【フィオ断章:揺れる魔素、揺れる心】
明日、ミルダンへ行く。初めてだ。オルベンの外に出るのは。
そう思うだけで、胸の奥がざわつく。
怖いのか、楽しみなのか、自分でもよくわからない。
私一人だったら、絶対に行かなかったろう。どんなに知りたくても。
これも、ノアスのおかげ。
ノアスと話していると、研究のことも、町の噂も、カイラムさんの監視も、全部どうでもよくなる瞬間がある。
あの人は、私の考えを否定しない。危ないって心配しつつも、ちゃんと話を聞いてくれる。
それが、嬉しい。
……嬉しい、なんて。
私は彼のことを、どう思っているんだろう。弟分?
でも、ときどき妙に大人びていて、びっくりする。
今日、ノアスが言った。
「明日、楽しみにしてる」
その一言が、胸の奥に残っている。
あいつは平気でああいうことを、するっと言うからずるい。
あの若さで、妙に落ち着いてる。もっと普通は、どぎまぎするもんじゃないの?
私は、どうなんだろう。
ノアスと一緒にいると安心する。研究の話も、ギルドでも。家で話してたときも。
全部、心地いい。
……これって、どういう気持ちなんだろう。
いやいや、それよりも魔石のことを考えよう。
魔石の脈動。
内部構造。
魔素の揺れ。
ミルダンの森には、ウサギ魔物が出るって書類にあった。
湖のほうにも行ってみたいけど……距離があるし、無理かな。
二泊なんてしたら、ギルマスに怒られそうだし。
とにかく、魔素の揺れを確かめたい。オルベンと違う“何か”があるはずだ。
ずっと一人で考えていたことが、ノアスと“声”のおかげで、急に形を持ち始めた。
あの“声”は、私の思いの先を、答えを拾い上げてくれるみたいに。
でも、最近の“声”……なんだか変じゃない?
ノアスに対して、妙に刺々しい。「……別に」とか、「無防備すぎます」とか。
魔素の影響? それとも、私の気のせい?
ノアスは「AIが嫉妬してる」と冗談めかして言っていたけど、そんなはず……ない、よね?
ノアスは、どう思っているんだろう。
オルベンのこと、ギルドのこと、ミルダンのこと、私の研究のこと。
そして……私のこと。
ノアスは、ミルダンでどう動くんだろう。
あの人は魔素が無いから、魔獣を引き寄せる。
それは危険だけど……調査には役立つ。
明日、馬車の中でカイラムさんと何を話せばいいんだろう。
カイラムさんは、きっと私を守ろうとする。ちょっと下心が透けるけど。
研究の話はできない。魔素の話もできない。
町の噂も、ルミリの話も、絶対に避けたい。
……あ、ルミリ。
あの子は、ノアスにずいぶん気やすいよね。
確かに私よりちょっと、ちょっとだけ若いから親しみやすいのはわかるけど……なんか、むっとする。
私、こんな気持ちになるんだ。知らなかった。
ノアスは、私のことをどう見ているんだろう。
研究仲間? ギルドの同僚? それとも……。
私は気軽に人を家に呼ばないんだぞ。
オルベンで男の子を家に呼ぶってことは、どういう風に見られるかわかってるのかな?
考えても答えは出ない。
でも、明日一緒にミルダンへ行く。まずは、そこから。
魔石について、もっと知りたい。
ミルダンの森は、どんなところなんだろう。
全ては、明日から始まる。
怖い。でも、楽しみ。……さあ、寝なきゃ。
その両方を抱えたまま、私は目を閉じた。




