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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
6章

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6-7 情報整理は楽じゃない。

 どうしてこうなった。ギルドの混乱を前に、俺は茫然と立ち尽くした。俺にとって今日は、大切な一日だったはずだ。フィオから引き取った魔石カスを背負って、オルベンの森へ一泊二日で突入する予定だったのに。


 フタを……いや、ギルドの扉を開けた瞬間、俺は思わず閉めた。

 ……いや、なんだこの光景は。ギルドの事務所には、書類の山がそこら中に積み上がっている。

 混沌極まりない。紙の雪崩が今にも崩れ落ちそうで、空気まで埃っぽい。古い書類と新しい書類が入り乱れている。


「ノアスくーん! 助けてぇぇぇ!」

 俺を見つけたルミリが、半泣きで手招きしている。うず高く積まれた書類の整理が追いつかず、完全にパニックだ。トラーム部門長や他のギルド職員も悩ましげ。

 あるギルド局員は、せめて片付けようと書類の山を整えたりしているが、要するに右から左へ積み上げているだけだ。分類している様子もなく、何の解決にもなっていない。


 性格というか、覚悟の向き先が出るなあ。陽気だが根はまじめなルミリは、途方に暮れている。

 同じく誠実ではあるけれど、もう気分はトレッサに行くつもりと割り切ったのか、フィオはあきらめ顔。いや、他人事として面白がっているようにも見える。けっこうフィオって黒いのか。


「どうしたんだ、ルミリさん。なんか急に書類が増えてるね」

「増えてるどころじゃないよぉぉぉ!」

 ルミリが叫ぶ。横からそっと、トラーム部門長が口を挟んできた。

「……ノアスくん。すまないが……力を貸してもらえないか。状況は、見ての通りだ」

「見ての通りすぎて、逆に何もわからないんですが」


 トラームは深くため息をついた。昨日の鋭さや凄みはどこへやら、すっかり中間管理職の悲哀を漂わせている。


「実はだね……」

 と、トラームが語りだす。理路整然とはしていたが、長かったので端折ろう。要するに、前に町長が安請け合いした仕事――周辺にある町のギルドが抱えていた、整理があやふやな書類一式を、カイラムに押し付けてきたらしい。

「まずは整理しないと、どうしようもないですね」


 どうやら、過去数年分の事務所の運営を記した帳簿と、各町近辺の魔物や魔石の資料が入り乱れているらしい。

 ギルドは魔石を狩猟者から買い取ったあと、その魔石を教団へ売り渡したりもしている。消耗品や備品の管理もある。つまり、お金がどうしても動く。


 当然、どんぶり勘定というわけにはいかない。報告書を提出し、まとめ上げる。さらに買取規模を踏まえて予算化も行う必要がある。だけど、現代日本みたいにシステマチックになっておらず、それぞれの仕事を担当する人の裁量に任されているらしい。俗人化の極みだなあ。


 オルベンでは、シャルーンという経理担当の人が仕切っているらしい。さっき、書類をあっちに置いたりこっちに置いたりしていた壮年の男性だ。ときどきペラペラと書類をめくっているので、理解しようと努力していることだけは伺える。


 もう少し分析しないと、どうしようもないよな。せめてOCRスキャナがあれば、AIへ一気に読み込ませられるのに。

 仕方ない。まずは詳しい内容を聞こう。今日は、オルベンの森行きは中止だ。


 受付は別の人に任せ、俺は別室でトラーム部門長とシャルーン、ルミリから事情を確認した。フィオも興味深げな顔でついてくる。まあ、フィオはAIスマホの情報分析力を痛感しているからな。


 そして、話を聞いて、ぞっとした。これを整理だ?しかも手作業で?嘘だろ。

 まず帳簿。それぞれの目的別に、不定形にまとめられているだけ。つまり、全貌を理解しないと分析もできない。おいおい、過去にも渡り人はいたんだろ。複式簿記を、なぜ伝授しないんだ。

 そして報告書群も悪夢みたいな内容だ。そもそも魔石の基準が、地域ごとに定まっていない。個数くらいは正しいと仮定しよう。しかし、これも決算とか締めって概念があやふやなせいで、どうも正確性が怪しい。


 つまり、魔物の分布、魔石の採取実績、もちろん魔石のレベルも曖昧。これを整理しろと? 異世界転移して、逃げたいな。


「なるほど。つまり──」

「助けてぇぇぇぇ!!」

 ルミリの悲鳴が、すべてを物語っていた。


 俺は肩をすくめ、AIスマホを取り出した。

「AI、頼む」

「了解しました。最適化を開始します」

 その瞬間、ギルドの空気が変わった。だが、解決にはならなかった。


「まずはOCR処理で全文をデジタル化し、メタデータを付与します」

「おーしー……あーる……?」

 おいAI、OCRがロスティア人に伝わるわけないだろ。紙しかない世界で何を言ってるんだ。メタデータなんて夢のまた夢だ。


「次にハッシュ化して重複データを統合します」

「なんかクシャミしたらきれいにまとまるってこと?」

 ルミリさん、可愛いけどボケの切れが悪いですよ。そしてフィオ、後ろから冷たい目線を飛ばすのはやめてくれ。


「全文検索エンジンを構築し、クラスタリングで分類します」

 もはや誰も話についてこれていない。別の町から押し付け……いや、引き受けたとはいえ、仕事は仕事。きちんと理解しようと努力はしているのだろう。

 だが、ギルド員たちは次々に白目をむき、フィオは腹を抱えて笑っていた。


「ノアスくん、あなたの“声”、ほんとに面白いね」

「面白いじゃなくて、やばいんだよ……」

 AIはさらに続ける。


「究極的には、二進法によるコンピュータ概念を導入すれば──」

「はいストップ」

 俺は即座にAIを止めた。

「そんなの、この世界じゃ無理だから。電卓もソロバンもないんだぞ」

「……残念です。最適解だったのですが」


 そのとき、トラーム部門長がピクリと反応した。

「……今、なんと言った?」

 目が鋭く光る。禁忌の匂いを感じ取ったらしい。俺は気づかないふりをした。


「とにかく、ひとつずつ片付けようぜ。まずは複式簿記ね。書類はパンチカード方式が使えるかも」


「ノアス、そのパンチ何とかって何? あなたの世界の魔法?」

「えーと……こう、カードに穴を開けて情報を記録するんだよ」

「穴?」

 フィオが首をかしげる。それは後にしよう。まずは複式簿記だ。


 シャルーンに対して、借方貸方の概念をざっくり説明した。と言っても、俺は経理屋じゃない。複数の帳簿を一つにまとめる方法として、仕分け処理をざっくり説明する。あとはAIに補足説明を依頼した。

「ということで、左右の合計値を併せて抜け漏れがないか確認できるようにするんです。

 そして時期を決めて取引のやりとりを区切る。一年単位で締める……つまり完結させて、直近の分だけ管理すればいいように期間を絞るんです。

 ねえAI、複式簿記のメリットと年度締めの概念を、数行で簡潔に説明して」


 さすがに俺には荷が重い。頼む、シャルーンさん……わかってくれ。

「複式簿記とは、取引を“入った側”と“出た側”の二方向で記録する方式です。

 この構造により、数字が勝手に矛盾を起こせなくなり、帳簿のほころびも即座に検出できます。

 年度締めとは一年分の取引をいったん確定させる作業です。これを行わない場合、過去の数字と混在し、増減の理由が誰にも判断できなくなります」

 シャルーンは口に手を当て、考え込んだ。どうやら概要はつかめたらしい。

「なんとなく、仰る意味と利点がつかみかけています。ちょっと考えてみます。経理的な書類は私の方で引き受けましょう」

 やった。すごいぞ、シャルーンさん。


 次はパンチカードのほうだ。

「AI、パンチカードの穴の開け方って、規則とかあるの?」

「あります。説明します」

 AIは容赦なく専門用語を連発した。


「まず、カード全体を行と列に分割し、各セルに論理ビットをマッピングします。穴が開いていれば“1”、開いていなければ“0”。

 この二値を縦方向のゾーンパンチと横方向のデータパンチで多重化し、符号空間を構成します。さらに、カードの上部にはゾーンコード、下部には数値コードを配置して12行×80列の固定長レイアウトで情報をエンコードします。

 つまり、穴の位置そのものがアドレス指定された物理的ビットフィールドになるわけです。例えば、数字の『7』を表す場合── “12番ゾーン+7番行”の二段パンチで符号化されます。これはEBCDIC系統とは異なり、Hollerithコードに準拠した実装です」


「……ホレリス? ゾーン? なんか呪文みたいなんだけど」

「やめろおおおおおお!!」

 俺は慌ててAIを止めたが、時すでに遅し。

 ギルド員たちは全員、魂が抜けたような顔をしていた。

 ただ一人、ルミリを除いて。


「……あ、つまりこういうことですよね?」

 ルミリは紙とペンを取り、パンチカードの概念をほぼ正確に図解してみせた。

 ギルド全員が固まった。フィオは茫然とルミリの顔を見ている。

「ルミリ……お前……」

「えへへ、なんか、わかっちゃいました」

 天才って、いるんだな……。俺は心の底からそう思った。

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