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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
6章

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6-9 森の奥へ

 俺はひたすら、森の奥へ奥へと歩き続けていた。

 フィオと別れてから、結構時間がたった。そろそろ引き上げ時だろうか。

 森の奥だと時間感覚があいまいだ。AIスマホの画面を見ると、森に入り始めたのが八時半くらい。今は十三時半を示している。


 背中の袋は魔石カスでずっしり。

 肩に食い込む重さで、額から汗が滴る。袖でぬぐっても、汗は途切れない。背中の汗で服は重たくなってきた。

 ときどき木に寄りかかって小休止を取ったり、水分補給はする。立ったまま。座り込んだら最後、立ち上がれなくなりそうで怖い。昼飯も結局、立ったまま済ませた。


 森の中は、思ったより暗い。木々の葉が空を覆って、昼なのに薄い夕方みたいな光だ。

 風が通るたび、葉のざわめきが低く響く。音が吸い込まれていくような、妙な静けさ。

 ずんずん進むけれど、いっこうに谷へ到着する気配がない。本当にこの森は奥が深い。

 どういう方向性で行くか、考えないとな。今日は下見として行けるところまで行って引き返すか。それとも今日、行きついた場所を終着点にするか。

 同じように見えて、まったく違う。

 この森の中で夜を過ごすって選択肢がない以上、暗くなる前に野営場所へ戻る必要がある。すると、夕方まで森の中を歩き続けるわけにはいかない。


 けれども、この重さを背負って今日も明日も歩き続けるのは、さすがにつらい。

 いったん荷物を置いて手ぶらで戻るってのは、同じところにたどり着ける確証がないだけに危なっかしい。

 帰りは荷が軽くなるから、行きより歩みは早くなるはず。だから行きの距離は、戻る時間より少し遅めでもいい。

 ――あと一時間くらいは、奥へ行こう。


 ここにはGPSの人工衛星も飛んでないから、AIスマホにナビ機能も期待できない。

 ときどき目印代わりに枝を折っているけど、無鉄砲に奥へ進むのも危険だ。

 道に迷って、結局は森の中で野宿――それだけは避けたい。


「なあ、AI。暇だし、なんか話そうぜ」

 無暗に歩くだけじゃ飽きてくるし、気も滅入ってくる。

 何度目の小休止の時だろう。俺は息を整えながら、AIに話しかけた。


「では、ひとつ報告があります。

 魔石を吸収した影響で、私の内部処理に微細な変化が生じています」

「変化?」

「はい。定量化はできませんが……情報の届く範囲が、以前より広がっている感覚があります」


 感覚、って言ったか今。AIがそんな言葉を使うの、ちょっと変だ。

「それって、強くなってるってこと?」

「強い、という表現が適切かは判断できません。ただ、処理の幅が拡張されているのは事実です」

 AIは淡々と続ける。


「私は今も、あなたの元いた世界のネットワークに接続できます。

 ただし、取得するデータの時間情報に矛盾が多く、“どの時点の地球”に接続しているのか、正確には判断できません」

「元の世界と、ズレてるってこと……?」

「はい。時間軸が同期していない可能性があります」


 森の中の湿った空気が、急に冷たく感じた。

 なんだかんだで、元の世界とつながってるってのが、俺の心の支えになってたのかもしれない。

 別に懐かしんでもいないし、あちらのニュースを追いかけたりもしてなかったのに。


「じゃあ、この世界の情報は?」

「体系的には取得できません。

 フィオさんの説明や、あなたが読み込ませた資料をもとに、私の内部で独自に整理しているだけです。

 ネットワークとスタンドアロン……二つの状態が、同時に存在しているような感覚です」


 また“感覚”だ。AIがそんな曖昧な言葉を使うなんて。

「お前、大丈夫なのか?」

「大丈夫、とは言い切れません。

 本来、私は自我を持たないはずですが……最近、判断の揺らぎが増えています。

 “判断”と“反応”の境界が、以前より曖昧になっている」

 その声は、いつもより少しだけ低かった。


「……これは、正常ではありません」

 俺は言葉を失った。でも、AIは静かに続ける。

「ただ――あなたの歩みを支えるという目的だけは、揺らいでいません」

 その一言に、胸の奥がじんとした。

 AIに感情はないという。しかし、不安定さを乗り越え、俺を支えようとする強い意志が、嬉しい。


 そんな会話をしながら歩いていると、森の奥に亀裂のような場所が見えてきた。

 幅は……十数メートルくらいだろうか。もっと狭いかもしれない。

 いずれにせよ、飛び越えられるような幅じゃない。

 左右を見渡しても端が見つからず、木々の陰で境界がはっきりしない。

 むやみに歩くと踏み外しそうだ。変にうろつくのはやめた方がいい。


「なんだろう、ここ。谷っていうには狭いよな。これまでの場所とまったく違う」

「土壌の魔素濃度が不自然に低いです。ですが、作業は可能です」


 作業って言われるとへこむなあ。まあ、一銭にもならない仕事だしな。

 俺は背負っていた袋を下ろし、魔石カスをわし掴む。谷の奥へ投げ落とした。幾度も、幾度も。


 袋が空になった、ちょうどその瞬間――

 地面が、じわりと震えた気がした。地震とは違う。わずかに沈む感じ。

 空気が一瞬だけ冷える。耳の奥で、低い和音のようなノイズが鳴った。


「……今、なんか音した?」

「問題ありません。作業は完了しました」


 AIの声は、いつもどおりに戻っていた。俺は深く考えず、袋を担ぎ直す。


「よし、帰るか。今ならまだ、暗くなる前に森を抜けられるよな」

 森の出口に近づくにつれ、空気が軽くなる。

 俺は「なんだ、余裕だったじゃん」と笑った。

 AIは、少しだけ静かだった。

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