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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
5章

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【カイラム断章:その夜の報告】

 ミルダンの夜は冷える。湖が近いせいだろうか。

 ギルドの灯りが背後で揺れ、俺の影を前に長く伸ばしていた。


 ギルドには「異常なし」とだけ報告した。ギルマスにも同じだ。

 フィオとノアスは無難に任務を終えた──そう伝えておいた。


 シカ魔物は普通にいたし、山の魔素濃度も平常。

 オルベンの“ウサギ魔物しか出ない”という異常も、今回も変化なし。

 だが、問題はあの湖だ。


 ノアスが近づくと、湖面が揺れた。

 あれは魔素の濃い人間が近づいたときに見られる現象に似ている。

 だが、あいつは魔素が皆無のはずだ。フィオもそう言っていた。


 魔素ゼロの人間が、魔素を揺らす?

 そんな馬鹿な話があるか。

 現に魔素の薄い俺ですら、湖面に影響を与えられなかった。


 ギルド横の古い石段を降り、教団の事務所へ向かう。

 受付には誰もいない。奥の扉を抜け、二階へ。

 厚くもない扉を軽く叩いた。


「カイラム、参りました」

 すぐに返事があった。

「……報告を」


 中には教団の男が一人。机に向かい、今夜もフードを深くかぶっている。

 顔は見えない。昨夜と同じだ。

「山は異常なし。魔獣の動きも通常。……ただし」

「ただし?」

「湖で妙な現象がありました。ノアスが近づくと、湖面が揺れた」


 男の手が止まった。だが顔は上げない。

「ノアス本人に不審な点は?」

「ない。同行のギルド職員によれば、やつの魔素は皆無だと」

「……“声”は、聞こえなかったか?」


 その言葉に、俺は眉をひそめた。

「声? 何の話だ」

「聞こえなかったのなら、それでいい」


 話を逸らされた。いつもそうだ。

 肝心なところは決して明かさない。

 この一線を引かれる感じが、どうにも気に食わない。


「教団が警戒しているのは渡り人のはず。なぜノアスを調べろと言わない。なぜ“声”などという曖昧なものを気にする」


 語気が少し強くなったかもしれない。

 だが、反発心を悟られぬよう努めた。


「……観察すべきはノアスではない」

 男はゆっくり顔を上げた。

 フードの奥の禿頭と、底光りする目が俺を見た──いや、俺ではなく、もっと遠くを見ているようだった。


「“声”を発するものは、別にある」

「別……?」

「ノアスの持つ“異物”だ。あれは、この世界の魔素に反応するかもしれん。

 だとすれば、お前が見た揺らぎはノアスではなく──あれの影響だ」


 あの板のことを言っているのだろう。ノアスは“AIスマホ”と呼んでいた。

 そんなわけがあるか。板が魔素を出す?馬鹿げている。

 魔素は生きた人間が発するものだ。

 ……俺も、生きている。なのにあんな板切れが魔素を揺らすなど、受け入れられるはずがない。


「あの板が、魔素を揺らすだと?」

「断定はしない。ただ、観察は続けろ。渡り人よりも、あれのほうが危険だ」

 渡り人よりも。ノアスよりも。俺は拳を握った。

「……納得できませぬ。なぜノアスではない。なぜ渡り人を放置する」


「理由は話せない。お告げはすべてを明かせない。お前はオルベンに戻って任務を続けよ」

 まただ。また、何も教えない。

 俺は一礼して、踵を返した。もういい。

 俺は俺の判断で動く。俺は、生きているのだから。


 扉を閉めると、夜風が頬を刺した。

 遠くで、ミルダンの鐘が鈍く鳴っている。


 ノアスは魔素を持たない。

 だが湖は揺れた。

 そして──“声”。


 教団は何を恐れている。何を隠している。

 空を見上げる。雲の切れ間から細い月が覗いていた。

「……あれが危険、ね」


 ノアスの持つ、あの黒い板。あれが世界を揺らすというのなら──

 教団が恐れるほどの存在だというのなら。


 俺は、あののんきなガキをどう扱うべきか。監視すべきか。距離を置くべきか。それとも──。

 酒を飲む気も失せた。

 答えの出ないまま、夜は深まっていった。

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