【断章:カイラム】いらだち。
夜の酒場は、いつもより静かに感じた。
いや、俺の頭の中がうるさすぎるだけかもしれない。
ノアスのやつ。今日だけで三羽もウサギ魔獣を狩っただと。
ありえん。
あんなの、普通は一日に一羽出ればいいほうだ。まったく現れない日だって珍しくない。
なのに奴は……運がいいのか、何か持ってるのか……。
渡り人ってのは、やっぱりどこかおかしい。
この酒は苦い。だが、ちびちびなんて飲んでられるか。
この胸のざわつきは、どんなに苦い酒でも薄まらない。
フィオも、フィオだ。あいつと一緒に森へ行きやがって。なんであんな無邪気に笑っていられる。
渡り人は危険だ。教団はそう言っているし、俺もそう思ってきた。
うすうす感づいてるようにも見えるが・・・フィオは教団がひそかに監視対象なほどの逸材だ。
魔石の区分けや分析に関しては他のやつとは違う。彼女は専門家になれる。魔法が使えようと、使えまいと。あの素質は、すごい。いい女とか、そんな次元とは別に、すごい。
……なのに。
ノアスは、妙に自然にフィオの隣に立つ。フィオも嫌がりやしない。にこにこ笑いやがって。
くそ、あのガキ。どこにそんな資格がある。時折見せる、あの落ち着いた眼が気に食わん。
もう、俺が教団の信者だとばれてるのかもしれない。
俺だって、できれば……いや、やめろ。そういうことを考えるな。
だが、どうしても頭に浮かぶ。
フィオはいい女だ。優しくて、真面目で、笑うと可愛い。
あいつが誰かに取られるなんて、考えたくもない。
……なのに、俺は何もできない。
教団への忠誠心が、いつも俺の心を引っかけ続ける。
離れたいと思ったことは何度もある。自由になりたい。
だが、踏み出す勇気が出ない。
ノアスは、こんな俺の迷いなんて知らんだろう。フィオと楽しげに笑いやがって。
あいつの無邪気さが、腹立たしい。
なんだか今夜は、ジョッキが重い。この手の震えは何だ。まだそんなに酔っちゃいない。
教団と自由……俺が本当に欲しいのは、どっちだ。
どっちを選んでも、後悔しそうだ。
がぶ飲みで酔えば少しは楽になるかと思ったが、逆に胸がざわつくだけだ。
くそ……ノアスめ。気に入らん。




