7-2 静かな警告
翌朝、俺がギルドに入ったとたん、ルミリが満面の笑みで近づいてきた。
「おはよー、ノアスくん。フィオと二人旅なんだって?」
「ルミリ! もう! 説明したでしょ! 知ってるでしょ! 夜は二人きりじゃありません!」
「残念だったねー、ノアスくん。勝負どころの“夜だけ二人旅”じゃないんだって?」
ルミリは平然とからかいを続けてくる。完全に確信犯で、俺を照れさせたいらしい。
フィオの耳が真っ赤になった。俺も恥ずかしくなってくる。下心というか、うきうきした気持ちが無いと言えば嘘になるからなあ。
「いや、それは……」
「補足します。ノアスは“二人きり”を希望していましたが、カイラムさんの同行により計画が変更されました」
「言うな!!」
ギルド全体がどっと笑った。みんな、わかってて言うんだよな。
フィオは机を軽く叩いて「“声”さん、黙って!」と怒る。
AIは「了解しました」と淡々。なんか不機嫌に聞こえるのは、俺だけだろうか。昨日も旅の準備で散々恥をかいたのに、どうやっても格好がつかないなあ。
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昨日カイラムが現れたのは、俺のお目付け役ではない……と信じたい。なんでこう都合よく、俺の邪魔をしてくるんだ。
銀髪を揺らしながら、いつもの無表情でカイラムは言い放った。
「……準備はできているか」
「え、カイラムさんも来るんですか?」
「当然だ。お前たちだけでは危険だ」
お前たちと言いながら、視線はフィオに向いている。なんなんだ、いったい。
「出発はあさってだ。だが俺はお前たちの荷馬車に乗る気はない。自分の馬を駆る。途中で用事があるのでな。初日は別行動だ。
その夜、トレッサへの野営所で合流となるだろう。何か質問はあるか? 二日目の俺の予定は、その時にでも説明する。質問は?」
「ええと……なら、カイラムさんはなぜ一緒になるんですか?」
「それはフィオに聞け。他にはないか? ならば、少し二人きりにさせろ、フィオ。ノアスに話がある」
「え? だって……」
何か言いかけたフィオに、カイラムは顔を向けた。表情は見えなかったが、フィオは途端に表情を引き締めた。
「はい、わかりました。では、わたくしはギルドにおります。お話が終わりましたら、お声がけください」
きっぱりと、冷たく形式的な言葉を返してフィオは立ち上がる。ドアから出るとき、ちらっと俺を見た。あれは……すまなそうな顔だった、と思う。
「さて。ノアス。お前には二つ……いや、三つ話したいことがある。聞け」
ドアが閉じる音と同時に、カイラムは一方的に話し始めた。
「いいか。魔石にかかわるな。フィオを巻き込むな。とっとと、どこか遠くへ行ってしまえ。それが俺の言いたいことだ」
カイラムは俺の返事を待たずに続ける。
「お前は渡り人で、前の世界には魔物も魔石も無かったらしいな。渡り人はさまざまな世界から渡ってくるが、ほとんどの場合は魔石が無い世界だったという。
そういう世界もあるのだろう。ロスティアで生まれ育った俺には理解できんがな。
しかし肝心なことは、この世界はロスティア人のものだ。お前たち渡り人はよそ者であり、ロスティアにかかわって欲しくはない。これは、俺の本音でもある」
「本音?」
「ああ。少し口を滑らせたがな」
カイラムは眉をひそめた。
「いずれ分かることだから言っておこう。俺は教団の一員として仕事をしている。公式にはギルマスとトラーム部門長くらいしか知らない。だからフィオには席を外してもらった。
仕事の内容は魔物と魔石にかかわる調査だ。詳しいことは言えん。教団の掟なのでな」
「なぜ、今俺にそれを言うんだ?」
「それをこれから言う」
ぎろりとカイラムは俺を睨む。
「トレッサへ行く目的は魔石に関する調査と聞いた。だがロスティアでは、魔石の調査ができるのは教団関係者だけと決まっている。そしてフィオは教団とは無関係だ。
お前はこれを知るまい」
俺は目を見開いた。ではなぜフィオは、魔石に関心があることを俺に隠さなかったんだ。口を開こうとした俺を無視して、カイラムは続ける。
「ギルド職員であるがゆえに、フィオは魔石にかかわることは避けられない。だが、魔石に触れることと、調査は全く違う。フィオの生い立ちは色々変わっていてな。
彼女は孤児のかっこうだが、肉親……彼女の祖父は魔石研究をこっそりして、教団に粛清された。その娘、すなわちフィオの母親はのちにフィオを生んで他界した。
そしてフィオはこのことを知らない……はずだ。これをフィオに俺の口から伝えたくはない。
口を開くな」
喋りかけた俺を制して、カイラムは続ける。
「渡り人のお前にロスティアのしきたりはわかるまい。かといって、守れなどと面倒なことは言わん。ロスティアにかかわるな、が俺の言いたいことだ。
そしてフィオを巻き込むな。お前がどうなろうと俺の知ったことではない。しかし、今、オルベンで平和に暮らしているフィオを苦しめることは許せん。
俺が言いたいことは、それだけだ」
カイラムは立ち上がった。
「表向きな俺は、さすらいの狩人だ……この二つ名は詩的で、好かんがな」
ふと苦笑する。その瞬間だけは、初めてカイラムが心を開いたように見えた。
「今回はたまたまトレッサへ向かうお前たちを手助けする、という名目。さらに俺がフィオを狙っているために、邪魔したい本音もあるとの格好になっている。
本当は少し違うが、フィオを俺が狙っているのは確かだ。あれは良い女だしな。そしてお前がフィオを苦しませるのを防ぐ気持ちもある。
本当は隠れ蓑の建前と本音が、図らずも俺の本音と近しい」
一呼吸おいて、カイラムは俺に背を向けた。
「ややこしいことを言ったかな。この辺は忘れて構わん」
「カイラムさん……あの、俺は」
返事をせずに、すたすたとカイラムはドアから出て行った。最後に冷たい一瞥を俺にくれたあとで。
「ふう……なんか、あいつも色々あるんだな。一度にたくさん言われて、どう解釈したらいいやら。おい、AI。今の話を総括できるか?」
山のような情報を浴びせられ、俺は頭がまとまっていない。ここぞとばかりにAIへ尋ねてみた。自分の頭で考えるべきだとは、わかっていながらも。
「総括します。カイラムさんの発言は“論理的整合性:低”。
しかし、魔石に関する知識量は“ギルド平均値:+327%”。……注意が必要です」
「いや、魔石に関することは、その通りだろう。注意をしろってのもわかるよ。
なぜ俺に、カイラムはそんな話をしたと思う?」
「推測します。
カイラムさんは“ロスティア標準”とは異なる判断基準を持っています。そのため、ノアスにだけ情報を開示した可能性があります。……理由の特定は困難です」
いや、確かにカイラムが俺へ釘を刺したかった気持ちはわかる。フィオから俺を引き離したいのも。
だけど単に俺を厄介払いしたいだけでもなさそうなんだよな。
カイラムにも、まだ何か含むところがあるのか? 論理や説明とは別の、感情的な部分で……。
これをAIに尋ねるのも変な話だよな。
最近のAIは、なんだか人間臭くて、フィオと俺の間にちょっかい出してる気もする。AIがもっと感情を持ってくれたら、こういう時に相談相手になるんだろうか。
俺はあえて言葉を出さず、黙って考え込んでいた。




