【フィオ断章:研究前夜】
――今日から、研究を始めよう。
あの言葉を口にした瞬間から、胸の奥がずっと落ち着かない。
嬉しいのか、緊張なのか、よく分からない。ただ、眠れそうにないのは確かだ。
窓の外は真っ暗で、家の中も静か。
魔石について調べたいことが、頭の中をぐるぐる回っている。
その中心に……いや、周りに? どこかに、別の存在がいる。
――ノアス。
呼び捨てにしてみたら、思ったより自然だった。
受付の人にからかわれたときは、どうしようかと思ったけれど……
でも、距離を詰めるのは悪くない。そう思えた。
弟みたいな年恰好なのに、瞳は落ち着いていて、話す内容も若さを感じない。
渡り人って、みんなああなんだろうか。
……魔石のことを考えていたはずなのに。何を考えてるんだ、わたしは。
机の上には紙を広げている。
魔石について調べたいことを、思いつくまま書き連ねていく。
これまでは、紙に残すなんて怖くてできなかった。教団に睨まれたくないから。
「……これも調べたいし」
つぶやきながら、ペンを走らせる。
・魔石の色と温度の関係
・魔獣の種類による違い
・教団の魔石との比較
・魔石同士を近づけたときの反応
・魔素の流れの見えかた
・ノアスの“声”が魔素を吸う仕組み
・ミルダンの魔石の特徴
・ラズナの魔石の密度
・魔石の保存方法
・魔石の加工の可能性
書けば書くほど、胸が高鳴る。
こんなに“知りたい”と思ったのは、いつ以来だろう。
でも――
ペンを置いた瞬間、胸の奥に小さな不安が落ちてきた。
カイラムのこと。
あの人は、たぶん教団の人。わざわざ口に出してはいないけれど、信徒くらい深い立場なのだろう。
ノアスを“消去”なんて、絶対にさせたくない。
どうすればいいかな、これから。
ノアスには、ロスティアで楽しく過ごしてほしい。
望まぬ渡り人のはずだ。この世界を嫌いになってほしくない。
まして教団を敵に回してほしくない。
研究なんて、町の人からすれば“余計なこと”。
ギルドの人たちだって、あまり良い顔はしない。
ノアスが巻き込まれるのは、嫌だ。
でも――
あの人は、私の話をちゃんと聞いてくれた。
笑わない。否定もしない。私の言葉を、真剣に受け止めてくれた。
……守ってあげたい。
この町のことも、教団のことも、魔石のことも、カイラムのことも知らないノアスを、私が守らなきゃ。
ノアスが余計な噂や、変な目を向けられないように。
私と、研究が続けられるように。
私が、ちゃんとしなきゃ。
明日から、だいぶ忙しくなる。でも、それが嬉しい。
「……ノアス。よろしくね」
小さくつぶやいて、紙をしまう。
もう寝よう。胸の奥の高鳴りは、まだしばらく収まりそうにない。
魔石の研究が楽しみだから――だよね。きっと。




