4-8 夜の訪問と、次の目的地
その夜、俺は一人でオルベンの町を歩いていた。ギルド近くの飲食店では、仕事終わりの住民たちが酒や食事を楽しんでいるが、五分も歩けば途端に静寂が戻る。
昼間の勤勉さがそのまま夜にも反映されているのか、余計な寄り道をする文化がないのだろう。前にフィオと二人で歩いたのは、確かにうかつだった。あれでは変に勘繰られても仕方がない。
もちろん今夜は夜這いじゃない。……いや、誰に言い訳してるんだ俺は。
とにかく、周囲を見回しながらフィオの家へ向かった。街灯という文化はなく、月明かりと家々の隙間から漏れる灯りだけが頼りだ。だが道幅が広く、迷いづらいのは助かる。
覚えていたフィオの家に着き、ノックすると扉がそっと開いた。
「待ってたよ。どうぞっ」
部屋着のフィオは、昼間より柔らかい雰囲気をまとっていて、思わず視線の置き場に困る。案内されたのは前と同じ小部屋で、生活空間までは入れてくれないらしい。まあ、穏当だな。
「いくつか、追加でAIに覚えさせたいことがあってね」
机の上には魔素が抜けた魔石が三つ並べられていた。
「じゃあ、言って。俺がまとめて口頭入力するよ」
フィオが魔石の特徴を語り、俺がそれを要点にしてAIへ音声入力する。ひとしきり終わると、自然と魔石の分類談義に移った。
「AI、さっきの分類の続き。内部構造の違いって?」
「了解。魔石の内部構造は“層状・粒状・網目状・渦状”の四系統に大別され――」
「ちょ、ちょっと待って。そんな分類、初めて聞いたよ。詳しく知りたいな」
フィオが慌てて手を振るが、AIは淡々と続ける。
「さらに“魔素流動の周期性”を加えると、分類は二十四に拡張されます」
「おいAI、なんで拡張まで」
「学習により、分類は随時アップデートされます」
「勝手に増やすな……」
俺がため息をつく横で、フィオは目を輝かせていた。
「すごい……こんな視点、今まで考えたことなかった」
その言葉に、AIの画面が一瞬だけ明滅した。フィオの声に反応したようにも見えたが、俺は深く考えなかった。
***
そのあとも、あれこれフィオと魔石分類の話を深めた。バレたらまずいのでメモを取れないフィオは悔しそうで、ときおり目を閉じ、ぶつぶつ言いながら頭に両指をあてている。
頭へ叩き込もうとしているらしい。無邪気ながら真剣な姿勢が良いな。
その横顔をまじまじ見つめていたら、ふと視線が合った。フィオが顔をほんのり染め、勢いよくそらす。ごめんね、照れさせて。俺も何も言わず、そっと視線を外した。
AIの説明が一息ついたところで、フィオがぽつりと言った。
「……ミルダンに行ってみたいな」
「ミルダン?」
「うん。魔物の発生が少ないはずの場所。でも、ノアスのAIは“違う”って言ってたよね。確かめてみたい」
たしかにAIは以前こう言っていた。
『ミルダンはオルベンと同等の魔物分布に加え、ウサギ魔物以外にシカ魔物の発見報告が七件あります。報告母数は二一件です』
オルベンから馬車で一日ほどの距離。近いのに魔獣分布が違うのは、フィオの感覚だと奇妙らしい。
「ならさっそく、ミルダン行きの馬車へ乗る日を決めようか」
「ちょっと待って、気が早すぎるよ。移動だけで往復二日かかるし、休みも取れるかわからない。向こうで泊まるのも必要かな。お金もいるし……うーん、すごく知りたいのに」
「出張は?」
「しゅっちょう……? 何それ」
「職場以外の場所へ、仕事で行くことだよ」
「へえ、そんな考えってオルベンのギルドで聞いたことない。ギルマスくらいだもの、別の町に行く人って。……でもそれって、いい案かも。
ギルマスから指示を貰う必要あるね。まず部門長を通さないとダメかな。でもあの人、頭が固いしなあ……」
「なるほどね。AI、なにかフィオの上司を説得する案がないか。煙に巻いてギルマスに直接フィオが言える方向で」
「推奨。ギルマスには“オルベンが不安定になる危険がある。魔素流動の周期性の再検証が必要”とだけ伝えてください。詳細を尋ねられた場合は『説明には三時間必要です』と返答すると、上司は詳細を聞くことを避けます」
ふむ。俺はAIの案を検討する。フィオは理解できずにきょとんとしていたが、その表情がまた可愛い。……いや、今は集中しろ俺。
「魔素の研究と取られたら逆効果だ。それに詳しく聞かれたときに、パッと言う設定がいるな。
転生前世界の知識を活用して、難解だけど簡潔な説明の冒頭文を二行くらい出してくれ。それと、フィオに覚えてもらうのは無理がある。俺が自然に補佐できる案は?」
「了解。以下の二行を推奨します。
一行目:『魔素流動の周期性は、非線形振動系における準安定解の逸脱を示しています』
二行目:『特に局所的魔素密度の勾配変化が、位相遅延を伴う異常値を形成しています』
補佐方法も提示します。フィオさんには“専門用語の意味は理解しているが、説明はノアスに任せている”という立場を取ってもらうのが最適です」
なるほど。何とかなりそうだ。
「フィオ、ついてこれてる?」
「え? 何を言ってるか、まったくわからないよ」
ぐるぐる目を回すフィオに、俺は丁寧にAIの案を説明し直す。最初は戸惑っていたが、しばらく話すと納得顔になった。
「なるほどね。ノアスはよくこんなこと思いつくね。渡り人ってすごいな」
いやいや、それほどでも。AIのおかげなんだけどさ。それは言わないぞ。
「じゃあ、また明日だね。よろしく。もう今夜は遅いし」
……ええと、泊めてもらえるとか、そういうムフフな展開は……無いのね、はい。




