5-8 ギルド報告
まだ頭の奥に馬車の揺れが残っている気がするが、なんとか歩ける。翌日、あらためてギルマスへ出張報告は俺とフィオだけで、なぜかカイラムがいない。
「カイラムさんは、別口で報告の段取りですって」
フィオも理由はよくわかっていないようだ。オルベンを拠点にしないカイラムは、俺たちとは別の扱いなのかもしれない。一度にまとめたほうが効率的だと思うんだが。
「じゃ、二人で楽しんできてね」
受付でルミリがひらひらと手を振る。苦笑しながら返す。
「ギルマスの報告で、何をどう楽しむんだ」
「補足します。ギルマスへの報告業務に“楽しさ”の要素は含まれていません。
ただし──フィオさんと二人で行動する場合、ノアスさんの心拍が平均より上昇する傾向があります」
「……いいかげんなことを」
「当たってると思うけどな、“声”さんの分析は。顔が赤くなってるよ」
そんなにわかりやすいか、俺? 頬を押さえる俺を見て、ルミリがけらけら笑う。
フィオも恥ずかしそうにしていた。そっちのフィオのほうに、グッとくるな。オヤジ臭いが、我ながら。
「入れ」
ギルマス室の扉をノックすると、いつもの低い声が返ってきた。
ギルマスは立ち上がり、横のソファを手で示す。低いテーブルを挟み、俺とフィオの向かいに腰を下ろした。
「ご苦労だった。まずは無事で何よりだ」
「ノアスは馬車で死にかけてましたけどね」
フィオがにまにまと余計なことを言う。
「いやあ、ひどい目にあったね」
「解析します。ノアスさんの馬車酔いは“重度”に分類されます。次回の乗車は推奨されません」
「いや乗れよ」
ギルマスが即座に突っ込んだ。……この人、AIの扱いに慣れてきてないか?
「さて、報告を聞こうか」
俺とフィオは、ミルダンでの出来事を順に説明した。森でのウサギ魔物の狩猟状況、湖に向かっての揺動。ミルダンの森は特筆なし、湖ではわずかな異変の予兆。
「ふむ、なるほどな。特に問題はなさそうだな」
ギルマスは満足げにうなずいた。あれ、湖の異変はそのままでいいのか?
尋ねる俺に、ギルマスはあっさり答える。
「それはミルダンの管轄だ。興味がないわけではないが、俺の立場で口出しはできん。 今回の目的は、フィオの懸念──ミルダンの異変がオルベンに影響するかどうかの確認だ。そこが重要だ」
言われてみればその通り。俺たちは冒険しに行ったわけじゃない。……でも俺、ミルダン側のギルドに湖面の揺動を報告してないな。やば。
「ノアス、わたしが報告してるから。心配しなくて大丈夫」
フィオが苦笑しながら言う。俺は本当に顔に出やすいらしい。
「で、ノアス。今後どうするつもりだ?」
来た。予想していた質問だ。
「しばらくオルベンで活動しますよ。魔石狩りを頑張ります。金を貯めたくて」
「旅立つ資金を稼ぐ、ということか?」
「うーん、何はともあれ……その日暮らしから抜け出したくて」
フィオが、ほっと息をついたのがわかった。
「……そっか。置いていかれるのかと思った」
「え?」
「べ、別に深い意味はないよ。あなたは馬車にまた乗らないといけないしね!」
「それは本気で嫌だ」
「解析します。フィオさんの安心反応を検出しました。ノアスさんが離れる可能性が低下したためです」
「どんな反応だ、それは」
「ちょっと黙ってて!」
フィオがほほを軽く染めながら、ぴしゃりとAIを黙らせようとする。
ギルマスは「なんだこのやり取りは」という顔をしていた。
「まあいい。オルベンで稼ぎたいなら、状況を説明しておく」
ギルマスは立ち上がり、デスクの書類をめくりながらため息をつく。
「まず、ギルドの事務処理を手伝ってほしい。ミルダンの書類処理を頼んだのは覚えているな。ノアスの処理の手際が良かった。
この間まとめた資料は町長が喜んでな。他の町との地区会議で町長の発表を見て、周辺の町も同様の処理を取り入れたいらしい」
「きりがないですね……」
フィオが肩を落とす。ずいぶんと評価してくれてなによりだ。俺よりAIのおかげだが。
「いいですよ。貰えるものさえ、きちんと頂ければ」
「出せる額は少ないが、他の町の仕事だ。報酬には色を付けるよう交渉しておこう。……それで、できるのか?」
「そうですね……」
「改善案を提示できます。例えば──電子化、スキャン、データベース──」
「待て待て待て!」
ギルマスとフィオが同時に止めた。
「……なにか考えがあるのはわかるが、わからん」
ギルマスが首を振る。いや、無理だろAI。設備が何もない。パソコンがないのにスキャンしてどうする。全部お前が読み上げるのか?
「ちなみに手は足りるか?フィオをべったりつけるわけにはいかん。他の仕事もある。ルミリと交代で手伝ってもらうか」
「ええと」
「私が何とかやりくりしますよ」
間を置かず、フィオが立候補してくれた。嬉しい。
「補足します。フィオさんを“やりくり要員”として固定化する案は、ノアスさんの作業効率および情緒安定度の向上に寄与します。
したがって──ルミリさんの投入より、フィオさんの継続配置が最適と判定されます」 よし、AI、よくぞ言った。ギルマスのニヤニヤした表情からして、完全に見透かされている気がするが。
「ちなみにオルベン町内の仕事に興味はないか? 畑の収穫期までは清掃、荷物運び、街の見回りなどがあるが」
「魔石集めより稼げます?」
「仕事ぶりにもよるが……どうかな。安全ではある。お前は魔石狩りが得意だが、普通は博打だ。一日一個取れるかどうかでは仕事として成り立たん。まあ、お前の判断次第だ」
やっぱりそうか……。別に地味な仕事も厭わないが、俺の場合は魔石で確実に稼げそうだから。あまり目立ちすぎないように、バランスを取る必要があるが。
ギルマスは話をまとめた。
「報告はわかった。ご苦労だった。もういいぞ。
焦らずやれ。お前はまだ来て一か月ぐらいだろう。無理に背伸びする必要はない」
「はい。地道にやります」
フィオが小声でつぶやく。
「……勝手に、どこにも行かないでよ」
「行かないよ」
「記録します」
「記録しなくていい!」
ギルマス室に笑いが広がった。
よし、金を貯める。まずはそこからだ。




