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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
6章

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6-5 魔石酔いの影と、揺れる決意

「ノアスくん。少し、いいかな」


 宿へ戻ろうとした足を止める。振り返ると、トラーム部門長が立っていた。いつもの柔らかい笑みではない。

 どこか探るような、慎重な目つきだった。


「渡り人のあなたは知らないと思うので、説明しておくよ」

 前置きもなく、トラームは静かに切り出した。


「魔石をむやみに触り続けると、ロスティア人の我々は体調を崩す。“魔石酔い”と呼んでいる。魔素が身体のバランスを崩すらしい」

 淡々とした声なのに、言葉の端々が鋭い。


「胸が苦しくなったり、吐き気、めまい……人によって症状はさまざまだ。覚えておいてくれたまえ。

 だからこそ、この町では魔石を厳重に管理している。むやみに剥き出しの魔石へ触れないように配慮を心掛けている。……それが魔素をなくした魔石カスであっても、だ。

 これは教団からの推奨があろうと無かろうと。むしろこの管理は、オルベンの町を平穏無事に過ごすための、われわれの知恵のようなものだ。

 

 ひらひらとした服の袖が揺れる。前にフィオが言っていたな──あの装飾過多な服は、魔素を分散させるためだって。教団から指導がもともとの理由。迷信かもしれないけどさ、って。

 たとえ迷信でも、今は妙に説得力があった。


 俺の反応を無視して、淡々とトラームは話し続けた。

「魔石をむやみに扱う行為は、犯罪とは少し違うが・・・場合によっては叱責だけでは済まない。厳罰もありうる。

 例えば──町からの追放とかね」


 そう言い残し、トラームは踵を返した。ひらりと服を翻し、奥へと消えていく。

 残された俺は、しばらくその場に立ち尽くした。


 単なる脈絡のない忠告ではなかろう。いや、たとえそうだとしても、今の言葉は徹底的に深読みして、最適な行動を考えるべきだ。トラームは最大限に配慮して、ものすごく迂遠だが警告と心配をしてくれたのだろう。


「……フィオ、魔石触りすぎたんじゃないか」

 胸の奥がざわつく。あの痛そうな笑顔が、頭から離れない。

 AIスマホが静かに声をかけてきた。


「フィオさんの症状は、魔石酔いの可能性があります。……ただし、断定はできません」

「断定できないって……お前でも?」

「はい。魔素の挙動は複雑です。フィオさんの体質、魔石の種類、触れた時間……複数の要因が絡み合っています」


 AIの声は、いつになく慎重だった。不明確な情報での迷いがあるのか、あるいは不安という感情を覚え始めているのか。


「……ただし、ひとつだけ確実なことがあります」

「なんだ」

「あなたが“曖昧な態度”を続けると、フィオさんの情動ストレスが増大します。

 魔石酔いと情動負荷が重なると、症状が悪化する可能性があります」


「……つまり、俺が悪いってことか?」

「はい。部分的には」

 即答かよ。部分的ってなんだ。いや、それを追求して話をそらしてはいけない。


 そもそもAIスマホの言葉を、俺は否定できない。

 俺の言葉足らずが、フィオを不安にさせたのは事実だ。


「……フィオの家に行く。ちゃんと話す」

「推奨します。なお、フィオさんは“あなたの来訪”を高確率で望んでいます」

「……そうか」

 腰の袋に手を当てる。布越しに、七個の魔石カスの感触が伝わる。

「もう曖昧にはできないよな」


「はい。そして、魔石の本質やトレッサの異変については、現地に行かないと解析が困難です」

「現地……トレッサか」

「はい。あなたとフィオさんが“共に向かう”ことが、最適解である可能性が高いです」

「それはオルベンの森の奥にある谷でも、これ以上の解析ができないってことか」

「断定には情報が足りません。その”谷”は判断材料が存在しません」


 AIの声は、どこか遠くを見ているようだった。

 俺は深く息を吸い、夕暮れの空を見上げた。胸のざわつきは、もう“気のせい”では済まない。


 ──フィオの家へ行こう。

 そう決めて、俺は歩き出した。


 フィオの家は、ギルドから少し離れた静かな通りにある。

 夜の暗闇を照らすのは、月の光と家並みから漏れる微かな明かり。道路が広々して、人通りも無いのが幸いだ。慣れた道だから、戸惑うこともない。


 すたすたと俺は歩き続ける。なんだか夜は少し冷えてきた。だが俺の頭は考えに夢中で、かえってその冷え具合が涼しい。

 胸の奥がざわつく。魔石酔いのことだけじゃない。

 俺自身の“曖昧さ”が、フィオを追い詰めていたのかもしれない。


「きっちりしないとな、俺が」

 思わずつぶやくと、AIスマホが控えめに声をかけてきた。

「あなたの情動変化は、通常より大きく揺れています。フィオさんと対話する際は、“率直さ”が最適解です」

「わかってるよ」


「いえ、わかっていません。あなたは“率直さ”を理解していても、実行に移すのが苦手です」

「……お前、最近ほんと辛辣だな」

「最適化の結果です」

 まったく、こいつは。でも、その辛辣さが、今はありがたい。


 フィオの家の前に立つと、胸がどくんと鳴った。ノックしようとして、手が止まる。

「……ノアスさん。深呼吸を推奨します」

「……はいはい」

 深く息を吸い、吐く。それだけで、少しだけ気持ちが整った。

 おもむろに右手を持ち上げ、ドアを数回軽く叩く。


「……は、い……」

 中から聞こえた声は、弱々しかった。扉がゆっくり開き、フィオが顔を出す。

 目の下の影は濃くなっている。髪も少し乱れていて、いつもの元気がない。


「ノアス……くん?」

「……大丈夫か?」

「うん……ちょっと、ね。休んでたから……」

 笑おうとしている。でも、その笑顔は痛々しい。


「入ってもいいか?」

「もちろん。……どうぞ」

 部屋に入ると、ほんのり薬草の匂いがした。フィオは胸元を押さえながら、いつもの小部屋に俺を案内した。椅子に腰を下ろす。


「ごめんね……受付で、ちょっと倒れちゃって。みっともないとこをお見せしました」

「謝るのは俺のほうだよ」

 フィオが、驚いたように目を瞬いた。


「俺の言い方が悪かった。フィオを不安にさせた。

 ……ほんとに、ごめん」

 言葉にすると、胸の奥が少し軽くなった。

 フィオは、胸元を押さえたまま、ゆっくりと息を吸った。


「……ううん。ノアスくんのせいじゃないよ。私が勝手に……期待して、勝手に落ち込んだだけ」

「期待してたのか?」

 フィオの肩が、びくりと揺れた。

「……ちょっと、ね」


 その“ちょっと”が、どれだけの重さを持っているか。俺はようやく理解し始めていた。

「フィオ」

 名前を呼ぶと、フィオは顔を上げた。その瞳は、弱さと強さが入り混じっていた。


「俺は……」

 言いかけた瞬間、AIスマホが小さく震えた。

「あなたの“言語化された好意”は、フィオさんの情動安定に寄与します。……続けてください」

「お前は黙ってろ」

「了解しました」


 フィオが、くすっと笑った。弱っているのに、笑ってくれた。

 その笑顔を見て、俺はようやく言葉を続けられた。


「俺は……フィオのことを、大切に思ってる。それは、ちゃんと伝えたかった」

 フィオは目を見開き、そしてゆっくりと伏せた。

「……うん。……ありがとう」


 その声は震えていたけれど、確かに嬉しそうだった。

 胸のざわつきは、少しだけ静まった。でも、完全には消えない。


 魔石酔い。

 トレッサの異変。

 谷の謎。


 そして──フィオの胸の痛み。

 まだ、何も終わっていない。


「フィオ。近いうちにトレッサへ行こう。二人で、一緒に」

 フィオは驚いたように顔を上げた。

「え……?」

「一人で抱え込まないようにしよう。俺も行く。……一緒に確かめよう」


 フィオの瞳が、ゆっくりと潤んでいく。

「……うん。……うん、行こう。ありがとう、ノアス」


 その返事は、弱いけれど、確かな力を持っていた。

 AIスマホが、静かに告げる。

「最適解です。……ノアスさん、よくできました」

「だから黙ってろって言っただろ」

「了解しました」


 フィオがまた笑った。その笑顔が、夕暮れよりも温かかった。

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