流刑地で出会った天使と暮らす話
それは、死刑宣告と同じだった。
俺は政府の内部の人間として重要な機密文書へアクセスする立場に居た。
そしてその中でどうにも看過出来ないものを見つけて、
それを上長へと詰め寄った。
「コレは、今後のわが国の人口動態に大きく関わります。
こんな事を本気でしようとしているなんて、
もしバレてしまえば現政権どころか、
国家政府そのものへの国民の信頼が無くなります!
さすがにコレばかりは、私も見過ごせません。
申し訳ありませんが、この職を辞させて頂きます。」
しかし、上長は冷静に返した。
「あぁ、これまで長く真面目に働いてくれたのに、
この件に関してこれほどまでに抵抗を示すとは、仕方あるまい。
既に知ってしまい、そしてそれを受け入れないなら島流し、
いわゆる『流刑』しかあるまい。」
「流刑!?島流しって、今時そんなやり方が許されるワケ・・・」
「あるんだよ。キミが今歯向かったのは、いち企業じゃない。
【国家】なのだよ。やりようなんていくらでもあるさ。」
逃げようとした俺だったが、庁舎入り口の辺りで警備員に捕まり、
そのまま非常扉の奥にある個室へ連れられた。
次に大柄なボディガード達に体を拘束されて、
そのまま目隠しをされて注射された。
気付けばそこは島だった。
周囲は海ばかりで、ここが自国の領土なのかどうかもわからない。
しかし一つだけ確実な事は、俺は国から追放されたのだ。
あんな計画を、人間の命の価値を数値化して、
死というものさえも、さも全体のためのような扱いをして。
あんな恐ろしく効率化だけを求めた場所にはもう戻れない。
しかし何はともあれ、
こうなってしまった以上はもう文句を言ってもどうにもならない。
当然のように連絡手段は無く、置かれていた俺のカバンの中には
当面の食料であろう保存食と水がいくらか入っていた。
他に衛生用品やほんの少しの日用品。
まずは生きるために、この島の構造を知らなければならない。
こんな突然の状況にも関わらず、命の危機から俺の判断は早かった。
まずは体が元気に動くうちに、環境を知らなければと思った。
それなりに食料になりそうなものと言えば、キノコ類か。
もう少し念入りに探せば果物の類も生えているのだろうか。
簡易的な釣り竿が入っていた。
コレを使えば魚は取れるとして、焼く為の方法が無い。
まさか生のまま食べるわけにはいかない。
俺にはサバイバル能力なんてものは無い。
しかし生きるためには何とかして食い繋がなければ、
この島では簡単に死んでしまうだろう。
実質的には死刑宣告も同じだ。
生き延びた所で何の意味も無い。
しかし腹は減るし、今ここで死んでも良いとも思えない。
少し遅れて俺の心に、深い絶望が侵食して来る。
「孤独」
この現実が俺の脳に理解を求めた時、
心の底から黒い何かが這い上がって来た。
それは俺の喉元を締め付けて来て、呼吸が出来なくなる。
もちろんそれは幻想であったのだろう。
だが俺は本当に息が詰まり、呼吸困難になった。
このまま、死ぬ?
孤独なまま、誰にも見つからずに。
俺の人生は一体何だったんだ。
ただ、国が作った計画のコマにしか過ぎず、
それを成せぬ異物因子となった途端にこんな島に一人、
ただ孤独の中で無駄に死んで行くのか。
生きたい、そしてもう一度、誰かと話したい。
脳に酸素が行かず、俺は窒息して気絶した。
・・・・・。
・・・・・。
気付いた時、俺の視界の前を何かが占めていた。
女の子・・・・少女だ。
・・・翼、羽・・・・透明・・・・
て、んし・・・・天使・・・・天使・・・・?
「気付かれましたか?」
その天使らしき少女は俺にいきなり声をかけて来た。
俺は咄嗟の事に驚き、不格好に後ずさる。
「え、え、え、え、え、え、え、、え
キ、キキキキキキキキキッキ、キミは、何だ!?
それ、こ、コスプレか!?」
とにかくしどろもどろになりながらも、
まずは敵意の有無を確認しようと本能から言葉を発した。
「えぇと・・・私、天使、です。
羽、わかりますか?
絵本とかで読んだ事、ありませんか?」
天使と名乗るその少女は、俺の肩にそっと手を置いた。
その感触はヒヤッと冷たく、しかしその後、何故かじんわりと
人肌の持つ温かさを内側に詰めたナイロン袋のような、
間接的な温かさが俺の肩越しに伝わって来た。
「え、キ、キミは、何なんだ。俺を、助けに来たのか?」
まだ状況が飲み込めない俺は、それでも無理矢理に言葉を紡いだ。
「実は私、良かれと思い、人に正義感を与えてしまいまして。
だけどそのせいでその人は大変な事になってしまって。
余計な事をした罰で、天使界から追放されてここに来たんです。」
それってつまりは、俺と同じ流刑って事なのか?
そもそも天使界って現実世界にあるのか?
俺の頭が理解が追い付かないながらも理解しようと努める。
天使が言う。
「それで、その正義感を与えてしまった相手が、実はあなたなんです。」
「!?」
俺はとんでも無い告白に目を丸めた。
アレは俺の自発的な正義感だと思っていた。
だけどアレを引き起こしたのがこの天使のせいだとするなら、
俺は完全な被害者じゃないか。
「・・・お前!!
お前のせいでな、俺はこんな、死ぬかも知れない無人島に!!」
しかし、そう言いながら天使の方を見ると、天使は泣いていた。
「うぅ・・・ひぐっ、ぐすっ、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。
良かれと思ってやってしまいました・・・。
あなたはとても良い人だったから、きっとあんなヒドい計画を
反対して中止してくれると信じて・・・あなたは、優しいから・・・。」
大粒の涙がとめどなく流れて、彼女の手はビショビショだ。
「な、泣けば許して貰えるなんて思うんじゃないぞ!
お前がいくら泣いた所で、俺のこの現実は変わらないんだ。
それとも何か、お前、食料を作り出せたりでもするのか!?」
「で、出来ません・・・・。」
「ふざけるな!!
だったら、お前なんてただ泣くだけで何の役にも立たない、
天使どころか、疫病神だ!!
俺の仕事を、生活を、人生を返せ!!」
「ごめん・・・なさい・・・・。」
「そもそも、何で大体俺なんだ!!
優しいだけのヤツなんて、そこらにいっぱい居るだろう!!
それが、何で・・・何で、俺が・・・。」
怒りながらも目の前でただ泣くしか無い哀れな存在を見ると、
段々と脱力して来る。
しかし、天使の涙というのは不思議なものだった。
見ているとこちらの心が洗われるようだった。
「あの、もう良いから・・・泣き止めよ。
お前だってある意味で被害者、って言うか・・・同じ状況だ。」
「ごめんなさい・・・・。」
最後に一言を言い、まだ嗚咽は続いていたが、
とりあえずは許しを得たと理解したのだろう。
そこからの彼女は徐々に冷静さを取り戻した。
「それで・・・お前って、サバイバル能力、ある?」
彼女が泣き止んだのを見計らって、質問する。
「ふぇ?サバイバル能力・・・そんなの天使には無いですよ~。」
何ともふわっとした回答だ。
だけどまぁ、普通に考えればそうだろう。
一人で生きるために獣を獲ったり建築する天使なんて、
いないであろう事は俺にもわかる。
「あ、天使は腹とか減らないのか?
って言うかお前、飛べないのか?」
「お腹は減りませんね、と言うより食べないです。
それと、飛ぶ事はこの人間界では出来ませんね。
だからこの羽は今は飾りみたいなものです。」
「なるほど・・・。
この島で一緒に生きる上では気晴らしにはなるが、
使えそうには無い、まぁ邪魔にもならない、か。」
しかし、とうとう俺の腹の音が鳴る。
”グゥ~”
「あぁ、さすがに腹が減って来たな。
この島には十分な食料は無さそうだし・・・
とりあえずお前を時間潰しに話相手にしながら、
生きられる限りを生きてみるかな・・・。」
「あぁ、そうか、人間ってお腹が空くんですよね。」
ハッと気付いたように彼女が言った。
「そりゃまぁ、そこが一番の問題だ。
あと排泄とか寝る方法とか色々とあるにはあるが、
まずこの島で生きる上ではそれが喫緊の課題だ。」
「あの、それだったら、えーと・・・あなたさえ良ければなんですけど。
死んでしまえば良くないですか?それで、あなたも天使になれば。」
「!?」
何を言ってるんだ、コイツは。
俺はワケがわからず、言い返す。
「いや、その死ぬのが嫌だから、必死に食料を確保しようとしているんだ。
死ぬ事を受け入れられたら、そんなの何の悩みも無くなるだろ。」
「え、だったら死んじゃえば良いんじゃないですか?
ふえぇ、私、何か間違った事言っちゃってたらごめんなさい・・・。」
あぁ、ダメだ。コイツは、天使の論理で語っているんだ。
人間の死生観なんて、てんで理解していないんだ。
だけど、考えてみれば確かに死ねば、そして死んだ先にコイツみたいに
天使として生きる道があればそれは、別に死が怖くは無い。
そもそもそんな事、可能なのか?
「オイ、お前が言うその、死んで天使になるって、
どうやれば出来るんだ?」
「えぇと、何らかの方法で私の前で死んで頂けましたら、
あの世へ向かうあなたの魂を私がキャッチしますので、
そこで私があなたの次の在り方を天使と定めればそれで
問題無く天使になれますよ。」
そんな簡単な事で良いのか!?
「それだったら、全ての人間がそうしたくならないか?
天使ってそんなに凄いのか!?」
「私はあなたに対して縁を結んでしまいましたから、
私が最後に関わった人間はあなたですから、
今は私の力が及ぶ人間はあなただけなのです。」
「そうか・・・。しかし、死に方、なぁ・・・。」
火を起こしてその中に飛び込むのは熱そうだし、溺死も嫌だ。
死ぬ事さえ、こんな無人島では酷く煩雑な作業だった。
その時、雨がポツリポツリと降り始めた。
島の中には2~3m以上ある木も多数生えている為、
雨を避けようと思えばそれらの下に隠れれば足りる。
しかしこの雨は、雷雨を連れて来ていた。
ーピカッ!!ー
雷鳴と共に稲光が瞬く。
コレだ!!
・・・いや、待てよ。そもそも雷に打たれるのなんて、滅茶苦茶怖い。
遠くで聞いていてもあの大音量だ。それを一身に浴びるなんて。
それに、衝撃だって物凄そうだ。
だけど、火でジワジワ炙られたり、
水中で肺の中が水で満たされる苦しさよりは━━━。
俺は島の中の何も無い砂場が広がっている場所に立った。
そして手を上に上げて、避雷針のようなポーズを取った。
どうか、雷よ俺に降り注げ。
そして一瞬でこの身を焼き切ってくれ。
そんな願いのような、ともすればこの姿はまるで
古代の人間の祈りのようなポーズにも見えるのでは無いか。
そんな事を考えながら俺はただ無心に祈った。
「どうか、稲光、雷よ、神鳴りよ、俺に救いを与えてくれ!!」
その瞬間、とてつもない衝撃が体中を走った。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
俺は、死んだのか、生きているのか。
だけどこうして考えている俺は、生きているのか。
俺は、目を開いた。
そこには━━━━━━━━━━
彼女がいた。
「あぁ、良かった。目が覚めたんだね。」
微笑む天使。
どうやら彼女が言った事は本当だったらしい。
「私ね、セラって言うんだよ。あなたの名前は?」
「俺は天使聖。
これから俺達、どうするんだ?」
「あのね、天使には死という概念は無いんだよ。
だけどこの羽はここでは使えない。
それでもね、悪い事ばかりじゃないんだよ。
だってここには私とあなたがいる。
ねぇ、飽きるまでここで、語り合おうよ。
天使界の事、そして人間界の事をさ。
それで飽きたら、その時初めてバイバイしよう。
次は石になるか風になるかわからないけれど、
こうして全ての命は循環しているの。」
どうやら天使はとてつもないスケールの概念を持っているらしい。
俺はとても興味深い彼女の話に耳を傾けつつ、
彼女が知りたがる人間の世界についてもたくさん教える。
二人の語らいはこれから数十年続くだろう。
最後の場になる流刑地は、
今や俺にとって最高の”エデンの園”となったのであった。
-HAPPY END- ♥
・・・で、良いんだよな?
本当にココは、エデン、だよな?
なぁ、アンタは、どう思う?
あ、思い出したぞ。
あの計画の続きを、そして結末を。
作られたエデンはそこに住む人間を最後には━━━━━。




