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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
6章

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6-3 揺れる気持ちと、迫る影

 俺たちの分析は逆効果だったのかもしれない。

 トレッサの魔物分布が異常値だと“明らかにしてしまった”のは、失敗だった。そのあと、ギルドの空気は目に見えて変わってしまった。


 受付の奥ではひそひそ声が増え、書類を運ぶ職員の足取りも妙に浮ついている。

 トラーム部門長は黙り込み、俺たちが作った書類をじっと見つめていた。


 これからどうするか。判断には情報が足りない。だから落ち着かない。

 トレッサの異常値は特異点なのか。一時的か継続的か、加速か収束か。その影響はオルベンまで波及するのか──考える切り口は山ほどある。

 だからこそ誰もが考えをまとめられず、不安が空気の粒子みたいに漂っている。


 ……だけど俺自身は、正直そこまで興味がない。それが本音だ。

 トレッサへの冒険に心沸き立つより、まずは足元の生活を安定させたい。そっちの保守的な計画のほうが、どうしても気になってしまう。


 別に家をもって平穏無事な生活をしたい、なんて一足飛びには考えない。……フィオと暮らしてみたい、とは思うけどな。

 でもそんなの、根無し草どころかその日暮らし真っ只中の俺が言えるはずもない。ヒモにしてくれって頼むようなもんだ。


まずは貯金だ。先立つものが欲しい。せめて一か月分くらいの生活費は貯めたい。

 その金を掴んで……どうするかね。フィオとの関係を深めるか、それこそオルベンから他の町に移動するか。ならば、なにはともあれ路銀を貯めねば。

 あとは交通機関だよなあ。歩いていける距離でもないし。バイクはもとより自転車すら、この町にはない。あるのは馬車だけ。


 余計なことを考える前に、まずは地に足をつけよう。

 俺自身の方針は、生活安定を目指し、森とギルドとフィオの家──この三点セットに絞った。

 生活基盤なら森とギルドだけで良いだろ、とは言わないように。フィオという、俺の心の潤いもいるのだよ。


 そりゃあルミリさんとも話してて楽しい。でも誰でもいいってわけじゃない。

 俺はやはり、フィオが良い。

 ……グダグダほざいてないで、本人に言えよって話だな。五十五歳児にもなって、なにを青春してるんだ、俺は。


 えい、頭を振り払おう。

 俺はボウガンを構えなおした。そう、俺は今、森にいる。

 今朝がたのフィオとの会話から、どうも考えがまとまらなくなっている。


「……トレッサ、行ってみたいなあ」

 ギルドの受付に座ったフィオは、俺にボウガンを手渡しながら、ぽつりとつぶやいた。

 その声は、いつもの明るさよりわずかに陰っていて、俺の耳の奥に引っかかった。

「あれ、もうオルベンの森って調査完了って感じ?まだまだ行ってない奥もあるのに。それこそ谷に向かって、さ」


「それは、もちろんそう。オルベンの森の調査が完了なんて言えない。

 だけど、あなたや“声”さんが作った資料がどうしても気になるんだ」

 フィオの声は、好奇心と不安が半分ずつ混ざったような響きだった。

 その目は地図の向こう側──まだ見ぬトレッサの森を見ているようで、瞳の手前には、俺の姿を探しているようにも見えた。

 勘違いとかいうな。たぶんフィオは、俺を頼りにしている。


「トレッサの異常値がオルベンにもたらす、悪影響を気にしてるのかな?」

「解析します。トレッサの異常値がオルベンへ波及する確率は、現時点で18%。

 ……ただし、フィオさんが“気にしている理由”は統計的要因よりも、ノアスさんの動向への関心が優位と推定されます」

 ほほう。AIスマホよ、たまには興味深いことを言うじゃないか。フィオが俺に関心?ほうほう。


 フィオは一瞬目を見開いたが、すぐにパッと表情を引き締める。

 「仕事仕事、今は仕事中」って心の声が聴こえるようだ。とりあえずAIのセリフは無視らしい。可愛いな。


「で、異常値より俺が気になる、と」

「ぶつよ」

「補足します。フィオさんの“ぶつよ”発言は、ノアスさんへの過剰接近を第三者に指摘された際の防衛反応と推定されます。

 ……なお私が指摘した場合に限り、反応強度が1.8倍に上昇する傾向があります」


「思い切り、胸をぶん殴りたくなるね」

 フィオは半眼でAIスマホが入ってる俺の胸を睨みつけてきた。俺には危害を加えないでくれたまえ。話題変えるか。

「で、フィオはトレッサに行きたいって話だったね」


「え?……あ、そ、そうね。……だって、あれだけデータが欠けてるんだよ?何かあるに決まってるじゃない。

 とはいえ、そうそう気軽にも言えないね。もうギルドの出張なんて、珍しい奇跡が起こらないだろうし」

「休みとって旅行ってのも無理かな」

「え、旅行って何?」

 そこからか。オルベンはそもそも村から出ないで生活する人たちが残ってる町らしいからな。


「仕事を辞めて移住なんてできないしね……」

 フィオは言いながら、視線をそらした。その横顔は、どこか寂しげだ。

 ああ、これは理性や使命感に燃えた“研究者の顔”じゃない。もっと感情的な想いのようす。

 絞り出すように、フィオが小さな声を出した。


「ノアスは……行きたくないの?」

「いや、馬車酔いが嫌だから行かないよ」

 軽口のつもりだった。ところがフィオは目を見開く。


「それが理由……なんだ」

 微かに呟き、ふっと俯く。胸を押さえて黙り込む。

 あれ……?変なこと言ったか、俺。


「ノアスくん、フィオをいじめたらダメだよ」

 すうっとルミリが会話に加わってくる。

「ちょ、ちょっと外すね。ルミリ、少しここをお願い」

 フィオは立ち上がり、奥へ行ってしまう。ルミリの返事すらも待たずに。

 やばい。何か根本的に俺は言葉足らずだったみたいだ。


「あれ?フィオってば……いったい、何の話してたのさ」

 ルミリはいぶかしげな視線をフィオの背中へ投げた後、じろりと俺を睨んできた。

 いや、ただの軽口だったはずだけど。

 とりあえず、もごもご言って俺はごまかした。そのままギルドを出て、森へ向かってしまう。


 道々、ずっと考え続けてみた。しかし千々に思いが乱れる。

 フィオはどうしたいのか。たぶん、トレッサへ行きたいのは間違いない。向こうに引っ越しって大げさな話じゃなく、調査でしばらく滞在ってくらいだろう。


 でもなぜ俺を誘う? 一緒に行ってほしい……のは、うぬぼれじゃなく、期待してよかろう。ここんとこ、毎日のように夕飯を食べさせてもらってる仲だ。

 すると旅費みたいに実務的な心配か?まさか俺の馬車酔いにあきれてるってわけでもないよなあ。

 フィオはいったい、俺に何を求めているんだろう。


 森へ向かう途中、ふと胸の奥がざわついた。

 あのときフィオは、胸元を押さえていた。あのしぐさは何だ。


 気のせいだろうか。……いや、気のせいであってほしい。

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