3-7 フィオの胸の内
そのまま俺たちはオルベンの町の奥へ進んでいった。どんどん開けてくる。家と家の距離が開いていくせいだ。そろそろ農地が近づいてきたのかな。少し開けた場所まで歩いたころあいだった。
フィオがふっと足を緩めた。俺もつられて立ち止まる。
風が通り抜ける。
静かだ。
この町は本当に、どこまでも静かだ。
「ノアスさん。……さっきの話の続きなんですけど」
フィオは前を向いたまま、ぽつりと口を開いた。
「この町、変わらないんです。ずっと。
良く言えば安定してる。言い方を変えると……停まってる」
その声は、明るくも暗くもない。
ただ、長いあいだ胸の奥にしまっていた言葉を、ようやく外に出したような響きだった。
「変わらない、か」
フィオは頷いた。静かに、しっかりと。
「教団の教えが強い町なんです。“秩序を守れ”“先人を敬え”“変化は慎重に”……それ自体は悪いことじゃないんですけど」
フィオは小さく息をついた。
「新しいことをしようとすると、すぐ止められます。
“今のままで十分だ”“余計なことをするな”って」
ああ、さっきの“いい町なんですけど、ね”の“ね”は、これか。
「フィオは、変えたいのか?」
俺がそう聞くと、フィオは少しだけ驚いたように目を瞬かせた。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「変えたい、というより……“良くしたい”んです。もっと便利に、もっと楽に、もっと整えて。そういうの、あってもいいと思うんです」
その言葉は、控えめなのに力があった。
「でも、受け入れられないんだな」
「ええ。“変化は危険だ”って、ずっと言われてきた町ですから。
馴染めない若い人たちは、お金を貯めて別の町に行ってしまいます。ここに残るのは、変わらないことを望む人たちばかりで……」
フィオは言葉を切り、少しだけ視線を落とした。
「私は、この町が好きなんです。静かで、優しくて、危険も少なくて。
でも……このままじゃ、いずれ誰もいなくなる気がして」
その横顔は、いつもの明るさとは違う。けれど、沈んでいるわけでもない。
ただ、真剣だった。
胸元でAIが小さく震えた。
「……分析。停滞は衰退の前段階です。改善意欲を持つ個体は貴重です」
「ちょっと今、黙ってて。デリケートな話をしてる」
「了解。黙ります」
……いや、黙るなら震えるな。存在感を出すな。
フィオがくすっと笑った。
その笑顔は、さっきより少しだけ柔らかい。
「ノアスさんは……どう思いますか?この町、変だと思いました?」
急に振られて、俺は少し戸惑った。でも、嘘をつくのも違う。
「変だとは思ったよ。でも、悪い意味じゃない。俺の世界とは違う、と思っただけだ。平和は良いことだよ。変わりたくないって気持ちを、否定はしない。
静かで、落ち着いてて……俺には、ちょっと羨ましいくらいだ。
だけど、変化を求めるのは良いことだと思うよ」
最初は寂しそうな眼をしていたが、フィオは最後の俺の言葉で目を丸くした。
「羨ましい、ですか?」
「ああ。若いやつはともかく、歳をとると変化は怖い。昨日と同じ今日は、安心できる。何を生きがいに生きるか、って価値観は若いやつと年寄りで違うだろう」
うまく言えないな。俺は何をフィオへ伝えたいんだろう。
「ほとんど思い出せないが・・・俺の世界は、うるさかったような気がする。いろんな価値観と欲望がぶつかりあって、軋んで。
まだこの世界に俺は慣れていない。だからこの静けさは……生き急がせない。ずいぶんと、落ち着いてるよ」
フィオは何か言いたげだ。でも、黙って俺の話を聞いている。
「でも、ギルドの事務処理をやって分かったよ。昔ながらの仕事を続けてるだけじゃ、進歩がない。ちょっと驚かせちゃったけど、あの程度のことでフィオは楽し気に笑ってくれた。それは、変化があってこそのことだったと思うよ」
フィオはしばらく黙って俺を見つめていた。
そして、ふっと微笑んだ。
「……ありがとうございます。そう言ってもらえると、少し救われます」
風がまた吹き抜けた。
静かな町の空気が、少しだけ温かく感じられた。
「でも、ノアスさんって、私より年下ですよね、どうみても。なんでそんな老人みたいな話をするんです?」
ええと・・・なんて答えよう。
「ノアスさん。もしよければ……もう少し、この町の話をしてもいいですか?」
「もちろん」
フィオは小さく頷き、歩き出した。その背中は、さっきより少しだけ軽く見えた。
――この町には、まだ知らないことがたくさんある。
そして、フィオにも。
それを知るのは、きっと悪くない。




