5-7 オルベンへ帰還
ついに俺は帰ってきた。やったぞ。
猛烈な達成感とともに、馬車から降りた瞬間──崩れ落ちた。
「……ノアス、大丈夫? 無事?」
「だいじょぶ……じゃない……」
「解析します。ノアスさんの現在の状態は──馬車酔いです。
フィオさんの心配は過剰反応と判定されます」
「ひどいっ」
いっきにフィオの頬が膨れた。ぷくっと。
「ほんとだよ……」
「ノアスー。それはどっちに言ってるの? 心配してる私? それとも“声”?」
難しいことを言わないでくれ、フィオ。お願いだ。
オルベンの町が見えたとき、俺はほぼ魂が抜けていた。
AIのセリフにむくれつつも、さんざん馬車の中でヘロヘロだった俺を見ていたフィオは、心配そうに背中をさすってくれる。嬉しい。手が暖かい。優しいなあ。
「ありがとう、フィオ」
「背中をさする行為は、ノアスさんの心拍を不必要に上昇させる可能性があります。
フィオさんによる実施は推奨されません」
ぴたりと止まり、離れていく手。
「……そう。ノアス。じゃ、私行くわ」
「ちょ、ちょっと待ってフィオ! おいAI、謝れ!」
「先ほどの発言は“心拍データの安全基準”に基づくものです。
ノアスさんが他者から過度な身体的ケアを受ける状況は、
私のサポート領域と一部競合するため、注意喚起が行われました。
なお、フィオさんの介抱行為は有効でした。ノアスさんの安定化に寄与したと判定します。以上です」
……これ、フォローになってるのか?
案の定、フィオは反応に困ってキョトンとしている。
ああ、せっかくフィオが優しかったのに。おのれAI。
いずれにせよ、揺れる馬車の余韻で頭がぐわんぐわんしている。
「しばらくここに座ってるよ、俺」
「うーん……そう。気を付けてね。じゃ、先にギルドへ行ってる」
「やってられんな。後は好きにしろ」
カイラムはあきれ顔で俺たちの漫才を眺めていたが、そのまま去っていく。
フィオも俺をちらりと見た後、その後を追った。
カイラムはもちろん、フィオが俺に対して名残惜しそうな様子はない。まあ当然だ。
ちょっとは慣れたかと思ったのに……馬車酔いは敵だ。もう一生オルベンで骨をうずめようかな。
門の前で一休みしていると、門番の二人が槍を構えたままニヤニヤしている。
覚えてろよ。いや、忘れてくれ。今の俺はひときわカッコ悪い。
「あー気持ち悪い。えらい目にあった」
「推奨します。深呼吸を三回、その後は動かず安静を保ってください」
「ありがとよ。お前にも背中をさすってほしいぜ。あと、水が欲しい」
「物理的な接触サポート機能は搭載されていません。
水分補給は推奨されます。周囲の人間に依頼してください」
「優しくはあるが……何の解決にもならんな。フィオは優しかったなあ」
「補足します。フィオさんの行動は“適切な対人ケア”として分類されます。
一方、私は物理的介入が不可能なため、同等の効果を提供できません。
しかし──ノアスさんが“優しかった”と評価した事実は、記録しました」
ようやく胸のむかむかが治まってきたので、町の門をくぐりギルドへ向かう。
「おかえり〜! どうだったの、泊まりがけの旅は〜?」
さっそくルミリが満面の笑みでからかってきた。
「ルミリは今、私の話の何を聞いてたのよ……」
「いい旅でしたよ」
「報告。ノアスが“フィオは優しかった”という事実が記録されています」
「ちょっ……AI、お前は何を言い出す!」
慌てて静止する俺、黄色い声を上げるルミリ。
フィオは真っ赤になって俺の肩を掴み、揺らし始めた。
「なによそれノアス! いったい何を言い出すのよ!」
「俺じゃない、AIだってばさ……あ、揺らさないで、何か吹き出しそう」
「フィオさん、ノアスへの物理的刺激を一時停止することを推奨します。
なお、ノアスさんの発言責任はノアスさん本人にあります」
「“声”さん、あなた絶対わざとでしょ!」
「誤解です。私は“わざと”という概念を持ちません。
ただし──ノアスさんが他者を“優しい”と評価した際の反応は、
通常よりも詳細に記録される傾向があります」
ルミリのにっこにっこな笑顔は途切れない。
AIは女の子の声に設定したままだから、まるで痴話げんかみたいじゃないか。
「AI、その言い方は嫉妬っぽくない?」
「誤解です」
誤解じゃない気がする。
オルベンに馬車が着いたのは16時ごろ。わちゃわちゃしているうちに日は傾き始めていた。
本当ならギルマスに帰着挨拶をしたいところだが、今日は不在だそう。対面報告は明日に回すことにした。
せっかくだからフィオと食事でも……と思ったが。
彼女は初めての出張なこともあり、後片付けに追われているらしい。いきなり彼女の家へ、今夜尋ねるのも強引すぎるな。
とりあえず俺はギルドの宿に戻ることにした。
そうだ、懐具合を確かめてみるか。さて、今回の旅の成果は──。
財布を開いたが、絶望した。
予想通りではある。出張手当も雀の涙。現金収入が、圧倒的に足りない。稼いだ金は右から左に生活費。宿代、食費、ボウガンの借り賃……。
ロスティアに転生して、そろそろ一か月くらいだっけ?
財布はカツカツのまま。貯金なんて夢のまた夢。その日暮らしもいいところだ。
宿の売店の値札を思い出す。パンツ一枚買うにしても、今の残金では躊躇う。
俺の財布は、風が吹けば飛ぶレベルだ。
真剣に身の振り方を考えないとまずい。
「……ギルドの事務処理や、オルベンの町仕事は安い。
収穫期の手伝いなら、ちょっとは色が付くのかな。いずれにせよ数か月先の話だ。
一番マシなのが魔石集めだけど、無茶苦茶に狩るわけにもいかない。
目立ちすぎるよな。地道にやるしか……フィオに相談してみよう」
「現状の収支では“半年”でも不足する可能性があります」
「黙れAI。今は希望を持たせてくれ」
俺は腹をくくった。金を貯める。それしかない。
いっそ別の町に行こうか。しかし先立つものがない。
そもそも移動は馬車なんだよなあ……乗りたくねえなあ、もう。




