第3話 サボりは余裕と誤解される
その日の夜、俺は布団の中で反省会をしていた。
(おかしい……
俺は“目立たない”を選択したはずだ
なのに“要注意”って何だ)
人生、選択を間違えるとこうなる。
しかも今回は、正しい選択をしたつもりで間違っているという最悪のパターンだ。
――だが。
俺はまだ諦めていなかった。
(次はもっと“何もしない”
これで完全に空気に戻れる)
そう、俺は進化する。
サボりの精度を上げるのだ。
翌日。
「今日は集団行動を見る」
教官がそう言った瞬間、
クラスの空気がピンと張りつめた。
集団行動。
つまり――
(協調性とか言いながら、
“出しゃばる奴”が目立つやつだ)
よし。
俺の得意分野だ。
◆ 並ぶだけの簡単なお仕事
「三列に並べ。早い者順だ」
子どもたちが一斉に動く。
「前だ!」
「俺が先だ!」
(はいはい、どうぞどうぞ)
俺は、最後尾に向かった。
争わない。
押さない。
主張しない。
これぞ理想。
……のはずだった。
「おい、見たか」
まただ。
嫌な予感しかしない。
「あのリオ、最後に行ったな」
「一番落ち着いてる……」
(いや、面倒なだけです)
「全体を俯瞰してる感じがする」
(してない)
教官が、腕を組む。
「……列が自然に整ったな」
確かに、前は押し合いになり、後ろはスカスカだったのが、
俺が最後に回ったせいで、なぜか綺麗に埋まっている。
(知らんがな)
◆ 休憩=戦略的間合い
次は、簡単な行進。
「歩調を合わせろ」
子どもたちは必死だ。
早くなったり、遅くなったり。
(これ、疲れるだけだろ)
俺は、無理に合わせるのをやめた。
一歩、半歩。
前の子との距離を一定に保つ。
結果――
俺の周囲だけ、やたら安定する。
「……?」
「なんだあれ」
「リオの周り、ズレてないぞ」
(そりゃ、合わせてないからな)
「無理に同調せず、間合いを取っている」
(間合いって何)
教官が、頷く。
「集団全体を崩さない動きだ」
(やめろ)
◆ サボった結果、模範になる
行進が終わり、短い休憩。
みんなが座り込む中、俺は――
何もしなかった。
立ったまま、ぼーっとしていただけだ。
(座ると立つの、また面倒だし)
すると。
「……あいつ、立ったままだ」
「まだ余力を残しているのか」
(余力じゃない
ただのズボラだ)
教官が、突然言った。
「見習え」
――は?
「疲れても、姿勢を保つ意識は大事だ」
――は???
全員の視線が、俺に刺さる。
俺は、動けなくなった。
(座りたい
今すぐ座りたい
でも今座ったら“意味のある行動”にされる)
結果。
俺は、ただ立ち尽くした。
足が、震えた。
◆ 評価が、さらにズレる
終了後、教官がぽつりと漏らす。
「……測定不能、か」
嫌な言葉だ。
「だが、納得できる」
(するな)
「突出しないが、乱さない」
(乱す気もない)
「集団の中で、最も“何もしない”」
(それは褒めてないだろ)
……と思ったが。
「だからこそ、基準になる」
その瞬間、俺は悟った。
(まずい
これは“便利な基準役”にされる)
目立たないはずが、
“基準”という形で固定され始めている。
その日の帰り。
友達(仮)が、恐る恐る聞いてきた。
「なあ……リオってさ」
「……なに」
「余裕だよな」
俺は、即答した。
「違う」
だが。
「やっぱりそういうとこだよな」
勝手に納得された。
家に帰った俺は、布団に潜り込み、天井を見つめた。
「……俺、サボり方、間違えた?」
答えは、ない。
ただ一つ確かなのは――
“何もしない”という選択が、
周囲にとっては“高度な行動”に変換され始めている
という事実だった。
そして翌日。
俺の隣に、
やけにキラキラした目の後輩が立つことになる。
――それが、すべての始まりだった。
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