7-3 旅立ち前の知ったかぶり
俺が考えこんでいると、ドアがノックされた。返事を待たずに扉が開き、フィオが戻ってきた。
「カイラムさんとの話が終わったんだってね。じゃ、旅の準備の話を続けようか」
「うん、二人っきりで、話そう」
「二人きりではありません」
AIが無粋に口を挟んでくる。わかってるよ。お前も話に加えてやるから黙っててくれ。
「お前は旅慣れていると聞く。詳しく教えてもらおうか」
フィオの後ろから、ゆらりとカイラムが現れた。二人きりじゃないって、そういう意味かよ。
なぜまだここにいるんだ。さっき、かっこよくシリアスな悪役として去っていったろう。もう出番は終わりだろ。
なんでそんなにニヤニヤしてるんだ。ここからは俺のターンだ。現代知識でフィオを感心させ続けるんだ。
「じゃあ、持っていくものの相談ね」
「任せてくれ。こういうのは慣れてるからな」
フィオが明るく言う。俺は胸を張った。もういい、カイラムは空気だ。初日は別行動だし、口は出させんぞ。
「で、ノアス。馬の扱いできるの?」
フィオが椅子に腰かけながら首をかしげる。
「もちろん。手綱を軽く引いて、馬と呼吸を合わせて……こう、リズムを取るんだよ」
旅慣れた男の余裕というやつだ。
「……呼吸?」
フィオがぽかんとする。
その横で、カイラムが腕を組んだまま、ゆっくりと目を閉じた。そしてため息のように言う。
「……お前は馬と踊るつもりなのか」
「踊らないよ!? 比喩だよ! 比喩!」
「比喩にしても下手だ」
フィオが慌ててフォローに入る。
「ま、まあ……ノアスは優しいから、馬もきっと安心すると思うよ? ね?」
「優しさで馬は動かないだろう」
「カイラムさん!!」
フィオはさらに続ける。
「でもね、ノアス。気持ちを伝えようとするのは大事だと思うの。うん。すごく……大事」
「……なんか、余計に悲しくなってきたんだけど」
「補足します。馬は“呼吸”ではなく“手綱の張力”で指示を理解します。ノアスの説明は、馬にとって“意味不明”です」
「意味不明って言うな!!」
カイラムが目を開け、淡々と告げる。
「事実だ」
フィオが苦笑しながら、そっと俺の肩に手を置いた。
「だ、大丈夫だよノアス。最初はみんな初心者なんだから……」
「その優しさが、なんだかとても切ない……」
「補足します。ノアスの落ち込み度は上昇中です」
「黙れぇぇぇ!」
ギルドの部屋にフィオの笑い声が静かに響き、カイラムは唇だけで笑っていた。
「じゃあさ、携帯食も作っておくね」
話題を変えてくれたフィオに、俺は得意げに言った。
「こういうのは高カロリーで保存が効くのが大事なんだよね。非常時に備えて四日分くらいは必要だと思う」
「四日……?」
フィオが瞬きをする。
「うん。旅ってのは“備えすぎて困ることはない”んだよ。ほら、遭難とかさ」
「そうなん……?」
「補足します。オルベンからトレッサまでの道は“一本道・迷子率0%”です。遭難の可能性は“極めて低い”です」
「言うな!! ロマンが無くなるだろ!」
カイラムが腕を組んだまま静かに言う。
「……お前は草原の一本道で、どうやって遭難するつもりだ」
「いや、ほら……天候とか……霧とか……」
「霧は出ない」
「出ないの!? 草原って霧が出るイメージあるだろ!?」
「ない」
「カイラムさん、即答やめて!」
「で、でもねノアス。準備をしっかりしようとする気持ちは大事だと思うよ。うん。すごく……大事。真面目で」
フィオは困ったように笑う。
「真面目って……なんか“方向性がズレてる真面目”みたいに聞こえる……」
「補足します。ノアスの“方向性のズレ”は現在も継続中です」
「黙れぇぇぇ!」
カイラムが小さく鼻で笑う。
「……まあ、フィオの言う通りだ。準備する気持ちだけは評価してやる」
「“だけ”って言ったよね!? 今“だけ”って言ったよね!?」
このままでは俺の株が下がりっぱなしだ。挽回しなくては……そうだ、火起こしだ。
「そういえば野営場所で煮炊きってするでしょ? 火おこしの準備をしないとね」
「ギルドで火打石を借りられるよ。渡り人のノアスは知らないかもしれないけど、火花を起こす石があって、それを焚きつけに使うの」
「なるほど。AI、俺たちが何かもっと、良い案を出せるかな?」
さあ、現代チートを見せるときだ。AIに丸投げとかいうな。
「回答します。野営時の火起こしは火打石が最適です。ノアスの代案は、現状存在しません」
「存在しないって言うな!なんかあるだろ、ほら……ライターとか……弓と棒で摩擦熱とかさ」
「らいたー……?」
フィオが首をかしげる。
カイラムがゆっくりと目を閉じた。
「……お前は火打石で火を起こす世界に、何を持ち込むつもりなんだ」
「いや、だから……もっとこう……文明的な……」
「文明的な火は、ここにはない」
「言い切るなよ!」
「火打石って、慣れればすぐ火がつくし……うん、すごく便利なんだよ? だから、ノアスが知らなくても全然大丈夫」
「……“知らなくても大丈夫”って言われると、余計にダメージが大きいんだけど」
フィオは困ったように笑う。
「ふふ……ごめん。でも、ノアスは覚えたらすぐ上手くなると思うよ?」
「覚えたらって前提が刺さる!」
「補足します。ノアスの火起こし適性は未測定ですが、現状の知識量は最低値です」
「最低値って言うなあああ!!」
「……まあ、火打石は貸してやる。せいぜい指を焦がすなよ」
「なんで俺には火打石が危険物扱いなんだよ!?」
カイラムのダメ押しまで来た。挽回せねば。ええと、衣食住……そうだ、洋服だ。ここはキャンプ動画やマンガで得た知識が火を噴くぞ。
「そういえば、フィオ。洋服はレイヤリングが大事なんだよ。夜の気温低下は馬鹿にできない。三枚着て汗冷えを防ぐんだ」
「常識だな」
カイラムはもはや馬鹿にした態度を隠さない。フィオもおずおずと続ける。
「そうね。あなたが一泊で森に行ったときに、わたしもギルド員として説明したものね……」
ブーメランが刺さった。胸が痛い。これも豪沈か。
地図……は一本道だからいらないか。GPSもないし、AIスマホにナビも頼めない。そもそも馬車酔いしたら、俺は文字通りお荷物だ。
もういい、数を打てば当たるだろう。
「なるほどね。天幕の立て方は注意しないとね。風向きを考えて張らないと。あとペグは45度で……」
「布を張るだけだ。ペグが何か知らんが、角度など気にする必要はない」
「補足します。ロスティアの簡易テントは棒を立てて布をかけるだけです。角度の概念は存在しません」
「AI、存在しないって言うな! 悲しくなるだろ。
「ほらフィオ、キャンプってさ、快適にする工夫が大事なんだよ。例えば……」
「快適さを求めるなら宿に泊まれ。オルベンから出るな」
「正論で刺すな!」
カイラムは情け容赦なく口を挟んでくる。今はフィオとの会話だとわかってるよな、おい。
「寝袋は快適温度が大事なんだよ。ほら、マイナス何度対応とか……」
「まいなす……?」
フィオがキョトンとする。零下の概念って伝わらないよな。ええと、水が氷る温度と言えばいいか。
「草原の夜はそこまで冷えん」
「補足します。ロスティアの寝具は毛布一枚です」
上手い説明を考えていると、カイラムとAIが俺の行き先をことごとく潰してくる。だが俺はくじけんぞ。今はフィオと二人っきりで会話なんだ。そうなんだ。
「地面は平らな場所を選ばないと、寝てる間に体が痛くなるんだよ」
「どこで寝ても同じだ」
「補足します。ノアスの体力値では、どこで寝ても翌朝は筋肉痛です」
「未来を断言するな!」
「夜は動物の鳴き声とか怖いときがあるかも。耳栓とか……」
「魔物の接近に気づけなくなる。死ぬぞ」
「補足します。耳栓の使用は死亡率上昇につながります」
「怖いこと言うな!」
「折りたたみ椅子とかあれば楽なんだけどな」
「すのこを敷いて地面に座れ」
「補足します。ノアスは長時間の地べた座りに不向きです」
「俺の弱点を増やすな!」
「フィオ、地べたにいきなり寝ると体温を奪われるよな。コット、ええと簡易寝台みたいなのってギルドで貸し出ししてる?」
「荷馬車の底に敷くすのこを寝台にするつもり。……そもそもノアス、わたしとノアスは別のテントだからね? わかってる?」
上目づかいで睨んでくるフィオ。さすがに一つのテントで仲良くなる未来はないのか。
「あー、もちろん。わかってるよ」
「……ふうん。わかってるんだ。そうなんだ」
ふくれっつらのフィオ。どっちなんだよ。期待してるのか、釘を刺してるのか。
いかん、邪念は後だ。今は俺の現代知識チート無双の時だ。
ぼそっとカイラムが忠告してきた。
「そもそも野営場所は商人たちがよく使う。水場と地ならしは終わっている。宿場や食事処がない広場だと思えばいい。
上手く商人たちと行き合えば、何か買えるかもしれん。金は多めに準備したほうがいい」
「ありがとう、カイラムさん。さすが旅慣れてますね」
「ふん。常識だ」
フィオはカイラムに微笑みかけている。いかん、俺のターンのはずが、カイラムの株が上がっているだけだ。
「水か。水は煮沸してから飲んだ方がいいぞ。雑菌が……」
「ざっきん……?」
フィオがキョトンとした顔。
「魔素の方がよほど危険だ」
「補足します。ロスティアの川水は“魔素濃度:低”。煮沸は不要です」
「魔素って何でも関わってくるな!」
そのとき、カイラムがふいに真顔で言った。
「……ノアス。魔石に深入りするな。フィオを守りたいなら、なおさらだ。谷の揺動も、湖の異変も、全部つながっている可能性がある」
その声は、さっき二人きりで話を聞かされたときよりもずっと静かで、優しかった。
「カイラムさん……?」
「補足します。カイラムさんの心配度は上昇中です」
「黙れ」
カイラムはそっぽを向いた。俺たちに目を合わせようとはしない。




