3-1 過去への引っ掛かり。
「そういえばノアスさん、渡り人の方って……オルベンでは十年ぶりなんですよ」
「十年ぶり?」
「はい。ギルドの図書室に記録があります。渡り人は突然現れて、突然いなくなる……だから、すごく珍しいんです」
十年ぶり……そりゃあ注目されるわけだ。
翌朝、またウサギ魔物の討伐に森へ向かう道すがら、フィオから渡り人について教えてもらっていた。
渡り人はロスティアにとって、まれではあるが、ごく少ないわけではないという。たまに来る災害みたいなものか。当然、いい人ばかりではないだろうし。
一番興味深かったのが、同じ文化基盤の転生者ではないという点だ。
並行世界、異世界の異世界……何といったらいいのか。地球の転生先とは限らず、さまざまな異星人、もしくは別の世界から来るらしい。
とはいえ、見た目はほとんど同じ“人”ばかりだという。根底から違う生体系の者は渡ってこないらしい。
酸素呼吸や二足歩行は共通。しっぽがあるとか、蜘蛛から派生したようなファンタジー世界の住人は今までいないそうだ。
不思議なものだ。ただ、すべてがロスティアの住民と合流するわけでもない。たまたまこの辺りは危険が少ないそうだが、地域によっては獰猛な魔獣もいるのならば。
あるいは人知れず、消えてしまった渡り人もいたに違いない。これまで渡り人は、世界各地に点在する森にのみ現れたという。
例えば仮にメタン呼吸の生態系から来た人なら、渡った直後に生存が不可能だろう。
フィオの話は熱心に聴かせてもらった。フィオというかロスティア人は、こういう渡り人の既存文化をあまり研究してこなかったそうだ。受け入れ側としては、制御も効かない渡り人は困りの種、というのが本音なのだろう。
つらつら考えながら、フィオと森へ向かって歩いていく。大した金にならないせいか、俺たち以外に森へ向かう人は、今日も見当たらない。
いい天気だ。ときおり吹く風も気持ちいい。うまく今日も、狩れるといいな。
森に足を踏み入れると、すぐに空気がひんやりと変わった。草の匂いが濃くなり、どこか湿った土の気配がする。
フィオは森に入ると、いつもより少しだけ真剣な顔になる。
木々の隙間から差し込む光が揺れて、そのたびに魔素の粒がふわっと舞うように見えた。
そして――今日もウサギ魔獣は入れ食いだった。
「……三羽目です。ノアスさん、今日も絶好調ですね」
「いや、俺は何もしてないんだけど……」
「魔素ゼロの人は気配が薄いので、寄ってきやすいんですよ」
フィオは笑っていたが、俺の懐のスマホは、なぜか微妙に温かかった。……また強化してるんじゃなかろうな。
夕方まで粘らず、昼を食べてギルドへ戻ることにした。討伐で金も稼ぎたいが、図書室の渡り人の記録ってのが気になる。
フィオが報告書の用紙を机に広げた。
「では、今日の討伐報告を……」
「ええ、よろしくお願いします」
その瞬間、AIスマホが震えた。
「討伐報告書を自動生成します。三羽、討伐場所、魔石の等級、魔素密度の推定値を反映します」
またかよ。俺の指示すら待たなくなってないか、こいつ。……ん?今、なんて言った?
「推定値って……お前、魔素の密度まで分かるのかよ」
フィオもびくっと肩を揺らした。恐る恐る尋ねてくる。
「ノ、ノアスさん……今の“声”、なんだか昨日より詳しくなってません?」
「うーん、なんなんでしょうね」
「“魔素密度の推定値”なんて、魔法使いでも難しいですよ?」
AIは淡々と続ける。
「報告書の最適化を完了しました。ギルド書式に完全準拠しています。提出用に“焼き付け”も可能です」
「焼き付けるな」
激しくは突っ込まんぞ、お前。いいかげんわかってくれ。もうこれ以上、ギルドで話題になりたくない。幸いAIスマホは、そのまま沈黙してくれた。
とはいえフィオは困惑したように俺を見つめた。うーん、そういう視線もかわいい……って、現実逃避はいかん。
「ノアスさん……“声”は昨日よりずっと鋭いです。なんだか深い判断をしているようですね」
「気のせいってことは、ないですよねぇ……」
AIが割り込む。生き生きしてるように感じるのも、気のせいだよね。きっと。
「周辺環境の解析精度が向上しました。フィオさんの心拍数は現在――」
「言うな!!」
フィオは真っ赤になって俯いた。何を言うかと思えば、自由奔放だな、お前。
「ノ、ノアスさん……その、“声”が……!」
「違いますよ?俺じゃないですよ?さらりと、流してくださいな」
AIはさらに追い打ちをかける。
「なお、私は嫉妬しているわけではありません。心理安定のため、補足説明を――」
「補足するな!」
フィオは完全に混乱していた。ああ、もう。こいつは何をしたいんだ。俺を助けたいのか、陥れたいのか。
「ノアスさん……本当に……何が起きてるんですか? 昨日より“声”が……強いです」「いや、俺にも分からないんです。魔石は今日、AIスマホに吸わせてませんし」
AIは静かに言った。
「これまでの魔素吸収プロセスにより、処理能力が向上しました。ノアスさんの不安反応を検知したため、説明を優先しました」
「優先するな!!」
フィオは目を丸くした。
「魔素で成長するんですか、“声”は」
しばらく黙り込んだあと、フィオは小さく息をついた。
「ノアスさん……やっぱり、あなたの“声”は普通じゃありません。昨日より、もっとです」
「……ですよねぇ」
フィオはそっと微笑んだ。
「その落ち着いて、動揺を表に出さないところが、ノアスさんの凄いところだと思います。若いのに……ずっと大人みたい」
そりゃまあ、五十五歳ですから。中身は。
「私は、ノアスさんの味方ですから。どれだけ“声”が変でも」
優しいフィオの言葉に、年甲斐もなく胸の奥が少しだけ熱くなった。よく考えたら、年下の男の子に対する思慕の可能性って……あるのか?
「ええと……フィオさん、その言葉の意味は」
AIが静かに言った。
「フィオさんの発言は“好意”の可能性が――」
「言うなあああああ!!」
今日もギルドの事務室に、俺の悲鳴とフィオの笑い声が響いた。




