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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
5章

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【フィオ断章:その夜】

 ノアスは帰った。帰してしまった、のかな。ほんとは引き留めたくて……でも、はしたないよね。

 扉が閉まる音がして、足音が遠ざかっていく。その瞬間、胸の奥に火がついた。今すぐドアを開けて呼び止めようとして……こらえた。そんな関係じゃない、まだ……まだ?


 さっきまで一緒にいたのに。ほんのさっきまで、隣に寄り添って話していたのに。

 彼がいなくなったこの家は、なんだか空っぽ。

 どうして、こんなに静かなんだろう。さっきまでの部屋の暖かさが、急に冷え切っていくみたい。


 ……だめだ、意識しすぎ。


 机の上には、魔素が抜けたはずの三つの魔石くず。“声”さんの解析結果が、頭の中で何度も繰り返される。


 ──魔素濃度、微増。


 そんなはず、ない。魔素が抜けた魔石は、ただの石。教団の教本にもそう書いてある。

 私がこれまで観察してきた感覚でも、そう思っていた。


 でも、目の前の石は……生きているみたい。気のせいかなあ。

 こんなに魔石を身近に置いたこと、今までなかったから。気づかなかっただけ?


「……やっぱり、変だよね」

 指先でそっと触れると、かすかに温かい気がした。気のせいだと思いたい。でも、違う。


 さっきノアスに伝えたかったこと、全部伝えたよね。

 森の様子、わかっていること、わからないこと。深い谷の話。他の町との違い。

 調べてほしいこと、魔石の扱い、そして……もう一度家に来てほしいって頼んだこと。


 ……全部、大切なことばかり。でも、肝心なことは言えてない。


 ノアス。気づいてる?

 あなたの顔を見て話してると、研究の話をしてても胸の奥がじんわり熱くなる。


 彼が渡ってきて、そんなに時間は経ってないのに。

 わたしがどれだけ、彼を頼りにしているか。

 どれだけ、彼と一緒に調べたいと思っているか。


 ……いや、違う。調べたいだけじゃない。“そばにいたい”んだ。


 最初は軽くからかってるつもりだった。

 こんな気持ち、研究するなら邪魔にしかならないのに。

でも、抑えられない。


 ノアスが渡って来てから、いろんな“当たり前”が揺らぎ始めている。

 魔石の再吸収。森の奥の魔素の乱れ。ミルダンの湖の揺動。

 そして──わたしの波長と“声”さんの共鳴。


 胸の奥がざわつく。怖い。でもそれ以上に、知りたい。


 ノアスが帰る前、「また明日、よろしく」って笑ったとき、胸がぎゅっと締めつけられた。

 あの笑顔、ずるい。あんな顔されたら……でも、期待していいのかな。


 たぶん私はノアスより五つくらい年上。

 がつがつと彼に想いを寄せていいのかなあ。

 若い子のほうがいいよね、きっと。ルミリみたいに、明るくて、可愛くて、誰にでも笑顔を向けられる子とかさ。


 ……ルミリがノアスに話しかけるたびに、胸がちくっとする。

 あの子の笑顔がノアスに向くと、どうしようもなく落ち着かなくなる。

 こんな気持ち、初めて。


 ノアスは私のこと、どう思ってるんだろう。

 ただの年上のギルド職員?それは、あまりにも寂しすぎる。

 距離を思い切って詰めたら、どぎまぎする様子が可愛い。だけど平然ともしてるんだよね。

 女の子に慣れてるのかな。よくわからない。

 あれは、私に対してだけ?それとも女の子に対してなら誰でもああなの?


 ノアスの落ち着きが、時々シャクにさわる。もう何度も家に呼んでるのに。わかってるのかな、その意味を。

 それとも少しくらいは、私を大切に思ってくれてるのかな。


 ……だめだ、この考えは終わりがない。研究者らしく、冷静に考えないと。


 湖の揺らぎ。うっすら光った魔石。“声”の分析。オルベンとの違い。

 考えなきゃいけないことは、たくさんある。


 ノアスが帰ったあと、部屋の静けさの中で、その確信がじわじわ強くなる。

 たぶん“声”は変わってきている。


 彼は気づいてないみたいだけど。

 “声”は、何かを吸収している。魔素なのか、揺らぎなのか……

 それとも、もっと別の何か。


 あの女の子の声で喋られると、ノアスに想いを寄せてるんじゃ、って思うときもある。


 “声”は彼にだけ反応が柔らかい。

 私に対しては、どこか刺々しいときもある。

 まるで……私を牽制しているみたいに。


 “声”を女の子に変えたのは、私と話してた時だし。

 悔しいから言ってあげないけどさ。


 最初の“声”はノアスの分身みたいだった。感情に左右されない、もっと冷静な“声”。

 でも、あのとき──彼の背中をさすった私を止めた“声”は、まるで彼が気になってる女の子が横にいたみたいだった。


 ……ねえ、ノアス。

 あなたは気づいてる?

 私が、あなたに心を開いてしまっていること。

 あなたの前だと、孤児だったことまで、軽々しく口にしてしまったこと。

 誰にも言わなかったのに。ルミリも、トラーム部門長も知らないはず。


 孤児院で育ったわたしには、家族の記憶も、血のつながった相手もいなかった。

 空っぽな毎日だったのに、なぜか魔石には興味があった。ギルドに勤めて、どんどん魔石に惹かれていった。

 魔石のことを知れば、自分のことも少しわかる気がして。

 だから魔石に関しては、怖くても目をそらしたくない。


「……ほんと、なんなの、あなた」

 気づけば笑っていた。不安と、期待と、どうしようもない気持ちが混ざった笑い。


 ……ねえ、ノアス。

 あなたは、どう思ってるの。私は、あなたにとって何なんだろう。


 彼はは明日から森に行く。谷の手前まで行って、魔石も集めてきてくれる。

 わたし一人じゃ絶対にできないことを、あの人は当たり前みたいに引き受けてくれた。


「……頼るよって、言ってくれたし」

 胸がじんわり熱くなる。

 あの言葉は、ずるい。あんなふうに言われたら、期待してしまう。でも──


「……絶対、無茶しないでよ」

 誰もいない部屋で、そっと呟いた。届かないのに、届いてほしい声で。


 魔素の乱れの正体に触れるかもしれない。

 そして、わたしの波長と“声の共鳴も……もっと強くなるかもしれない。


 怖い。でも、進まなきゃいけない。

 だって──

「……一緒にいたいんだもん」

 小さく、小さく呟いた声は、湯気の消えたカップの中に吸い込まれていった。

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