4-4 ざわつくギルドの空気
今日も今日とてギルドへ行こう。そろそろオルベンの町でやる仕事も、一度は受けてみようかな。魔石の研究に先立ち、町の雰囲気も知ったほうがいいかも。
そんなことを考えながら、宿からギルドへ通じる廊下のドアを開けた。
……ん? なんだ、この空気。
渡り人ってことで物珍しげな視線を浴びるのはいつものこと。だけど今日は、ちょっと違う。
静かだが雑然とした雰囲気じゃない。ひそひそ声が、妙に耳に刺さる。
「……フィオさんの家……」
「……渡り人が……」
「……え、早くもそういう関係……?」
なんだなんだ。何があった。
「ノアス」
背後から、低い声。振り返ると、カイラムが壁に背を預け、腕を組んで立っていた。
視線が、荒々しく突き刺さる。
「正直に言え。昨夜、お前はどこにいた。何をしていた」
いきなり核心かよ。もうバレたのか? いくらなんでも早くないか?
「え、昨日はフィオの家で……」
「認めるんだな。フィオの家にいたと。何をしていた、言え」
いやいやいやいや。なんでそういう方向に行くんだ。
「いや、別に……ちょっと話を――」
「ほお。話だけ、だと? それでごまかされると思ってはいまい」
カイラムの眉がぴくりと動いた。しまった、言い方が悪かった。
「ずいぶんと手が早いじゃないか、ん?」
勢いよく壁から身体を起こし、額が触れんばかりの距離まで迫ってくる。
……何を言ってるの?
彼の肩越しに、ルミリが口に手を当てて小さく歓声を上げた。おい、楽しむな。
「だから、そんなんじゃないって……」
フィオがくたびれた顔で肩に手を置き、ため息をつく。
「でも、そういうことなんでしょ? カイラムさんからのお誘い、全部断ってたのに」
「いい身分だな。もう一夜を過ごしたというわけか」
……何を誤解しておられる?
なんとなくわかってきた。いきなり色っぽい誤解をしてそうだな。高校生じゃないんだから。
娯楽がないと、こうまでゴシップに敏感なのか。
「とはいえ、やましいことは別に――」
さあて、どうごまかすか。
「ノアス、昨日の行動ログを参照しますか?」
「ん? 何を言いだす気だ。黙ってろ」
「了解。では、昨日の“魔石の脈動に関する議論”は――」
「黙れって言ってるだろ!!」
ギルド内が静まり返った。
カイラムは、ゆっくりと俺を見た。
「……魔石の、脈動?」
ああ、終わった。
「補足します。昨日の研究行為は“限定的に安全”と判断されます。
魔石の内部構造に踏み込む理論は、教団の監視対象となる可能性があります」
「黙れって言ってるだろ……」
もう遅い。
嫉妬で睨んでいたカイラムの目が、完全に冷え切った。
「……後で、詳しく話を聞く。覚悟しておけ」
「ちょ、待てって!」
そのままカイラムは素早くギルドから出て行った。俺の静止の声は、当然ながら全く届かない。
ギルド内の雰囲気も、すっかり醒めていた。さらに静まり返り、身じろぎの音すら聞こえそう。
ルミリはいつのまにか目を背け、机に座って仕事のふり。さっきまでの桃色な空気は跡形もない。
フィオは青ざめ、口を両手で覆っていた。
職員の一人が、ギルマスの部屋に向かうのが見えた。
「ああ、もう……展開が早すぎるよ、何もかも。何てこと……」
フィオが呟き、椅子の上に崩れ落ちる。
俺は茫然と立っていた。いったい、なんてことを。
しばらくして、フィオと俺はギルドマスターに呼び出された。
ギルマスは机に肘をつき、深いため息をついた。
「……ノアスくん。フィオ。座ってくれ」
嫌な予感しかしない。
「魔石研究、とは何だ」
フィオがびくっと肩を震わせた。俺は慌てて弁解する。
「いや、違いますよ。研究ってほどじゃなくて……ただ、話を……」
「話でも、まずいんだ。ノアスくん、まだピンと来てないかもしれない。ここでは魔石について突っ込んだ話をするのは、教団が最も嫌う領域なんだ。
このあと、どうなるかは俺にも読めない」
ギルマスの声は怒ってはいない。ただ、重かった。
「フィオ、お前は優秀だ。だが、教団に目をつけられたら終わりだ。
ノアスくん、あなたも。ここに現れて、渡り人の知識でギルドに新しい風を吹かせたことは、感謝している。
しかし渡り人は、時に危険分子と扱われる。わかってもらえるだろうか。この町は、変わることを望んでこなかったんだ」
フィオが唇を噛む。俺は何も言えなかった。
「……しばらく、魔石の話は控えろ。ギルドの中でも、外でもだ。いいな?この後のことは、追って伝える。何かあれば、俺に直接言え。自分の部門長を通さなくていい」
フィオは小さくうなずいた。急に体が小さくなったように見える。
その横顔は、昨日の研究者の輝きとはまるで違っていた。
曇っていて、悔しそうで、どこか寂しげだった。
胸が、軋む。まだ、何も始まっていないのに。なぜ、こんなことに。




