4-1 魔獣が、どんどん寄ってくる。
今日も魔石取りに、オルベンの森へ向かうことにした。
さすがに毎日ギルド事務の支援が必要なわけでもないらしい。
かといって、町内の作業はどうにも気が乗らない。……そのうち、やってみないとな。
本当なら今日もフィオと行きたかった。だけど、今日は都合が悪いらしい。
代わりに、監視員としてカイラムが同行することになった。
まったくの初対面な監視員と二人きりよりはマシ……いや、やっぱりカイラムじゃない方がありがたい。
ちなみに、別の女性職員が同行を申し出てくれた。けっこう可愛い子だったのに。
しかし、さりげなく、しかしきっぱりと、フィオが同行を辞めさせていた。
解せぬ。
「おい、そんなに奥へ踏み込むな。帰り道が分かる自信があるのか?俺に頼るつもりなら許さんぞ」
森へ向かう道は、二人とも黙ったままだった。ああ、空気が重い。いい天気だというのに。ちなみに今日は雲が多め。さすがにこの地域は常に晴ればかりではないらしい。
ひときわ長く感じた歩みの末、ようやく森に到着する。
今日はさすがに、カイラムも未届け人の護衛を兼ねてか、森の中までついてきた。
ずかずかと森へ進むこと、しばし。ちょうど今、いらだったカイラムの声が飛んできたところ。
いや、別に迷うつもりはない。ただ――単純に、狩りを始めるのを先延ばししたいだけです。なんか、嫌な予感がする。
「いいかげんにしろ。この辺りで始めよう」
カイラムに促され、仕方なく腰を下ろす。
一呼吸置いた瞬間、カイラムが森の奥へ鋭い視線を向けた。
「……早いな」
どうやら、もう魔獣が寄ってきているらしい。
今日の武器もボウガン。わざと外すような真似はしない。けれど、緊張で腕が少し震える。
それでも、狙いは外さなかった。
魔獣はあっさり倒れる、魔石を拾って腰の袋にしまった。
ちなみに魔素を吸わないよう、AIスマホには事前に言い含めてある。ここで揉め事はごめんだ。
「ふむ。今度は場所を変えて……なんだと?」
カイラムが再び森の奥を睨む。
どうやら、気配を素早く察知したらしい。
今度はウサギ魔物が、妙に距離を取っている。
こちらには気づいているようで、ちらり、ちらりと俺とカイラムを見比べていた。
「少し遠いな。……俺がいると、魔素の濃さで近づかないかもしれん。離れよう」
そう言ってカイラムが距離を取った瞬間、ウサギ魔物は身をひるがえして逃げていった。
……よかったのか、悪かったのか。まあ、逃げてくれたならそれでいいか。
「む。こうなったか。まあいい、もう少し頑張ってみろ。俺は少し離れたところから見守る」
そう言い残し、カイラムはさらに距離を取る。すぐに、姿が見えなくなっていた。
だが気配を消して、きちんと俺を見張っているのだろう。
もっとも、姿が見えないだけでありがたい。
俺はホッと一息つき、小声でAIへ囁いた。
「なあAI。カイラムに“ウサギ魔物の入れ食い”って状況を見せたくない。
かといって、お前に今日の段階で魔石を吸わせたくもない。なんか、穏便な手はないかね」
胸元でAIが微かに震えた。“囁きモード”という概念があるのかは怪しい。
スマホ側のボリュームを下げてみた。これで効くかな?
「提案します。一つ、**魔素放出量を意図的に下げる**。
ただし、魔獣の誘引効果も低下します」
「そんな器用なことができたら苦労しないよ。そもそも俺は魔素がないんだろ?」
「二つ、**魔獣を“わざと遠くに誘導”してから狩る**。
カイラムの視界外で行えば、“入れ食い体質”は観測されません」
「……いや、見えないだけでキッチリ彼が見張ってる点も考慮に入れたい」
「三つ、**“魔獣が寄ってこないふり”をする**」
「ふり?」
「はい。魔獣が接近しても、ノアスが“気づかないふり”をして、カイラムが離れた瞬間に狩る。カイラムは“魔獣が寄ってこない”と誤認します」
「……お前、たまに悪知恵働くよな」
「評価ありがとうございます。なお、これは“穏便”に分類されます」
穏便の基準がよく分からない。
「で、どれが一番現実的だと思う?」
「二番目の“誘導してから狩る”が最適です。
カイラムの監視範囲は広いですが、魔獣の接近速度の方が速い。
ノアスが少し動くだけで、観測を回避できます」
「なるほどな……」
森の奥から、また小さな気配が近づいてくる。
カイラムが離れた途端、魔獣の反応が露骨に変わった。
――やっぱり俺、“入れ食い体質”なんだな。
「よし、AI。誘導作戦でいくか」
「了解。“穏便な稼ぎモード”を開始します」
「そんなモードあったのかよ」
「今、命名しました」
……まあいい。
とりあえず、カイラムにバレずに稼ぐ方法は見えた。
「さて、仕事するか」
俺はボウガンを構え、森の奥へと静かに歩き出した。
**
「四羽、か。……先日の三羽は、嘘でなかったようだな」
あきれ顔でカイラムはつぶやいた。
結局俺たちは、ちょこちょこと移動しては座り込み、ウサギ魔物を待つ手法に出た。
時間稼ぎと、カイラムの目をくらませるためだ。
しかし、カイラムの目はごまかせなかったらしい。姿は見えなかったのに、森を抜けた瞬間に後ろから現れた。狩ったウサギの数も、まったく見逃していない。そこまで、甘くないか。
ちなみに森を出るのに迷いかけ、予想以上に時間を食って汗をかいたのは秘密だ。
昼を少し過ぎる頃まで、俺は森の中をうろついていた。
腰を据えて構えた途端、ウサギ魔物が姿を現す。待つ時間はほとんどない。
三羽目なんて、撃ってくれと言わんばかりに近くから顔を覗かせ、思わず驚いたくらいだ。やはり俺の体質は、異常らしい。
標準的な狩りで考えれば、今日は十分な獲物だ。遅めの昼食を取って、そのままギルドへ戻ることにした。カイラムと一緒にいるのも気まずい。
門番へ会釈し、ギルドの受付へ向かう廊下を進む。
「報告書の書き方はわかってるので、ここまででいいです。今日はありがとう」
「む……そうか。……わかった。何かあれば受付に言え」
なにか言いたげなそぶりを見せつつ、カイラムはギルドから出て行った。
入れ替わりにフィオが近づいてくる。
「お疲れさま、フィオ。今日は一緒に行けなくてごめんね」
「いやいや。カイラムさんと二人っきりとは思わなかったよ。
あの、ルミリさんだっけ? あの人と一緒でも……」
「は?」
フィオがにこやかに笑いかける。
これは、話題を変えるべきですね。五十五歳な俺は、きちんとわかってますよ。
「補足します。“二人っきり”という状況は、一般的に親密度上昇イベントとして分類されます。
ただし本日のケースは、対象カイラムの好感度が一方的であるため、恋愛フラグの発生確率は極めて低いと推定します」
何を言ってるんだ、お前は。フィオは変なものを見るような、微妙な表情をしていた。 いや、カイラムと恋愛関係になるつもりは、俺に無いですよ。間違いなく、カイラムも。信じて。
**
報告書を書き上げ、受付へ渡す。もちろん手書き。AIスマホに焼き付けまでして悪目立ちはしたくない。
ついでにフィオにも結果を報告した。
「四羽、ですか。午前中で。すごい。……ちょっと、分けてほしいな」
悪戯っぽい顔で見上げてくる。うーん、かわいい。
「……フィオさんに相談なんだけど。ギルドとして不味いのはわかってる。
だけど、今度から1~2個くらい、たまに魔石の数をごまかして持って帰ってこようか?研究に役立つでしょ」
フィオは茫然とした顔。そこまで考えてなかったらしい。真剣に考え込む。
「それは……確かにとても魅力的。……でもそれは、本当にまずい。ちょっと、それは……」
あまりの葛藤ぶりに、こちらが申し訳なくなってくる。ちょっとチョロまかすレベルの話ではなかったらしい。
「ごめん、フィオさん。変なこと言って。忘れて」
なにか、すべて丸く収まる方法ないかなあ。




