3-8 フィオの夢
特に目的地は決めないまま、フィオと並んでオルベンを歩いていく。
農地のほうも見たい、と言ったら、途中でフィオは迷いなく左へ曲がった。
オルベンは四角形でも円形でもなく、いくつかの小さな商店街と農地が点在し、それらがゆるくつながって町を形作っているらしい。都市計画で整備された街並みとは違う、自然に広がった町だ。
やがて畑が広がり、はるか遠くには小さな森が見えてきた。
あれは、俺たちがウサギ魔獣を狩った森か。ぐるっと遠回りして、門からあそこへ行っていたんだな。
広々とした畑には、野菜や穀物らしき作物が並んでいる。
だが、働いている人の姿は見えない。
これを牛馬だけで管理するのは……無理じゃないか? フィオに農機の話を振っても、ぴんと来ていなかった。種まきや収穫の時期は、相当な人手が必要だろう。
それにしても不思議だ。
この方向には、門のような大きな壁が見当たらない。
むしろ森に対して壁が必要なんじゃないか……そんな気がしてしまう。
空気が澄んでいる。植物のにおいが、胸の奥までスッと入ってきた。
「ノアスさん。さっきの続きだけど……」
フィオが立ち止まり、振り返った。
その表情は、さっきより少しだけ真剣だ。
「私、やりたいことがあるの」
「やりたいこと?」
「うん。……魔石の研究」
魔石。この世界に来てから何度か耳にした単語だが、まだ詳しくは知らない。
「魔石の研究って……どんなことをしたいの?」
「もっと整理したいの」
フィオはきっぱりと宣言した。
「魔石には、魔物から取り出すものと、教団が供給するものの二種類がある。でも、それが本当に同じものなのかもはっきりしていない。
特に魔物の魔石は、大雑把なまま扱われているだけ。
今はただ“魔石”として漠然と使っているけど、本当はもっといろんな性質があるはずなんです」
フィオの声が、どんどん熱を帯びていく。
「でも、体系化されていない。……誰も、しようとしない」
フィオは胸の前で手を組んだ。
「魔石の性質をまとめて、分類して、使い方を整理して……そういう“学問”みたいなものを作りたい。でも、この町では“余計なこと”って言われてしまって」
ああ、なるほど。これがフィオの“もっと”の正体か。
「フィオは、魔石の研究者になりたいのか?」
「研究者……というほど立派なものじゃないわ。でも魔石を使えば、もっと生活が楽になるはず。
農作業も、燃料も、照明も……それに、魔物の対策にも使えるかもしれない」
フィオの目が輝いている。さっきまでの静かな表情とは違う。
これは、夢を語る人の顔だ。
「でも、教団は“魔石の扱いは慎重に”って言うばかり。
実際、魔石も、服も、お肉も、建物の資材も、道具も、鍛冶も……ほとんど、なにもかも。農作物以外は教団に頼ってる。
オルベンは自立できない。頼りっきり。他の町に、教団に」
いつの間にか、フィオの声は大きくなっていた。
「この町は農作物を供給だけすればいいって。あとはほとんど、この町では無理だよ、って言うんです。町の人たちも、ギルドのみんなも。
“変化は危ない”“昨日と同じ今日が安全だ”って。
確かに変わらない日々は心休まるかもしれない。でも……だからこそ、ちゃんと理解しなくちゃって思うの。自分たちが今、何をしているか」
胸元でAIが震えた。
「……分析。体系化されていない知識は事故の原因になります。研究は合理的です」
「お前、急に真面目だな」
「通常業務です」
フィオがまたくすっと笑った。
「ごめん。喋りすぎちゃった」
すっと一息つくフィオ。
「ノアスさんは……どう思いますか?魔石の研究なんて、変ですか?」
変かどうかなんて、考えるまでもない。
「変じゃない。むしろ、すごくいいと思う。
よくわからないなら危険かもって目を背けないで、ちゃんと知るべきだ。知ることは大事だ。俺はそう思うよ」
「ノアスさんの世界でも……?」
「ほとんど覚えてないけどな。でも、“知らないまま使う”のは危険だってことくらいは分かる。
フィオの言うことは、間違ってないよ」
フィオはしばらく黙って俺を見つめていた。
そして、ふっと微笑んだ。
「……ありがとう。そう言ってもらえると、少し勇気が出た」
風が吹き、フィオの髪が揺れた。
その横顔は、さっきよりずっと明るい。
「もし、ノアスさんがよければ……魔石のこと、少しずつ一緒に調べませんか?」
「俺でよければ、喜んで」
にっこり微笑んでみせる。カッコよく見えてるといいなあ。
胸元でAIが震えた。
「……協力します。ただし、危険な作業はノアスの生存率を下げるため推奨しません」
「お前は黙ってろ」
「了解。黙ります」
……いや、黙るなら震えるな。存在感を出すな。
フィオがまた笑った。
その笑顔は、今日いちばん柔らかかった。
――この町には、まだ可能性がある。そして、フィオにも。
その未来を少しだけ覗いてみたいと思った。




