うくらいの努力はするものだが、剣術も学力もそこそこいい、だが恵まれすぎていて継続する力がない三男に早々に見切りをつけた侯爵が幼いながら伯爵領の発展の一助になっていたマデリーンに目をつけ、結ばれたのがこの婚約である。
真面目でお堅いマデリーンが婚約したことを喜んだ友人たちだったが、聞く話聞く話ちょっと様子がおかしいのだ。殿方の面白エピソードなど普段はお目にかからない令嬢たちは初めは楽しく聞いてマデリーンの気力を養う助けをしていたが、ここ最近は少し様子がさらにおかしい。
「侯爵家に身を寄せている男爵令嬢に貸したものが返ってこない」らしい。
マデリーンが食いしばり我慢したことをお茶会でぽろっとこぼす珍事件は友人たちの観点からすればありえないらしい。ある意味滑らない話だなとマデリーンは自分の社交手帳に書き付けている。
アギレイスの家には、直近あった大雨で両親を失った男爵令嬢・エレノアが身を寄せている。男ばかり三人の侯爵家に可愛い女の子がきたので侯爵家はちょっとしたエレノア・フィーバーだ。
初めは両親を失い、寄親を頼る寄る辺ない娘の身の振り方が決まるまではという話だったが大雨で災害被害を受けた男爵領の立て直しごと引き受ける先の貴族家を見つけるのに難航し、1ヶ月、2ヶ月と伸び半年に暦かさしかかるくらいになるとすっかり元気になったエレノアは居候の身分を忘れ、アギレイスをお兄様と呼び、侯爵の養女にでもなったかのような振る舞いをし始めた。
そうなると可哀想な娘を叩き出すのも申し訳なく、なあなあとなり、一年ほどこのような状態が続いている。食事・住居は侯爵家に。衣装や装飾はマデリーンから搾取するのがエレノアの常態になってしまった。きっかけは全て大水に流されてしまったエレノアにマデリーンのドレスを融通したからだ。養女になるにしろ装いは大事だが、侯爵家であつらえるのも話が違うのではないかという相談を受け、父伯爵と相談し、マデリーンの持っているドレスの中でもう着ないであろうものを渡した。
エレノアは明るいキャラメル色の巻毛にオレンジ色の瞳なので、マデリーンとは似合う色が違う。浮かないように乳母や母と相談し明るい水色やパステルカラーを選んで分け与えた。
「素敵なドレスありがとうございます!マデリーン様。」
エレノアのか細い指で両手を握られ御礼を言われた時は満更でもなかったのだ。
「困ったときはお互い様と申しますでしょ?ここで縁ができたのも何かのお導き。どうぞもらってくださいな」侯爵家にいる期間が延びれば、必要な設えも変わってくる。
外に出れるようになれば外出着、茶会に出るようになればデイドレス、植物園に向かうなら日傘、令嬢には金がかかる。全て家の存続であったり、良いご縁で回収するために家門は総力をあげて磨き上げる。マデリーンは長女で婿取りは決まっていた。貴族と顔をつなぐのはマデリーンの役目だった。そのために社交は欠かせない。一度袖を通したもので、着てないものはたくさんあった。靴などエレノアとマデリーンでサイズが合わないものは侯爵家でも準備していた。
自分の家門の親族がそのような目にあったなら、惜しみなく分け与えただろうが、今回の場合婚約者の家にたまたま身を寄せた寄子である。せいぜいこの1回であろうと考えていた。
****
それは理に反するのではないか?とマデリーンが明確に感じたのは
侯爵家を訪問した時、エレノアがマデリーンが座るはずの席に座っていたのだ。アギレイスの横に。ピッタリと。そして誰もそれを指摘しないためこの二人の距離はこのように近いものなのだとマデリーンが理解するまで時間はかからなかった。
「雨で全部流された時はどうしようかと思ったのです。でも男爵家では一生袖を通すことはなかったでしょう。マデリーン様からいただいた部屋着はとても滑らかで気持ちいいのです」
エレノアはマデリーンが譲った衣装についていつもこのように話す。
傍目には感謝を表しているようだが、マデリーンにはこのように聞こえる。
((こんなに持ち上げてあげているのだから、早く次のドレスを持ってきてくださいねwもらって差し上げますわ!))
「お気に召したようで何よりです。健やかにお過ごしいただけることが何よりでしてよ」
感情が漏れ出さないようにマデリーンはニッコリと口元を半月型にしめた。
放牧され貴族トークを習得していないアギレイスだけに分からない会話。初めは高位貴族としての教育をされていないエレノアを不憫に思って流していたが2回3回と繰り返される要求にわざとなのだと、自分がエレノアに侮られていることを知った。
何度かアギレイスにそれとなくお願いをしてみたが、すげなくさもマデリーンが悪いかのように返答をされると、お願いするのもバカらしくなった。貴族の幕に覆えば本質を伝えれないし、歯に衣着せぬ言い回しを使うと冷たい人扱いだ。やっていられない。
バカに何を言っても馬鹿だから分からないのである。
「エレノア様へ、私に何かを要求するのを控えるようアギレイス様からお伝えいただけないかしら?」
「え?エレノアはいつも謙虚じゃないか!君からもらったものしか喜んでないよ!」
「いえ、その私の考えすぎやもしれないのですが、エレノア様からもっと衣装をと要求されているように感じてしまって…」
「先ほどの会話の中でかい?マデリーンは気を回しすぎるんだよ。細かいところに気がつくののは君の美点だと思うけれど、エレノアがそう望んでないことまで察しようとするのは邪推じゃないかなあ。彼女は無邪気に喜んでいるのだよ。もし他にあげれそうなものがあればあげてほしい」
用意する必要はないけれど、あげれるものはあげてほしい
飛んだダブルスタンダードだ。
マデリーンが持っているものは全てマデリーンのために誂えられている。これから家を存続させるために使用するためのものがほとんどで、その代だけで消費するようには創られていない。祖先から、家門から、両親から、友人から、貴族として侮られないための武装だ。ホイホイ譲れるものではない。
アギレイスは3男だから、時に先祖代々連綿と受け継がれている家宝についての意識が弱いのかもしれない。エレノアには、マデリーンのために当代作られたものしか譲っていない。それだって本来であれば何かしらの役に立たせるべき出会ったとマデリーンは考えている。
(上位の侯爵家の息子だけれど、わが家門に迎え入れるにはどうなのでしょうか)
エレノアが関わってくるまで、アギレイスに対して具体的な嫌悪感などは時になかった。そのはずなのにだんだんとこのアギレイスのことなかれ主義について不安と不満が滲み出てくる。
事業を進めるためには段取り8割、実行力2割。リアリストすぎて事業を進めている目線としては、花丸だが令嬢としては0点を叩き出す思考だ。
夢見る乙女よりは、自領を発展させ経済領域を作ることが好きなマデリーンの性質を知っている両親は婿選には結構慎重になっていた。女が事業に口出ししても文句を言わない、おとなしめの男性。
婿入りを餌にしても、領地経営などを手掛けている家で嫡男の補佐などをしていれば難しいかもしれない。そんな婿選の中、侯爵家からの話はちょうどいいはずであったのだ。
剣術も勉強もそこそこできる、、、と侯爵夫妻は評していた。
(アギレイス様にとって、周りのものはあって当たり前のものなのだわ。それらがどのように今自分のお手元にあるのか考えたことがないのね)
(エレノア様にとってもそう。初めはとても不安だったのでしょう。お父様もお母様も一度にお亡くなりになって、お家もドレスも全てなくなってしまうなど、私でも泣いてしまう。でもより親のお屋敷でご厄介になることの意味を誰も教えてくださらなかったのだわ)
もしかしたら、エレノアは本当に侯爵家の養女になったのだと思っているのかもしれない。だが手続きをしたとは聞いていない。侯爵夫妻は男爵領の立て直しとエレノアを引き取ってくれる貴族家を探して領地へ赴いているし、長男は王宮で執務にあたり、次男は侯爵領の代官として領地を運営していると聞く。
エレノアのあの所業を侯爵家で把握している方がいないのではないか、、、。
ドレスの背中を嫌な汗が流れていく。
***
「わあ!とっても素敵なネックレス!」
王宮での夜会のため侯爵夫人が揃えてくれたドレスに合わせるために持参した3代前に伯爵家に降嫁された王女ミラべル様のパリュールを指してエレノアが目を輝かせている。
その瞳は「こんなに褒めてあげたのだからさっさと私に渡しなさいよ」と言っている。
ドレス、バッグ、パールでできた気つけ薬、魔石のリング、ここ最近で貸したたものをあげれば両手の指では治らない。この攻撃にも慣れたもので、今回ばかりは絶対に頷くことはできない。
うっかり貸したら帰ってこないのだ。
本人は借りているつもりなのだとしても、半年帰ってこないものは貸したものとはそろそろ言えない。
この攻撃を受けたくなくて、今日の訪問はエレノアには伝えてないはずであったがどこから聞きつけたのかきてしまった。
「ありがとうございます。3代前に降嫁された王女ミラべル様のパリュールですわ。王家からの賜り物ですので、今回の夜会ではこちらをつけて伺う予定ですの」
少し硬い声でそのように話すと、一筋縄ではいけないと思ったのか
「私のお家は全て流れてしまったのでこのような美しい揃いを付けることなぞ一生叶わないでしょう」
少し首を傾けパチパチと瞬きをして上目遣いでこちらに訴えかけてくる
だが本日はマデリーンにも味方がいる。
「エレノアさん、そのように言うのは良くなくてよ。あなたのお屋敷についてはもう少しで家財の引き上げは終わります。お母様が大事にしてらっしゃった揃いも見つかったと報告も受けているわ。流石に水と泥に沈んでいたからあなたのデビュタントに間に合うようオーバーホールを依頼していてよ。」
マデリーンは見た、衝立の奥で衣装の相談をしていた侯爵夫人からそう返答されて、エレノアの顔色が悪くなるのを。そして理解した。自分が無意識に要求されているように感じていたのは間違いではなかったのだと。
「はい!侯爵夫人。少し羨ましくなってしまっただけなんです。はしたなかったですよね?」
「全てを失うということなぞ、なかなかありません。でも足るを識るという良い機会ですよ。今回の夜会ではあなたは参加できませんが、デビュタントまで我が家が後見する予定でおりますので、不安に思うことはありませんよ」
侯爵夫人に礼をして、退出するまでの一瞬だった。パリュールの揃いから中央のブローチを一つエレノアが手にして去っていったのだ。
マデリーンとすれ違う時にニヤリとして小声で
「いつも通りおばさまには内緒にしてね。マデリーン様」
呆然として、見送ってしまったあと、油を刺していないブリキ人形のように侯爵夫人を振り返ると真っ青な顔で目を見開いていた夫人と目が合った。
どうやら夫人も目撃していたらしい。
*****
そして冒頭に戻る。
「エレノアから聞いたよ。君から素敵なものをもらったのだといって笑顔で僕にも見せてくれた。
気落ちするあの子に気を遣ってくれてありがとう」
(彼女はあれを自分のものにするために、そのように外堀を埋めることにしたのね)
「いいえ、流石にミラベル王女のパリュールからの一つはお貸しもできませんし、差し上げてもおりませんわ」
(待てど暮らせど、侯爵夫人からも特にお話がないわ、、、)
「どうしたんだい?マデリーン。いつもはこんなふうにエレノアが言っていたよというと嬉しそうに微笑んでくれるじゃないか。君はそういう慈悲深くて優しい人だろう?」
(アギレイス様の中で、エレノア様の反応を私に伝えることは喜ばせる話だったんだ?
そんなわけあるかよ、、、????頭足りなさすぎないか・・・????)
「あれはミラベル王女のパリュールの一つで家宝です。今回ばかりは、お渡しすることができないものなのでお返しいただくよう、アギレイス様からもエレノア様へお伝え下さい」
「一度あげたものが惜しくなったからといってそのように返還を求めるなぞさもしいぞ!」
(さもしい・・・?さもしいのはどちらかしら。困ったわ。話が一向に通じない。
あれは間違いなく盗みだったわ。私が譲りすぎたのかもれないけれど、断ったものを持ち出し、あたかももらったのだと周りを固めることにしたのね。なんて幼い。少なくとも私が大事にしているものを大事にしてくれないこの方とは夫婦にはなれなそうね)
「わかりましたわ。本日は少し考えることができましたのでこちらで失礼致しますね」
後ろで品性の足りない叫び声が聞こえている気がするが退出一択だ。その足で、侯爵夫人の私室を尋ね、伯爵家へ戻る。
父の執務室の扉の前で一つ大きな深呼吸をしてから、入室許可をもらう。
「父様、相談させていただいていました。婚約解消の件、進めていただきたく。私そろそろ癇癪玉が破裂しそう。少し私の愚痴にお付き合いいただいても宜しくて?」
執務室でマデリーンを迎えたストラゴール伯爵は、顎鬚をひと撫でしてからペンと書類をまとめてソファに移動し、家令に夫人を呼ぶよう申し付けてから愛娘に席を勧めた。
マデリーンは今までのエレノアの所業は全て父にも母にも相談していた。普段、走り出したら魔法牛のように止まらない娘がどのように進めればいいかわからないと相談してきた時は二人ともびっくりしたものだ。これをする!と自分で決めたことは失敗しようが怪我をしようがなんとか形にしてきた娘の寄る辺のない顔を見た時。二人はいつもハラハラ心配はしていたが、娘の心の痛みを思って心配したことなぞないことに気づいた。
伯爵は転ぼうが、失敗しようが強い娘だと思っていたが存外優しく、まだまだ可愛い子供で合ったことを少しだけ喜びながら、マデリーンの心痛の原因を排除すべく気を引き締めた。
幾分かして執務室に入ってきた母は普段は父の横に母が座るのに、マデリーンのピッタリ横に座って彼女の背中を抱きしめた。暖かな母の手のひらの温度と、柔らかく包み込む大好きな白い花の香りを嗅いだら、ぎりぎり保っていた目からぽたりとぽたりと涙が溢れた。ひどい扱いに怒っていたはずなのにこぼれ落ちたのは涙で、マデリーンはびっくりしたが、一度流れた涙はなかなか止まってくれなかった。
「私はもう、アギレイス様を婿としてこの家を支えていくことはできないと思います。私にとって家族とは、父様や母様のように信頼できる背中を預けられる人がいいのです。
エレノア様は私の大事にしているものでも、なんでも、譲られて当然だと思っていらっしゃるの。アギレイス様はそんなよろこくエレノア様のご様子を私に伝えると私が喜ぶと思っているの。心から。
エレノア様が持っていったものが私にとってどんな意味があるのかなんて考えていらっしゃらないの。確かに私は心がわからないように淑女の仮面をかぶっていますわ。でもそれは貴族では当たり前のこと。
言葉や態度の裏を読んでこその社交だと考えています。でもお二人と話す時に慮るのは私ばかり。
大切なミラベル王女のパリュールまで持って行かれるなんて思っても見ませんでしたわ。連綿と紡がれた歴史ある家宝をそのように軽々しく扱う方々と交流し、ましてや婿に迎えるなど無理です。
しかもアギレイス様に至っては、ミラベル様にパリュールのブローチを見せられて、それがなんであるかわからなかったのです。家宝の一覧は貴族名鑑の項目にもございます。
それをきっかけに話に花が咲いたり、社交の一環として覚えているのは当たり前のことでございましょう?「貴族家の教育」その一つ一つが蔑ろにされるたび私の努力を馬鹿にされているように感じるのです。お父様、どうぞ、婚約解消の手続きを進めてください。」
目を真っ赤に腫らした娘から詳細に話を聞いた伯爵は顎をひと撫でしてから、魔葉巻を1本取り出して先をカットしてから火をつけた。
煙がふわふわとうさぎの形になって、マデリーンの横をぴょこぴょこ跳ねていく。
煙の中から、母の香水と同じ柔らかい白い花の香と煙でできた愛らしいうさぎに気持ちが少し浮上する。
煙の向こうで伯爵が父の顔をしてマデリーンを見ていた。
「マデリーン。私の娘。君はまだそんなにいとけない娘だったんだね」
馬鹿にしているとか挑発しているのではないしみじみとした父の声。最近事業の話ばかりで父と娘の話をしていなかった。
「ここからは家と家の話だよ。流石に王女のパリュールを黙ってかけさせるわけには行かない。あれは王家から我が家に降嫁された王女が大事にして残した宝物だからね。君の努力に見合わない男なのであれば、わざわざ婿に入れる理由もない。何、君は貴族院でとても頑張っているからね。とても評判がいいし、我が家と縁を結びたい家は腐るほどある。これからどうなるかという不安は父様に預けなさい。不安はね、どうなるかわからないから起こるのだよ。つまり、君が心配している、アギレイス君の婿入りと我が家の継続については今から父様の役目になるからね。君はゆっくり花の顔を大事にしなさい。とても疲れていると思うから、母様と一緒に寝るのを許してあげよう。」
伯爵がお腹いっぱいになった猫のような顔でニヤリと笑って葉巻を一振りしたら、自分の部屋のベッドの上だった。待ち受けていた侍女たちによってお風呂でフルエステを受け、ツルピカにされて、ホカホカのまま母の横で寝てみる。暖かな腕に抱かれてふかふかの胸に埋もれて久しぶりに呼吸をした気がした。
エレノアは最近とても寝つきが悪い。眠るとどこからか大きな目に見つめられるのだ。
起きるとその夢は忘れてしまうが悪夢を見たことだけ鮮明に覚えている。
貴族一覧にのる家宝については探索魔法がついている。もちろん「ミラベル王女のパリュール」も例外ではない。ミラベル王女自体が優秀な魔術師で、その当時魔術師長を務めていたストラゴール伯爵と大恋愛の末に伯爵家に嫁入りした。パリュールはその当時の父王が揃えてくれた王女の瞳に合わせた青緑の魔石のひと揃えだ。パリュールは最初、ネックレス、イアリング、指輪の揃えでこれは王家から降嫁する際に王女自ら探索魔法をかけた。それにもう一つ、ストラゴール伯爵が初めて王女に送ったブローチ。こちらには王女と伯爵両方の探索魔法がかかっている。二人はとても優れた魔法使いで、ちょっとだけいい性格をしていた。貴族院では家宝についての授業の際、手を出してはいけない理由を表向きと裏向きの両方を教える。表向きは「探索魔法」ですぐバレるから。裏向きではかけた魔術師によって「思いがけない」魔法がかかっていることがあるから。その例によく出されるのが「ミラベル王女のパリュール」だ。中でもブローチには二人の優秀な魔術師が念入りにかけた魔法がかかっている。直径の血族以外が持つことによって発動するその魔法はもはや呪いだった。
登録するにも、保持するにも魔力と金がかかるので、ひと財産として数えられる宝物を制約魔法なしに借りるのはもはや…。貸し借りなどをする場合は制約魔法が必要になるため、エレノアのようにくすねるなんてのは悪手中の悪手だ。男爵家に家宝がないから取り扱いを知らないエレノアはともかく、貴族院に在籍している高位貴族の息子が、家宝の取り扱いについてピンときてないなどとは「僕は無能です!!!!」と拡声器を使用していい回っているに等しい。
マデリーンを寝かしつけた伯爵夫妻は二人揃って侯爵家へ向かった。
「出ていきなさいよ!使用人の分際で!!!!無礼よ!!!」
「おばさま!ひどいわ!!なんでこんなこと!!!持って行かないで!!!全部全部全部全部私のものよおおおおおおおお!!!!!」
普段のたおやかな様子からは想像できないような怒声を発しながら、クローゼットの下の小物入れを引っ張り出す男性の使用人をポカポカ殴りつけていた。
侯爵家のエレノアの部屋は今、夫人から依頼された魔術師団と使用人たちによって言葉通りひっくり返されていた。
もちろん、エレノアがくすねたブローチを探すためだ。
侯爵夫人は最初、優しくエレノアに語りかけたのだ。家宝の大事さと、くすねることの悪手を。
しかし、言語はわかるのに言葉が通じない。夫人はその時初めてエレノアの養子縁組が全く決まらない理由を理解した。近隣の貴族家はエレノアのやらかしをすでに知っていて、侯爵家からの依頼と天秤にかけ関わらないことを選択したのだ。
一向に話が通じないエレノアに煮湯を飲まされた夫人はとうとう、今日マデリーンから
「エレノアがどう言って外堀を埋めようとしているか」と「流石に静観できないので両親に報告し伯爵家から抗議させてもらう」を聞いて強硬手段にでた。ともすれば、侯爵家も家宝をくすねる手助けをしたことにされかねないから。
アギレイスは自室に押し込み、出入できそうな場所を全て封印しているのでちょっとやそっとでは出てこれない。この場でアギレイスがエレノアを庇いでもしたらそれこそ、伯爵家に面目が立たない。
家財をひっくり返していた魔術師が怪訝そうに夫人に声をかけた。
「ノートン侯爵夫人、恐れ入りますがこちらにあるお嬢様の持ち物のほとんどからストラゴール伯爵令嬢の魔術跡が計測されています」
「え?」
「ですから、この部屋にあるものほとんどは、ストラゴール伯爵令嬢の魔術跡が計測されております」
ドレッサーにあるドレス、デイドレス、部屋着、外出着、コート、ストール、ヘアドレス、グローブ、アクセサリー夫人は自分の心臓の音を強く感じながらエレノアの部屋を見渡し、出口で家令に取り押さえられているエレノアに目を合わせた。
「マデリーン様は快く全て譲ってくれましたわ!!!!!!!!!!!!」
エレノアの絶叫に夫人の力がふらりと抜ける。
そんなことがあるわけがない。デイドレスや部屋着ははじめに譲ってくれると言っていた。確かにそれを聞いたし返礼品も送ったのだ。
でもそれ以外は報告されていない。
いくらアギレイスが将来婿入りするからと言って、彼女はまだ婚約者だ。貴族家同士で贈答するのであれば等価値のものを返礼するのが慣わしだ。
初めの方は、侯爵家に女の子が住んでいるのが嬉しくてドレスや靴を贈った。見覚えのないドレスを着ていても、てっきり家令に指示した予算の中で新しく仕立てたのだと思っていた。
それがこの部屋にあるものほとんどからマデリーンの魔力が検知されたとなれば、それはもともとマデリーンも持ち物だったものだ。
「なぜ?」
信じたくないし信じられないし、もしかしたら優しいマデリーンが本当に譲ってくれた可能性を思って侯爵夫人がエレノアに聞いた。
涙に濡れているエレノアがニコニコとこの言葉なら絶対信じてもらえるであろうと発言する
「マデリーン様が持っているものってとっても素敵で、「素敵ですね!私も欲しいな!」ってお願いするとくれるんです。」
「私も欲しいな!ってお願いするとくれるんです」
彼女は歴史ある伯爵家を継ぐ一人娘だ。
持ち物のほとんどは歴史あるものか、彼女のためだけに仕立てられたものしかない。
同じものがない以上、もしアギレイスも一緒になって譲るように強請っていたら彼女はそれを手放すしかない。家格的には侯爵家が上だからだ。
彼女はたかだか一年でこの部屋がいっぱいに、令嬢が令嬢らしく暮らして遜色ないくらいまでのものを揃えられるくらい譲らされてきたとしたら
侯爵夫人は、どう頑張ってもこの婚約を継続させることができないであろうことを思い知った。
***
『マデリーン、執務室においで』
煙のうさぎから父親の伝言を聞いたマデリーンは、手にしていた列島英雄伝説第10巻を閉じて煙のウサギを追いかけた。
執務室には両親と家令が揃っていて、ニコニコと婚約が白紙撤回されたと記名された書類を差し出された。あんなに我慢したことが自分の手を汚さずに呆気なく終わったことにホッとして。
「もう、煩わせられることもないのですね」
手続きについては特段問題なく進んでいると両親から聞いていたものの、書類を前にすると安心と寂しさが両方やってきた。エレノアに譲らされていたマデリーンのものはほとんど、着のみきのまま補完され状態が良くなかったので、バラして運営する孤児院の運営費用にした。
(わざわざ欲しがるから大事にしてくれるかと思ったのに、残念だわ。)
気に入っていたものやどうしても返して欲しかったジュエリーだけ魔術修復師に出してこの書類で手打ちだ。解消であればいいかなと思っていたら、白紙撤回だ。つまりマデリーンは婚約していた経歴さえないことになった。赤く芳しい父の執務室でしか飲めないダージリンを一口含んだ。
ガシャーン!
遠くの方で、屋敷の手前の門に何かが当たっている音が聞こえた。
「マデリーン!!!出てこい!!!弁明なら聞いてやる!!!なぜ僕が男爵家に婿入りすることになるんだ!!!!今ここで土下座して謝れば伯爵家に婿に入ってやる!!!!!!!!!」
魔術で拡声させて自分の恥を上塗りしているのは、書類上で何の関係もなくなったノートン侯爵令息だ。
(言っていることが意味がわかりません…)
父と目を合わせると、貴族の家同士の連絡用の使い魔に魔力を吹くこんでいる。
これで侯爵家が回収してくれるだろう。
わざわざ門まで行くのも面倒なので、会話用に空間を繋げた。
「お久しぶりです。ノートン侯爵令息。婚約については白紙撤回されましたので、私のことは名前で呼ばないでください。」
会話用に開いた窓に映るアギレイスは少し汚れて、やつれていた。
「マデリーン!!!!お前!!この僕との婚約が撤回ってどういうことだ!卒業後は伯爵家に入るからその準備しかしてなかったんだぞ!突然男爵領をエレノアと結婚して継げと言われても僕にも事情があるんだ!今ここでお前がとりなせば問題なくなる!さあ!早く僕を迎え入れろ!!!!」
父の魔力が猫の毛のように膨らむので、目線を合わせて自分に任せるように微笑んだ。
「伯爵家に入るようにお勉強していただいていたのであれば、男爵領は問題なく運営できると思います。そうぞ、そちらにご尽力いただけますよう、お祈り申し上げますわ」
「僕が言っているのはそんなことじゃない!どうしたんだ!マデリーン!!!僕のいうことは何でも聞いてくれていたじゃないか!!!!!!!!!」
「はい。ですから、家門の継続を考えるとノートン侯爵令息と婚姻するメリットがないので、この契約は履行できないものとして白紙撤回されたのです」
「そんなのお前がうまくやればいいじゃないか!!いつもそうやってきただろ!?」
「はい。契約の履行に必要だと考えておりましたので、ほころびを調整するのは私の役目だと思いまして」
「今回だってそうすればいいだろ!!!????エレノアにだって全部くれたじゃないか!!!!」
「いえ、差し上げてはおりませんので。あなたもエレノアさんも必要だと感じませんので、譲ることはおしまいにしました」
自分の思うようにならないと知ったアギレイスは門に向かって、火球を撃ち始めた。
がじゃん!
防御魔法がかかっていると言っても過給が跳ね返ったら周辺に被害が行きそうで、アギレイスに会うしかないかと腰を浮かせたところに大きな音がした。
通信窓には侯爵閣下が白目を剥いたアギレイスを肩に担いで、窓に一礼して華麗に去っていっく姿が写っていた。アギレイス以外は優秀な家なのだ。
今日は友人たちにことの顛末をお茶請けに話している。
もう少し綺麗にまとめて絶対すべらない話としての完成度を上げようと思っている。
マデリーンが全然恋愛方面に動いてくれませんでした




