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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
6章

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6-8 森へ向かう前に

 ギルドの書類地獄から一夜明けた。えらいめにあった。

 昨日は本当に、朝から晩まで紙と埃にまみれて終わった。事務所の空気は乾いていて、紙の端が指に刺さるし、古い書類から滲む手の脂めいたべたつきにはうんざり。何度ため息をついたことやら。


だが、シャルーンの経理センスと、ルミリの天才的理解力――あの子は本当に何者なんだ――が合わさると、あの混沌にも道筋というものが生まれるらしい。

 分類の基準、帳簿の整理順、魔石関連の報告書の扱い……すべてが少しずつ形になっていくのを見て、ようやく肩の力が抜けた。

 現代チートは役に立つ。俺のおかげじゃなくて、AIスマホの知識に助けられてるだけってのが、なんだかなあ、だけど。


 そして今日。ようやく仕切り直して、本来の目的を果たすことにした。フィオの家に積み上がっていた魔石カスを、森の奥に捨ててしまう重要な仕事だ。

 魔石カスは魔素が抜けた、ただの石……のはず。だけど魔素欠乏状態の石は周囲から魔素を奪う性質があるらしく、人間の体調にも悪影響が出る。フィオに元気になってもらうためにも、これは早めに処理しないといけない。


 向かうのは、オルベンの森の奥。詳しいことはギルドでもよくわかっていないらしいが、深い谷があるという。

 そこに投げ捨ててしまえば、だれにも迷惑は掛からないだろう。


 俺にとっては初めての一泊二日。テントを張って野営することになる。キャンプ経験はないけど、まあ何とかなるだろ。

 こういう時はギルド職員が同行してくれるらしい。俺が野営できるかどうか見届けて、日帰りで帰る段取りだそうだ。すなわち初心者狩人の監督役。

 さすがに一夜を共にすることはない。残念。


「いや、そんなのいらないよ。森の中で適当に火を起こして、そのまま寝ればいいんでしょ? 虫がいやなら木の上に登るとかさ。かんたんかんたん」

 胸を張って言った瞬間、フィオは即座に顔をしかめた。

 その表情は、昨日の書類地獄よりも深刻そうだった。


「ノアスのばーかばーか! そういうとんでもないことをしないように、私がついていくんですー!

 森の中で焚火なんてしたら火事になるでしょ。乾いた落ち葉に火の粉が飛んだら一発よ。

 それに、獰猛な魔獣が出る可能性だって皆無じゃないの。低いけどね。

 野営は森の“そば”でやるの。ほら、カイラムが最初に一緒に来たとき、森の手前で天幕を張ってたでしょ? あれが正解なの!

 あなた、元の世界では五十五歳だって言ってたわよね。……その割に、常識って無いの?」


 一気にまくしたてられて、俺はがっくりきた。そんなに甘かったのか、俺。

「いや、ごめん。甘かったかな、俺」

「ノアスさんの提案は、現代基準でも危険です」

 すかさずAIが追撃してくる。こっちも可愛らしい女の子の声だから、叱られると余計へこむ。


「ノアス、あなたの提案は合理的ではありません。あなたが安全に眠れる場所を選ぶべきです。

 木の上で寝るのは落下リスクが高く、焚火は管理不十分だと延焼します。

 そもそも森の内部は湿度・風向・地形が複雑で、焚火の管理難度が草原の約三倍に跳ね上がります。

 火の粉が上昇気流に乗れば、あなたの視界外で延焼が始まる可能性もある。あなたが眠っている間に、です。

 森の内部は夜間になると温度が急激に下がります。地表の放射冷却が強く、体温維持のためのエネルギー消費が増える。あなたの体力では、一晩で疲労が蓄積する可能性が高いです。

 私は、あなたが無事でいる確率を……最大化したい。」

 

 フィオ以上の言葉が、機関銃のようにばらまかれた。最後の一言は、とても暖かいんだけど。その前のダメ出しの嵐でへこんでしまった。

「はいはい、わかったよ……」


 結局フィオとAIが珍しく共闘して、俺のサバイバル感は全否定された。

「フィオさんの判断は妥当です。……珍しく、ですが」

「ねえ、“声”さん。それって、わたしに厳しくない……?」

 フィオは頬をぷくっと膨らませる。そのしぐさが、何とも可愛らしい。


 でも、わあわあと言い合いながら歩く道は、なんだかんだで楽しい。

 今日は早めにオルベンを出た。フィオが同行してくれるおかげで段取りはバッチリ。

 出がけにルミリはニヤニヤしていたけど、別に後ろ暗いことはない。……いや、あれは俺より楽しそうなフィオを見て微笑んでたのかもしれない。


 背中の袋には石がぎっしり詰まっていて、相当に重たい。だけどギルドの皆に怪しまれないよう、平然とした顔で町を出た。

 こういう時は十八歳の元気な肉体がありがたい。……なんとか耐えられる。


 森へ向かう道は、朝の光が斜めに差し込み、草の先に小さな露が残っていた。

 昨日の書類地獄でうんざりしていた気分は、すっかり晴れていく。


 やがて、オルベンの森の入口に着いた。

 森の縁は木々が密集して影が濃く、風が通るたびに葉のざわめきが低く響く。

 天幕を張り終えると、フィオが俺を森の縁まで連れていく。


「ここから先は、魔獣の通り道があるから……正確じゃないけれど、谷はあっちのほうって言われてるわ。たぶん一日中歩いて、ようやくたどり着けるかどうか。実際に谷へ行く人っていないから、よくわからないの」

 フィオの指先が示す方向は、見ただけでは何も違いがわからない。実際に進めば、何か感じるのだろうか。

 魔素流動の乱れ――AIが言っていた言葉が、ふと頭をよぎる。


「気を付けてね……」

 フィオがぽつりと言った。いつもより弱い声だった。

 その表情を見た瞬間、思わず抱きしめたくなった。けれど、ぐっとこらえた。

 この距離感を壊したくなかったから。


「大丈夫だよ。すぐ戻るから」

 フィオは小さく頷き、名残惜しそうに森を振り返りながら帰路についた。

 その背中が小さくなるまで、しばらく見送っていた。

 一つ深呼吸。振り返って、森の奥を見据える。


「よし、行くか。AI、頼む」

「了解。あなたの歩みを、そっと支えます」

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