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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
6章

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6-6 笑顔の余韻と、出発前の影

 ようやくフィオの笑顔をもらえたことで、胸の奥に沈んでいた重さが、ほんの少しだけ溶けていくのを感じた。

 そして、他人行儀さをやめて俺を呼び捨てに戻してくれたことも、静かに嬉しかった。


 あの笑顔は、無理をして作ったものではない。痛みや不安を抱えながらも、俺の言葉を受け止め、信じようとしてくれた──そんな、フィオの優しさと強さが滲んでいた。


 トラーム部門長の忠告めいた言葉も、頭の隅でまだざらついている。

 ……あの人の声は穏やかだったのに、内容は妙に重かった。

 だからこそ、これからどう動くか──まずはフィオと腹を割って話すしかない。もう猶予はない、と自分に言い聞かせた。


 なによりまずいのは、フィオが家で魔石カスを触りまくっていたことだ。

 もっと「だって気になったんだもん」とか言い訳するかと思っていたのに、フィオはあっさりと「やっぱりかー」と苦笑した。

 その苦笑には、諦めと自覚と、少しの照れが混ざっていた。


 フィオの見解や調査データは、すべてAIスマホに保存させることで納得してもらった。

 改めて彼女の要望に応えて記録を始めたが……小一時間もの間、彼女が喋り続けて俺は茫然とした。どれだけ分析を進め、どれだけ思いを深めていたのか。

 次々に語られる断片的な記録は、素人の好奇心で済ませられないほど鋭く深い。茶々を入れないよう黙って聞いていたが、あとでAIの分析も聴いてみたいものだ。


 フィオが喋ったのは、魔素の流れ、石の色の変化、触れたときの身体反応──それぞれに対する考察だった。どれも断片的なのに鋭く、全部、後で役に立つ。


 魔石カスは翌日、俺が泊まりがけでオルベンの森の奥へ行き、まとめて捨てることにした。

 この“捨てる”という案にはフィオがかなり、ぶうぶう抵抗したけれど、そこだけは譲れなかった。

 彼女の健康を守ること。平穏を取り戻すこと。それが最優先だ。

 魔石カスの山を前にして、フィオは「もったいない……」と呟いたが、俺の決意を見て、最後には小さく頷いた。


 山のような魔石カスを袋に詰め、俺はそれを背負って宿へ戻ることにした。

 肩にずしりと食い込む重さは、単なる石の重さじゃない。

 フィオの癖、好奇心、危うさ──全部まとめて背負っているような気がした。

 もし誰かに見つかっても、俺なら何とでもごまかせる。この町の住人じゃないしな。

 渡り人の特権というか、無責任というか……まあ、便利な立場だ。


 そして帰り際、俺はフィオに自分のことを伝えることにした。

 十八歳の肉体かもしれないが、渡り人として来る前の世界では五十五歳のサラリーマンだった──この事実を。

ずっと言いそびれていた。言ったところでどうなるわけでもないが、黙っているのも違う気がした。


「ちなみに、俺はフィオのことが好きだ。……だけど、フィオに言わなきゃいけないことがある」

「……渡る前の世界に、想い人がいたとか、そういうこと?」


 フィオはパッと目を見開いた。しかし次に俺が言葉を継いだ瞬間、おびえた目つきで俺を見てきた。そうか、そういう可能性もあったんだな。実際にはどうだったっけ? うーん、思い出せない。そもそも俺は結婚とかしてたんだろうか。

 一瞬黙ってしまった俺を、フィオが目を伏せて悲しそうになってしまう。いかん、AIよ、なぜこういうときにフォローをしてくれない。


「ち、違うんだ」

「ノアスは“他の女性を想って沈黙した”わけではありません。

 記憶領域の欠落による一時的な思考停止です。後ろ暗いわけではありません……念のため強調しておきます」


「なーんだ。じゃあ、なに?」

 ホッとしたようにフィオは笑った。俺は誤解を招かぬよう、正確に言った。


「俺はね……五十五歳なんだ。サラリーマンだったんだ」

「……サラリーマンって、なに?」

 そこからかい。


 気を取り直して、俺は説明を続ける。最初はいぶかしげな表情だったフィオは、最後に思い切り呆れていた。


「ええと、ノアス。こういうことでいい?

 あなたは十八歳くらいの若者じゃなく、五十五歳という年配の人だった。だから私を恋愛感情というより、むしろ子供みたいな目で見ていた」


「うん、そうなるかな」

「ノアス!」


 グッと顔を寄せてきたフィオは思い切り睨みつけ、俺の手を取り、力いっぱいつねり上げてきた。

 そのあと耳たぶを掴み、耳元へ怒鳴りつける。


「わかるわけないじゃない! そんなの! そして今あなたは私にすごくひどいことをした! わかってる?」

 ものすごく耳にフィオの声が突き刺さる。吐息も感じるが、それどころじゃない。


「ごめん! 許して……!」

「そう簡単には許せないな。今あなたは私に愛の言葉を囁くような感じで、とんでもない無粋なことをしたんだからね!もー!」


 腕を組み、ぷんすかと頬を膨らませるフィオ。

「話は聴いたわ。でも、今日の話は改めて、どこかできちんと雰囲気作ってやり直しを求めます」


「フィオ、ええと……」

「解説します、ノアス」

「いらん!」


 即座に俺はAIを止めた。そこまで俺は、無粋じゃない。確かに、ムード無しの最低だったな。


 宿へ戻る道すがら、背中の袋がぎしぎしと軋んだ。

 魔石カスの重さは、ただの石の重さじゃない。フィオの癖や、好奇心や、危うさや──あの子の全部を、俺が一度預かっているような気がした。


 部屋に戻って袋を下ろすと、肩がじんと痺れた。明日は森の奥まで行く。泊まりがけになる。一応準備は整えてある。初めての野宿だが……気候も悪くないし、オルベンの森なら魔物の危険もないようだ。


 フィオの体調が落ち着くまで、俺が動くしかない。

 灯りを落とすと、部屋の隅に置いた魔石カスの袋から、ぼんやりと光が出てるような気がした。まったく、そんなことはないのに。


 あれを全部、森の奥に捨てる。そう決めたはずなのに、胸の奥がざわつく。

 フィオがどれだけあの石に執着していたか、俺は知っている。


 ──でも、守るって決めたんだろ。


 自分に言い聞かせるように呟いて、布団に潜り込んだ。


 翌朝は、宿の窓から差し込む光が、やけに白かった。

 まずはギルドへ行って、ボウガンを借りよう。魔石は目立つとまずいし、とりあえず部屋に置いておくか。俺は手ぶらでギルドへ続く扉を開けた。


 なんだかギルドの中が騒がしい。


「ノアスくーん! 助けてぇぇぇ!」


 俺の顔を見るなり、ルミリが半泣きで手招きしていた。横でフィオは苦笑してる。なんだ、あのどさどさ詰まれた書類の山は。

 その横で、トラーム部門長が静かに額を押さえている。

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