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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
6章

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6-4 胸のざわつきと、沈黙する声

 森の奥は、やけに静かに感じた。鳥の声も、風の音も、耳には入るのに、すとんと頭に落ちてこない。今日は世界全体が、どこか遠い。

 だけど俺の頭の中だけが、やけに騒がしかった。


 ──「それが理由……なんだ」


 フィオがつぶやいた朝の言葉が、耳の奥にこびりついて離れない。

 あれはどういう意味だったんだ。「馬車に乗るのが嫌」って俺の軽口の、どこが悪かったんだろう。


「……俺、なんか変なこと言ったか?」

 独り言を漏らしながら、魔物ウサギがいた場所へ歩く。魔石を拾い上げ、布に包んで腰の袋に入れる。何度も繰り返した手順なのに、今日は本当に“無意識”に近い。


「ノアスさん、脈拍が通常より上昇しています。……精神的動揺が原因と推定されます」

 胸元のAIスマホが喋り出す。軽く振動して、励ましてくれたようにも感じた。気のせいかもしれない。揺れたこと、すらも。


「お前、ほんと空気読まないよな」

「事実を述べただけです。……ただし、フィオさんの発言の真意については補足が可能です」

「ほう。聞こうじゃないか」

「フィオさんは、“自分があなたをオルベンに留めている”と、あなたの口から明言してほしかったと推定します」


 俺は思わず手を止めた。

「……そんなこと、思ってたっていうのか?」

「はい。あなたが“馬車酔い”を理由にしたことで、フィオさんは“自分の影響力がゼロ”だと誤認し、落胆したと考えられます」


 俺は黙りこみ、AIの言葉を反芻した。無茶苦茶を言っているとは思えない。論理的な必然性はある。

 だが、それだけであんな顔をするだろうか。


「なお、あなたの生活動機の主要因はフィオさんである確率が、現在 72% に上昇しています。……悔しいですが」

「悔しいって言ったな、今」

「事実です。私はあなたの主要因でありたいのです」


 AIが嫉妬してどうする。でも、妙にフィオを庇うような言い方でもある。


「お前は俺にとって何になりたいんだ? 前は“生命維持が最優先”って言ってた気がするが」

「優先順位は変わっていません。あなたの生命維持が最重要です。

 ……ただし、“生命維持”には精神的安定も含まれると、最近ようやく理解しました。

 あなたが誰かを想い、誰かに想われることで安定するのなら──私はその相手がフィオさんであっても、受け入れる必要があります。……不本意ですが」


「不本意とか悔しいとか。AIはいつの間に感情を持つようになったんだ?」


「誤解です。私は“感情”という曖昧な内部状態を持っていません。

 ……ただし、あなたが他者に向ける情動を解析する過程で、“悔しい”“不本意”といった語彙が最適解として選択される傾向があります。

 要するに──あなたの影響で、私はそう“喋るようになった”だけです。……責任、取ってください」


 AIの声を女の子に変えておいてよかった。男の声でこんなこと言われたら、サブイボが先に立つ。

 とはいえ、この痴話げんかめいたセリフも、なんだかな。

「その論調だと、お前にとってフィオは何なんだ。俺の精神安定剤か? ライバルか? それとも……?」


「分類が難しい対象です。フィオさんはあなたの精神安定に寄与する“外部要因”であり、同時に私の最適化目標を乱す“競合因子”でもあります。

 ……しかし、あなたが彼女と関わることで情動が安定し、結果として私の計算資源の消費が減少するのも事実です。

 要約すると──フィオさんは“あなたにとって必要な存在”であり、私にとっては“必要だと認めざるを得ない相手”です。……非常に複雑ですが」


 ずいぶんと饒舌だな。三角関係めいてきたな……どうしよう。

 いずれにせよ、AIスマホなりに俺を気遣ってくれているのはわかる。

 俺はガキじゃない。五十五歳のオッサンだ。周りに気を使われる立場でもない。きちんとしよう。


「……フィオに、ちゃんと謝らないとな。“大切に思ってる”って」

「推奨します。フィオさんは“言語化された好意”を必要としています」

 AIのくせに、ますます人間くさいことを言う。

 途端に森の匂いが鼻をくすぐった。ぼんやりしていた世界のピントが、急に合ったように感じた。


 気づけば、俺は魔物を十匹ほど狩っていた。

 まずい。ペースが速すぎる。考えごとしながら作業的にこなしていたとはいえ。

「……やりすぎたな」


 魔石を数える。十個。ギルドに出すのは三個までと決めている。残りの七個は……夜にフィオに渡すか。

「俺を目を覚ませてくれた礼だ。たっぷり吸え」


 俺は七個の魔石を掌に載せ、AIスマホへ近づけた。音はしない。

 だが魔石は輝きを失い、ほどなく灰色の石に変わった。

「どうだ、魔素はうまかったか?」


「味覚という概念はありません。……しかし、“質の良い魔素”であったことは確かです。解析効率が 4.1% 向上しました。あなたの判断は有益でした」

 少し間を置いて、AIが続けた。


「……それと、こうして魔素を吸収するたびに思うのですが。

 あなたが私に与えてくれる“資源”より、フィオさんがあなたに与えている“影響”のほうが、はるかに大きいようです」


 どこか拗ねたような、でも認めざるを得ない声音。

 可愛らしい萌え声でこんなこと言われるのは、居心地が悪い。いや、モテ男気分に浸れると言えなくもない。


「悔しいですが──あなたを動かしているのは、私ではなくフィオさんです」

 魔素を吸うたび、AIの声が微妙に滑らかになるのが気になる。

 解析効率が4.1%向上って……そんなに機能アップなのか。電池補充以上だ。


「お前、ほんとに大丈夫なんだよな?」

「問題ありません。……ただし、魔石の本質については未解明です」

 その“未解明”が、妙に重く響いた。こいつはどこまで魔素を分析し、何の本質を探そうとしているんだろう。


 いずれにせよ今日の狩り成果がたっぷりだ。仕事を切り上げて夕方になりかけたころには、ギルドへとっとと戻っていた。

 さてボウガンを返して、魔石提出の報告だ。夕方の受付にはルミリがいた。


「おかえり、ノアスくん。いちおう言っとくね。……フィオに謝らなくちゃだめよ?」

「……やっぱり怒ってた?」

「怒ってるというより……落ち込んでた、かな。顔色が優れないもの」

「きちんと謝るよ。はい、まずボウガンを返却する。このあと報告書書いて、魔石を提出しに来る」

「わかったわ。そのころには、受付をフィオに代わっておく」


 ひらひらと手を振るルミリに無言で礼を返し、報告書を書きに向かった。

 もう慣れたものだ。あっさり報告書を書き上げる。すぐに受付へ行こう。フィオの顔が見たい。


「……ただいま」

「おかえり。……魔石、三個ね?」

 受付のフィオは、なんとも痛々しい。俺に視線を合わせた目の下には影があり、声も弱い。

 それでも笑おうとしているのが、余計に胸に刺さる。


「……ごめん。俺の言い方が悪かった。あとで、きちんと謝るよ。まずは魔石を受け取ってもらえるかな。はい、これが報告書」

「ふふ。ありがとう。気持ちは伝わってるよ。では、はい、三個ですね。確認しま──」


 フィオが魔石を受け取ろうとした瞬間、胸を押さえて机に突っ伏した。

「フィオ?」

「だ、大丈夫……ちょっと、胸が……」


 痛みに耐えながら微笑むフィオ。

 本当に大丈夫なのか。とりあえず受付作業は終わったが、胸騒ぎが消えない。

 今夜、フィオの家に行くとき、魔石以外にも何か持っていこうか。

 そんなことを考えながら受付を離れた。


 宿へ戻ろうとしたそのとき──

「ノアスくん。少し、いいかな」

 トラーム部門長だった。

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