3-6 静かな町を歩く
意気揚々とデート……いや、町案内の散歩を始めようとギルドの扉を出た瞬間、思わず立ち止まった。なんだ、この違和感は。
朝の光は眩しいのに、空気は妙に静かだ。ギルドは門のすぐ隣にある。だから当然、その前は大通りにつながっているはず。辺鄙なところに作る門なんて、あり得ない。
……なのに、賑やかさがない。
人通りはそれなりにある。馬車も遠くでゆっくり走っていく。どうやら自動車みたいな動力源はないようだ。自転車もないのかな。
重そうに買い物袋を提げた人たちも見える。買い物かごって概念は?馬車がある以上、車輪はあるのに。
そして大人しか見えない。子どものはしゃぐ声もない。今日が休日なのかは知らないが、どうも静かだ。職場へ向かう人たち、みたいな勢いもない。
店の呼び込みもない。
人々は淡々と歩き、淡々と買い物をし、淡々とすれ違っていく。
「静かだろうなあとは思ってましたけど……ここまでとは」
思わず漏らした俺の言葉に、フィオがくすっと笑った。
「オルベンは、昔からこんな感じなんですよ。農業が中心ですから。今の時間は町よりも農地の方に人がいます。この辺りに人が集まるのは……夕方、でしょうか。食事やお酒くらいで。
危険も少ないし、争いもないし……いい町なんですけど、ね」
フィオはそう言いながら、俺の横を歩き出した。
俺も慌ててついていく。最後の一言が、ちょっと引っかかるな。まあ、いいか。
大通りを進むと、商店がぽつぽつと並んでいた。
八百屋、パン屋、雑貨屋……どれも二階建てがせいぜいで、看板も控えめ。
淀んではいないが……整っている、とでも言えばいいのか。
店先に並ぶ商品はそれなりに豊富。だけど、どこか“さびれた田舎町”の空気が漂っていた。
「呼び込みとか、しないんだな」
「ええ。あまり、そういう文化がないんです。静かに、秩序正しくが、この町の気質ですから」
いわゆる統制とも違うのか。清廉ってことかな。娯楽も望まず、みたいな感じか。
雑踏の乱雑さがまったくない理由が少し分かった気がする。ゴミが散らばって不潔でもない。きっちり清掃は行き届いている。
舗装は無しだから土埃があるくらい。石畳ではない。轍もほとんどないな。
十分ほど歩くだけで、もう商業地区は抜けてしまう。このあたりは住宅街、かな。
石造りの家と木造の家が混在し、区画は広々としている。
農家が多いらしく、畑や小さな牧草地も見える。
……なのに、酪農の臭いがほとんどしない。
「フィオ、これ……家畜とかいないの?機械仕掛け?トラクターとか」
「機械……?農作業用の力仕事を任せる動物はいますよ。あっちのほうに。
でも、今日の風向きだと匂わないから、わかりづらいかも」
さらに歩くと、川沿いに水車が見えた。大きくはないが、しっかり回っている。
「お、歯車が素数で組んであると壊れにくいんだよな。ほら、周期が重ならないから――」
知ったかぶりを披露したつもりだったが、フィオはあっさり頷いた。
「さすが渡り人の人はご存じですね。かなり昔に渡り人が提案したとか。これもずいぶん揉めたみたいです。理由がよくわからない、ってことで」
「……知ってたのか」
「はい。常識ですよ?」
常識か……。見知らぬ渡り人め、俺の見せ場を奪いおって。
「ちなみに理由をノアスさんは知ってるんですか?」
「え?ええと……たしか、それぞれの数が1以外で割り切れない数字だと、噛み合いが変に偏らないから、みたいな理由だったはず」
「割り切れないと、何か違うんですか?」
「うーん、それ以上は説明できないな。AI、補足を簡潔に頼めるか?」
「……歯車の周期が重ならず、摩耗が分散されます。結果として耐久性が向上します」
フィオはパッと瞳を輝かせた。
「初めて知りました!もっと教えてください」
笑顔が眩しい。フィオは好奇心が強いみたいだ。
しばらく俺はフィオの質問に答え続けた。いや、実際に答えたのはAIだけどさ。
やがてフィオがぽつりと言った。
「案内すると言っても、このとおり本当に何もない町なんです。外からくる人も、本当に少ないです。町の人たちだけで、毎日が過ぎて行きます」
「観光客とか、そういうのは?」
「観光……?」
きょとんとするフィオ。あれ、そこからか。
あれこれやり取りして、ようやく俺はわかった。この世界、ロスティアでは観光という概念そのものが希薄らしい。教団の思想によって。
町同士を移動することが、そもそもめったにない。もっと言えば、娯楽すら希薄。タバコは何それって顔をされた。芸能やスポーツの概念も、フィオにはうまく伝わらない。
仕事をして、酒を飲んで心を鎮めて……そんな禁欲的な世界らしい。
「私は、もっと……」
フィオは何かを言いかけて、やめてしまう。自嘲というほど暗くはない。
軽い口調だが物足りなさと諦め気味、そんな思いが入り混じるふうに聴こえた。
「あきれましたか、ノアスさん。あっという間に案内が終わってしまって」
フィオは苦笑しながら肩をすくめた。
「いや、十分だよ。俺には全部新鮮だし」
そう言うと、フィオの笑顔は、少しだけ眩しくなった。
胸元でAIが小さく震える。
「……観察結果。人の動きは規則的で、騒音が少ない。
この町は“静穏性”を重視した文化圏と推測します」
「お前、また勝手に分析してるな」
「通常業務です」
フィオが不思議そうにこちらを見る。
「ノアスさん、今の……?」
「いや、なんでもない。俺の“声”が、ちょっとね」
フィオは首をかしげたが、深くは追及しなかった。
静かな町並みを歩きながら、俺はようやく“この世界に来た”という実感を噛みしめていた。
――オルベンの町は、静かだ。
でも、その静けさの奥に、何か理由がある気がする。
それを知るのは、もう少し先の話だろう。




