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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
5章

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5-10 森の地図と、谷の話

 フィオが新しいお茶を淹れて戻ってきた。湯気の立つカップをそっと置き、俺の横に腰を下ろす。こんども距離は近いまま。肩がそっと触れている。

 広げなおした地図は、細い線が幾重にも走り、素人目にも「ただの趣味」では済まない密度で描き込まれている。


「あらためて、まずは森の説明からするね。ノアスは、森の手前でしか狩りしてないでしょ?」

「まあ、そうだな。奥に行かなくてもどんどん狩れるし」

「あの森は広いの。とにかく広いの」


 フィオは指先で地図をなぞりながら、淡々と、しかし熱を帯びた声で続けた。

「オルベンから森の入口までは歩いて一時間半くらい。でも、そこからまっすぐ突っ切ろうとすると──そうね、十日はかかると思う」

「十日!? そんなに?」

「広いのもあるけれど、森の中は歩きづらいの。道もないし、渡れない谷がある。

 結局ぐるっと迂回する必要があるから、だれも森を突っ切ったりしない。商人も森の中に道を通そうとしないのよ。利点がないから」


 フィオは地図の西側を指差す。指先が震えているのは、興奮か、それとも不安か。

「オルベンから西回りで馬車で二日くらい行くと、トレッサがあるの。

 そこから森沿いに半日ほど行くとラズナ。ラズナは森を挟んで、オルベンのちょうど向かいにある町」

「へえ……」


「ちなみに、オルベンの森って呼んでるのは、この地方だけ。他の町ではその地方の名前をつけて森って呼ぶみたい。トレッサの森、とか。同じ森なのにね」

「ミルダンの森とこの森は別物なんだよな?」

「うん。ミルダンの森はここから見たら、逆方向。魔素の流れも違うし、地形も違う」


 そこでフィオは、声を落とした。

 地図の中央──黒い線で描かれた“裂け目”に指を置く。

「……でね。オルベンの森をまっすぐ進むと、深くて長い谷があるの」

「谷?」

「うん。ここ」


 黒い線は、まるで大地が裂けた跡のようだった。

「この谷は魔素がすごく強いって。普通の人は近づくだけで気持ち悪くなるって聞いた。だから誰も行かないし、詳しいことはわからない。わたしも行ったことない」

「そんな場所があるのか……」

「あるの。そして不思議なのが、この谷を挟んで、魔物の分布が違う。

 ラズナから見たラズナの森は、ウサギ魔物だけじゃない。危険な魔物も出るらしい」


 なんともはや。谷が自然の分岐線になってるのか。

 ……いや、本当に自然なのか? それも確かめてみたい。


「トレッサもそう。同じ森なのに、町によって出る魔物が違う。これがあの森の、一番の謎。オルベンは特に保守的だからね。単に『近づくな』て言われてる場所」

「フィオも、そういわれて育ったんだ」

「えっと・・・孤児院でね。私、親がいないんだ。生きてるのか、死んでるのかもわからない」


「ああ・・・ごめん。不躾なことを聞いた」

 慌てる俺。そうか、そういう境遇だったのか。しまった。話題を変えないと。


「ううん、私が言ったんだもの」

 焦る俺の腕に手を伸ばして、袖をフィオはそっとつまんだ。またその距離感だ。でも、一気に空気が変わった。ありがたい。


「……でね、ノアス。できればその谷の手前まで行って、様子を見てきてほしいの」

「俺が?」

「うん。これはギルドの仕事として発注できると思う。魔素が無いあなたなら、他の人より安全に近づけるはず」


 魔素が無い──またその言葉だ。俺は苦笑するしかない。

「それとね、お願いがもうひとつ」

 フィオは机の上の魔石くずを三つ、そっと並べた。

 光の角度で、かすかに色が変わる。魔素が抜けているはずなのに、どこか生きているようにも見える。


「いろんな場所で魔石を取ってきてほしい。森の入口、かなり奥、ずっと奥……できれば谷の近くも。見比べたいの」

「なるほど」


 フィオはさらに身を寄せ、耳元に口を寄せてきた。吐息が触れて、背筋が跳ねた。

 俺の腕にフィオの柔らかいものが、かすかに触れた。何が、とは言わんが。

 

「それと……取った魔石は“声”さんに吸わせて。魔素が抜けた石を、こっそり持ってきてほしい。この家に」

「こっそり?」

「うん。禁止されてるから。魔素が抜けていても、森の魔石を保管することは」


 フィオは魔石くずを指でつまみ、俺のほうに差し出した。

「まずは、この三つを“声”さんにもう一度分析してもらって。前に調べてもらったときと、何か変わってるかも」

「了解。おいAI、頼む」


「解析します。三個の魔石くず──前回より魔素濃度が微増しています。

 推定原因:オルベンの町に漂う魔素、もしくはフィオさんの身体から発せられる魔素を吸収した可能性があります」


 その後もAIはべらべらと細かいことを言っていたが、耳に残らず滑っていく。

 フィオの反応のほうが気になった。

「……え?」

 フィオの目が大きく開いた。

 驚きと、興奮と、恐れが同時に浮かんでいる。


「やっぱり……魔石って、完全に魔素が抜けても、魔素を吸収するんだ……」

「それってリサイクルじゃないのか?」

 きょとんとした顔。ああ、言葉が通じてないな。俺は簡単にリサイクル制度について説明した。


「なにそれ……今までそんなこと、誰も考えてない。

 教団が提供する魔石も、期限が来たら捨てるから。そもそも教団からは定期的に交換せよって厳しく言われている」


「もったいないな……」

「もったいないどころじゃないよ。もし魔石が魔素を再吸収できるなら、魔石の価値が根本から変わる。根底から魔石の考え方がひっくり返るわ」


 フィオは興奮と不安が入り混じった顔で、俺の手をぎゅっと握った。

 その手は温かく、少し震えていた。


「……だから、ノアス。あなたの力が必要なの」

「解析します。フィオさんの“信頼度”が上昇しています。

 なお──“好意度”も連動して上昇しています」


「ちょっと黙ってて!!」

 フィオが真っ赤になってAIを怒鳴る。ぎこちなく頷いた俺だが、フィオの反応で肩の力がスッと抜けた。俺は笑い交じりに応える。


「……了解。明日から頑張るよ」

 そう言うと、フィオはほっとしたように微笑んだ。

 その笑顔は、今日いちばん柔らかかった。


「……ありがとう、ノアス。ほんとに」

 その声は、胸の奥をじんわり温めた。

 間違いなく、AIスマホの熱のせいじゃない。

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