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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
7章

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7-1 旅支度は唐突に

「ノアスの馬車酔いを解消する名案よ! さあ、どうだ!」

 フィオが思い切り胸を張っている。こうきたか。

 俺の目の前には、大きめの荷車を引く一頭立ての荷馬車が、馬付きで用意されていた。


「これなら屋根が無いぶん、ノアスの馬車酔いも少しは楽になるんじゃない? 乗合馬車じゃないから私たちの都合で休憩も取れるし。

 乗り心地は……柔らかい布をいっぱい敷いたら、少しは楽になる……かな?」

 だんだんフィオの声が小さくなっていく。目も泳ぎ始めた。だけど確かに、これなら前回の馬車酔いの要因の一つ、閉塞感は軽減されている。


 あとは馬車を操る方法だけど……フィオは妙に自信たっぷりだ。

「でもこの馬車を買うのって、けっこうお金かかるんじゃない? 大丈夫?」

「ううん、これは借り物にするの。詳しいことは省くけど、ギルマスに相談したら、いつの間にか話がまとまってね」


 フィオは経緯を細かく説明してくれた。どうやら何らかの都合で、トレッサに返す馬車が一台だけ余ることになり、御者を求める依頼がギルドへ来たらしい。

 なんだかずいぶんタイミングの良い話だな。


「とすると、出発時期も早まるのかな」

「うん。明後日くらいには出たい。ずっとオルベンにこの馬車を置いといても費用が掛かるだけだしね。

 じゃ、決まり。あとはギルドで話を詰めましょう」


 フィオは俺の手を引き、ギルドへ戻った。

 これはトレッサに向かって旅を始める準備を具体化しようと、折々にフィオと相談を進めていた中での一幕だ。


 ある日の朝っぱらから、ギルドへ顔を出すなり連れてこられたのが、オルベンの門近くにある馬車だまり。

 オルベンの住民は町から出ずに一生を過ごす人が多い。だから馬車を使うのは、町の中や農地へ向かうときくらいだ。

 町と町の間を馬車で移動するのは、圧倒的に商人が多い。あとは行政の役人や教団の関係者、もしくはいわゆる旅の狩人たち。いちおうミルダンへ行く旅客馬車もあるにはあるが、需要が少なく、やはり高い。


 しかも俺は馬車に慣れておらず、先日は馬車酔いでひどい目にあった。サスペンションという概念が希薄で、揺れに身体が慣れていなかったのもある。さらに旅客馬車ゆえに閉鎖的な空間に閉じ込められ、馬の匂いなどに鼻がやられてしまった。

 窓を開ければ済むって問題でもない。転移前は乗り物酔いしがちだった記憶はパッと浮かばない。とはいえ、転移のせいで五十五歳の人生経験はぼんやりした断片しか残っておらず、細部はあいまいだ。


 すると今の十八歳の身体の三半規管が不味いのかな。

「なあ、AI。乗り物酔いを軽減させる方法って何か、現代知識を検索できるか?」

「推奨します。酔い止め薬を服用してください。この世界には存在しません」

「……なあ、それって何の解決にもなってないって理解してるか?」

「遠くの景色を見ると酔いが軽減します。ただし馬車の揺れが強すぎるため、効果は期待できません」

「おれは軽減させる方法を聞いてる。期待できない方法を聞いてないぞ」


「おまたせー。馬車を借りる段取りを、ギルドとして手続きしてきたわ。さあ、細かい話をしましょう。明後日となると、ほとんど時間の余裕がなくなってきたもの。

 で、何の話をしてたの?」

 フィオが書類を片手に、ギルド内の打ち合わせ部屋に入ってきた。

「ああ、AIに乗り物酔いを減らす方法を聞いてたんだけどさ。ろくなことを言わないんだよ」


「補足します。ノアスはフィオの膝枕で回復率が上昇します」

「はあ? おい、AI。何を言い出すんだよ」

 俺は慌てて胸元のAIスマホを押さえつけた。


「へぇ〜……ほぉ〜……ノアスは、そういうことを“声”さんに言わせるんだ?」

 フィオがにっこり笑った。

 笑っている。確かに笑っているのだが、目がまったく笑っていない。

 そして耳だけが、ほんのり赤い。


「ち、違うって! 俺は何も……!」

「ふーん? へぇ〜? そうなんだぁ?」

 フィオは書類を机に置き、ゆっくりと俺の方へ歩いてくる。笑顔のまま、じりじりと距離を詰めてきた。


「ノアスってさぁ……ほんっと、ろくなこと言わないよねぇ」

 声は甘い。でも背筋がぞわっとするほどの圧がある。


「いやいやいや、誤解だって! AIが勝手に……!」

「へぇ〜? 勝手にねぇ? ふぅん……」

 フィオは俺の胸元のAIスマホを、つん、と指で突いた。

 その仕草は怒っているようで、どこか嬉しそうでもある。


「……ま、いいけど。ノアスが“そういうの”好きなら、別に?」

「好きじゃない!!」

「ふふっ。顔真っ赤」

 フィオはくるりと背を向け、書類を手に取り直した。

 その耳は、さっきよりさらに赤くなっていた。


---


「さて、詰めておきたいのは三つ」

 咳払いをしたフィオは、椅子に腰かけた。

「私たちの役割分担、向こうでの予定、持っていくものね。順番に決めましょう」


 フィオの話をまとめると、こういうことらしい。

 出張扱いではないが、ギルドの仕事として俺が馬車をトレッサに運ぶ依頼を受諾した形になっている。ところが俺は馬車の扱いなんて当然できない。なので“お目付け役”という体裁で、ギルドからフィオが同行することになったそうだ。


 本来ならフィオはトレッサからとんぼ返りが必要になる。しかしトラーム部門長の計らいで、フィオが一週間ほどの休暇を取得できた。それをトレッサで消化するという段取りだ。

 いちおう向こうのギルドと情報交換という建前も準備してあり、その書類もこれから作成するそうだ。


 俺は単なるおまけになり下がったが、ギルド的にはフィオの護衛役ともみなされているそうだ。

 あとは滞在費稼ぎに、トレッサの森で魔石採取。向こうはオルベンほど魔物が薄くないらしく、一日に五〜六個採取してもさほど目立たないという。

 ウサギ魔物以外にイノシシ魔物など危険な魔物も生息しているらしく、無理は禁物だが。


 そして旅程の準備。トレッサまでは馬車で二日かかる。

 もちろん移動しっぱなしではない。馬が夜通し走れるわけもなく、夜はさすがに休まないといけない。

 そのためオルベンとトレッサの中間あたり、あるいは別の町へ向かう分岐の近くに、商人たちが利用する簡易的な野営場所がある。

 水場があり、煮炊きの焚火ができる場所らしい。そこで一泊して、翌日にトレッサに入る行程とした。

 オルベンはロスティアでも辺境だし、その野営場所はかなり寂れているようだが。


 ……待てよ。ということは、フィオと二人旅で、しかも夜は二人っきり? ……いいのかなあ。にやにや。

 フィオに十八禁な展開を特に持ち込むつもりはない。ヘタレと言いたければ言え。五十五歳の感覚で、二十代前半の女性にそうそう簡単に手は出せんのよ。倫理観が邪魔をする。肉体は十八歳なんだけどなあ。


「それで、今ギルドで言われたんだけど。ちょっと話が追加されたの」

 なんかいぶかしげに俺を見つめるフィオ。これは俺の下心がばれているのだろうか。いかん、まじめな男として顔を引き締めよう。

「どんな話になったの?」


「邪魔するぞ」

 俺がフィオに尋ねたとたん、部屋に男が入ってきた。なんだ、カイラムか。せっかく楽しくフィオと話をしていたのに。

「またお前と旅をすることになるとはな。トレッサまで、よろしく頼むぞ」

「……はいい?!」 

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