1-7 めんどうな書類仕事は効率化したい。
「事務仕事を希望されるなら、ちょうど良いかもしれません」
「ちょうど良い?」
仕切り直しで改めてフィオは説明を再開した。
「実は、しばらくギルドの記録係が一人、怪我で休んでいまして。書類が山のように溜まっているのです。もしノアスさんが本当に文書処理が得意なら……助かります」
軽く髪をかき揚げ、微笑んでくる。その姿に年甲斐もなく、ドキッとした。落ち着け、俺。人格は五十五歳なのに身体は若いので。すぐ熱くなってしまう。
「おお、それは……むしろ俺が助かりますよ。仕事があるのはありがたいです」
フィオは軽く目を見開き、ますます笑顔が広がった。
「では、今からさっそく始めていただきますね。ただ、もう昼下がりですので、今日のお給金はごくわずかです。その点はご了承ください」
もちろんだ。このまま特に情報も入らず、一日が終わるのは避けたい。とにかく何でもいい、情報を集めよう。
「ただし、渡り人の方は最初の三日間、必ず“監督者”が付きます。今日を含めて三日間にするか、明日から三日間にするかは、ノアスさんのご希望に合わせます。どちらでも構いません。ノアスさんのご希望に合わせます。
なお今回の“監督者”は私がそのまま担当いたしますので、ご安心ください」
「フィオさんが?それは心強いですね」
「ふふ。ありがとうございます。……それと、ノアスさん」
フィオは少しだけ真剣な表情になった。
「先ほどの、“声”のお話。事務仕事の最中でも、”声”が勝手に喋り出した場合は……必ず私に知らせてください。お忘れなきよう」
「いや、まあ……できるだけ黙らせますけど……」
「“黙らせる”という指示を確認しました。音声出力の抑制モードを――」
「だから黙ってろって……!」
俺は天を仰ぐ。先が思いやられる。くすり、とフィオが笑った気がした。
「……では、ノアスさん。さっそく事務室へご案内しますね。
あなたの最初の仕事は――“依頼書の仕分け”です」
***
事務室に入った瞬間、俺は思わず声を漏らした。なんだか埃っぽい。窓からの日差しは差し込んでいるのに、どこか薄暗く感じる。雑然とした書類が散乱する室内には、少し籠った匂いが漂っていた。
机の上に、壁に並んだいくつもの棚に山積みの書類。整理整頓とは程遠い。いや、整頓はされてるか。少なくとも、ぎゅうぎゅうに押し込まれているわけではない。むしろ“置かれているだけ”という感じで、誰も本気で整理しようとしていないのが伝わる。
「ずいぶんとごちゃごちゃですね。年度別とか用途別にも分かれてないようだし、様式や書類の大きさもまちまち……。けっこう仕分けや処理が大変じゃありません?」
よくこんな環境で仕事ができるな。失礼なのは承知で、思わず零した。
「一目でそれに気づかれますか……おっしゃる通りです。やはり後回しになってしまうんですよね、こういう急を要さない仕事は。
やっていただきたいのは、まずは書類の分類、整理。そして集計です」
改めて机の上に積まれた、山のような紙束に目をやる。スキャナは無いのか。パソコンがあればなあ。せめてスマホの表計算ソフトが立ち上がればいいのに。
まずはパラパラと書類をめくり始めた。フィオも机の向かいに座って、書類を手に取る。どうやら彼女は作業途中だったようだ。もっともマニュアル化はされてないようで、今一つ段取りがおぼつかない。書類の内容確認から始めてるっぽい。
(ああ、これ……報告書だ。討伐場所、魔獣の種類、魔石の等級……)
最初は書類の量に圧倒されたが、読み進めるうちに気づく。
情報の種類は多いが、構成や項目はそれほど多くない。構造は単純だ。ただ、区分があいまいだな。
もっとも分類さえ決まれば、あとは流れ作業でいける。OCRで読み込んで、一気に分類処理をかけたいなあ。だけど、それができないから俺の仕事があるのか。痛し痒し。俺にとってはありがたい、としようか。この程度の作業で、仕事と認めてくれるなら安いものだ。
「フィオさん、紙と書くものをいただけます?よろしければこの報告書、整理方法をご提案しますよ。やみくもに一枚ずつ処理していたら、時間がいくらあっても足りませんよね」
きょとん、とした目でフィオはこちらを向いた。うう、かわいいな。俺の提案にぴんと来てないようだ。
「そんな安請け合いして、大丈夫です? 整理と一口に言っても、ご覧の通りかなり沢山の書類ですよ」
「いやー、俺は声を出しながらだと、こういう処理が効率的にできる癖があるんですよ。お任せください。
おい、AI。今から俺が読み上げていく情報をまとめてくれ」
「音声入力を待機しています。ただし、情報の“まとめ方”が指定されていません。分類基準、集計単位、または出力形式の指示が――」
「細かいことはいいから。俺が読み上げる順番で、同じ場所の報告をまとめてくれればいいんだよ」
「了解しました。音声入力を待機しています。ただし、情報の“まとめ方”が指定されていません。」
フィオはいよいよ目を丸くした。やがて驚いたように目を瞬かせる。
「……ノアスさん。その“声”は、やはりただの癖ではありませんよね?」
「いやいや、癖ですよ。癖。ほら、こうやって声に出すと、頭が整理されるっていうか……」
柔らかく微笑みながら、フィオは話しかけてくる。なんでこんなことで喜んでくれるのやら。よほど書類整理がめんどうだったのかな。
「了解しました。音声入力を再待機します。ただし、“まとめ方”の定義が依然として未入力です。統合・分類・圧縮・要約のいずれを指しますか?」
おい、AI。しつこいぞ。黙らせて・・・ああ、書類整理が先か。今、黙られるのは困る。どうしよう。そんな俺の顔を見て、フィオはにこやかに言った。
「……まあ、今は深く追及しません。では、お願いします。こちらの束から読み上げてください」




