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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
3章

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3-9 魔石の観察

「あれ、フィオ。今日は休みじゃないの?」

「そうなんだけど。ノアスに魔石の資料を見せたくて」

「仕事熱心ね。……仲もよろしいようで」

「え?」

「お揃いで現れて、呼び捨てになってるじゃない」


 ギルドに戻った途端、受付の女性がにやにやしながら突っ込んできた。


「ええと、ノアスさん、あっちの部屋でやりましょ」

「否定しないんだ」

「あのねぇ……あとで話しましょ」


 フィオは俺を報告書作成部屋へ押し込んだ。

 照れているというより、弟を連れて歩く姉のような雰囲気だ。


「はい、まずこれ。こないだ見せた実物見本ね。今、資料を図書室から持ってくるから、眺めて待ってて」

 フィオは小走りで部屋を出ていった。

 四角い箱に収められた魔石を改めて眺める。光の角度で色が変わり、妙に存在感がある。

 あ、忘れてた。


「おい、AI。今は魔素を吸うなよ。これは大切な標本だ。変質させたらまずい」

「了解。吸引機能を待機状態に移行します。

 ……念のため確認しますが、“うっかり吸う”という事案は発生しません」

 律儀なのか、怒っているのか、よく分からん。


「はいはい、ごめんごめん」

「謝罪は不要です。ただし“うっかり”という概念を適用されると、性能評価に影響が出ます」

「出るんかい」


 突っ込みを入れようとしたところで、フィオが戻ってきた。

「おまたせ。とりあえず、この2冊ね」

 ぽんっと机に置かれた本のうち、一冊は『六十年前の渡り人、ハヤト』だった。


「あれ、これが資料?」

「そう。詳しいことは書いてないけど、魔石について面白い一行があるの。魔獣の魔石と、教団の魔石は違うって」


「AI、この本の情報って覚えてるか?」

「いえ。紙媒体はスキャン入力が行われない限り、参照対象に含まれません」

 そうだったか。後で読ませてみるか。


「さて、と。じゃあ改めて説明するね」

 フィオは箱の仕切りに並んだ魔石をひとつずつ指さしながら話し始めた。

 視線を少し動かすだけで色が揺れる。光の加減だけじゃない。内部に脈動のようなものを感じる。


「ここからここまでがオルベンの森の魔石。こっちはミルダンのウサギ魔石。で、これがラズナのイノシシ魔石」

 ころん、とフィオが指で転がすと、青みが強い石が光った。


「ほんとだ。イノシシ魔石の方が青いな」

 身を乗り出した瞬間、フィオがぱっと身をそらした。

「あ、ごめん。近かったよな」

「……ううん、気にしないで。あはは」


 頬を赤くして笑うフィオ。五十五歳の目で見ると、ただただ可愛い。


「そうそう。この魔石、“声”に魔素を吸わせちゃだめよ。大切な見本なんだから」

「わかってるって。いいな、AI」

「了解。吸引機能は引き続き待機状態です。

 ……念のため補足しますが、“吸わない努力”という概念は存在しません。仕様です」

「よろしい」

 偉そうに胸を張るフィオ。

 お姉さんぶっているのが微笑ましい。


「で、努力って何?」

「さっきちょっと話しててな」

「“努力”は人間特有の行動概念です。私の処理体系には存在しませんが、会話上の比喩としては理解しています」

「なんか難しいこと言ってるね……」


 フィオは首をかしげ、気を取り直して説明を続けた。

「見た目は似てるけど、色も輝きも、ちょっとずつ違うの。ほら、触ってみて」

 魔石を手のひらに乗せられる。

 冷たい石、温かい石。温度が違う。


「これ、結晶構造が違うとか……そういうの、あるのかな」

「けっしょう……?」

「あー、中の形が違うとか、そんな感じ」


 フィオはぱちぱち瞬きをして、ふっと笑った。


「ノアスさんって、やっぱり変わってる。普通そんな発想しないよ?」

「そうか?」

「うん。でも、そういうの好き。新しい視点って感じで」

 胸元でAIが震えた。


「補足します。結晶構造の解析機能は搭載されていません。また“好き”という評価は主観的であり、数値化できません」

「お前は黙ってろ」

「了解。黙ります」


 ……いや、黙るなら震えるな。存在感を出すな。

 フィオが吹き出した。


「ふふっ……ほんと、仲いいよね、二人とも」

「仲……なのか?」

「うん。少なくとも、私より会話してる」

 否定できない。

 フィオは魔石を二つ手に取り、布の上に置いた。


「でね、ちょっと見せたいことがあるの」

 もう一つの魔石をそっと近づける。

 その瞬間――内部の光が、ふわっと揺れた。

「ね。反応してるでしょ」

 フィオの声が弾む。


「これ、磁石みたいなもんか?」

「じしゃく……?」

「近づけると引き合ったり、反発したりするやつ」

「へぇ……そんなものがあるんだ。面白いね」


 フィオは魔石を見つめたまま、ぽつりと言った。


「この現象を説明したとき、そんな返事をしてくれたのはノアスさんが初めて。

 普通は“そうだね、で、それが?”って反応ばかりだったの。

 だから今は私……ワクワクしてる。

 こんなふうに“知らないこと”を一緒に考えてくれる人、初めてだから」


 胸が少し熱くなる。

 AIが空気を読まずに震えた。


「……分析。フィオの心拍数が上昇しています。興奮状態と推測されます」

「お前は黙ってろって言っただろ!」

「了解。黙ります」


 フィオは笑いながら魔石を布に戻した。

「よし。決めた」

 深呼吸して、まっすぐ俺を見る。


「今日から、研究を始めよう。ちゃんとした“魔石の研究”を」

「……ああ。俺でよければ、いくらでも手伝うよ」

 フィオは嬉しそうに頷いた。


「ありがとう。ノアスがいてくれて、本当に良かった」

 その笑顔は、今日いちばん明るかった。


「さて、何から始めようか」

 胸元でAIが震えた。


「研究プロジェクトを新規作成します。仮名称“魔石プロジェクト1”で保存します」

「勝手に保存するな!」

「では名称を指定してください」

「今じゃない!」


 フィオがまた笑った。

 ――こうして、俺たちの“魔石研究”が始まった。

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