第5話 何もしてないのに解決した件
その日、俺は朝から嫌な予感がしていた。
(理由は分からない
でもこういう日は、だいたい碌なことが起きない)
予感は、だいたい当たる。
◆ 小トラブル、発生
「……おかしいな」
訓練場の隅で、教官が首を傾げていた。
「道具箱が、一つ足りない」
ざわつく子どもたち。
「え? 昨日ここに……」
「誰か持ってった?」
どうやら今日使う予定だった訓練用具が、
ごっそり一箱、消えているらしい。
教官は腕を組んだ。
「……仕方ない。代替案を考える」
その言葉に、周囲が少しざわつく。
――そして。
なぜか。
視線が、俺に集まった。
(やめろ
まだ何も起きてない)
俺は、反射的に一歩下がった。
(関わらない
巻き込まれない
これが最善)
◆ 主人公、全力で距離を取る
俺は、何も言わず、
一番端っこの影に移動した。
目立たない。
視界に入らない。
完璧なポジション。
(よし
これで俺は無関係)
……のはずだった。
「……見たか?」
聞き覚えのある、嫌な囁き。
「リオ、下がったぞ」
「今の動き……」
教官が、こちらを見ている。
(見るな)
◆ フィン、断言する
俺の隣に、いつの間にかフィンがいた。
もちろん、キラキラした目で。
「……リオさん」
「来るな」
「やっぱりですね」
(何がだ)
フィンは、静かに言った。
「今は、動くべきじゃない」
――は?
俺は、思った。
(それ、俺のセリフ)
「この状況で、下手に動けば混乱が広がる」
「だから、距離を取った……」
フィンは、深く頷く。
「最適解です」
(偶然です)
◆ 勝手に進む深読み
その間にも、事態は進んでいた。
「道具がないなら、配置を変えるしかないな」
「でも、全員一斉だと危険だ」
教官たちが話し合っている。
その会話に、誰かが言った。
「……リオの位置、見てみろ」
教官が、ちらりと俺を見る。
「……確かに、あそこは安全だな」
(偶然だ)
「全体の動線から外れている」
「もし道具が急に出てきても、影響が少ない」
(知らん)
教官は、顎に手を当てた。
「……あいつ、危険を見越して下がったのか?」
(違う)
◆ トラブル、自然解決する
その時だった。
「あっ!」
倉庫の奥から、声がした。
別の教官が、箱を引きずり出してくる。
「……あったぞ。昨日の片付けで、奥に押し込まれてただけだ」
ざわっ。
問題は、一瞬で解決した。
誰も怪我をしていない。
混乱も起きていない。
教官が、ぽつりと言う。
「……結果的に、最善だったな」
(何が?)
◆ 誤解が“結果”として固定される
フィンが、小さく息を吸う。
「……やはり」
そして、周囲に聞こえるくらいの声で言った。
「事態が動く前に、最悪を避ける位置取り」
――やめろ。
「もし全員が慌てて動いていたら、
箱が見つかった時に衝突が起きていたかもしれません」
(そんなこと、考えてない)
だが、周囲は完全に納得していた。
「なるほど……」
「確かに……」
「最初から、そこにいたのが不思議だった」
教官が、深く頷く。
「……無駄な指示が、不要だったな」
(俺は指示してない)
◆ 主人公、状況が分からない
訓練は、そのまま再開された。
何事もなかったかのように。
――ただし。
俺を見る目だけが、明らかに変わっていた。
「……やっぱり、違う」
「何もしてないのに……」
俺は、心の底から思った。
(俺、本当に何もしてないんだが?)
その日の終わり。
教官が、別の教官に言っているのを聞いてしまった。
「……測定不能ってのも、分かる気がするな」
嫌な言葉だ。
「ああ。
動かないことで、場を制御するタイプだ」
(制御してない)
フィンは、俺の後ろで、静かに頷いていた。
完全に、信者の顔だ。
俺は、布団に潜り込み、天井を見つめた。
「……これ、もう戻れないやつじゃないか?」
答えは、ない。
ただ一つ確かなのは――
俺の“何もしない”が、
周囲の中で“成功体験”として記録されてしまった
という事実だった。
しかも、公式に。
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