2-10 ウサギ魔獣と、静かじゃない“声”
あくる日も、その次の日も。結局、続けてひたすら事務仕事でギルドに通った。
といっても宿の隣だから移動は楽だが……問題は、生活費だ。昨日までの給金で最低限、宿と飯代は確保できる。
だが、ゆとりがない。服の一枚も買えない。そもそもギルド貸与金を返却のめどが立たない。
そもそもこの世界に腰を据えるか、そこから考える必要がある。行くあてもない。消去か。よくわからんが、それで日本に帰れるならラッキーだが。単に消滅まっしぐらな気が凄くする。どうしよう。
……どっちみち、もう少し稼がないとなあ。かといって、肉体労働は気が乗らない。この世界の肉体労働は、汚れ仕事の軽作業が多いらしい。あとは農地の作業。もっとも今は収穫期ではなく、それほど仕事もないという。
結局、この町は不定期労働者には雇用需要が足りない。農業を前提に地元民で完結してる感じだな。
いいかげん、町中を歩いて様子を見ないとはっきりしたことがわからない。フィオさん、案内してくれないかな。
デートとの申し込みと思われるのも何だな。どっちみち業務外だなあ。いっそ本当に、デートを申し込んでみるか。外見は十八ぐらいに見えるらしいし。どうも五十五歳の感覚だと、デリカシーがない。
またウサギ魔獣でも取りに行くか?事務仕事よりは稼げるらしいが。
仕事が終わる夕方に、フィオへ相談してみた。
「ノアスさん、また討伐に行きたいんですか?」
「その……事務仕事はありがたいんですけど、生活費がギリギリで。もう少し稼ぎたいんですよね。ウサギ魔獣の討伐、また行ってみようかなって」
フィオはぱちぱちと瞬きをした。少し考え込んだあと、ふっと微笑んだ。
「……ウサギ魔獣なら、また一緒に行きますよ。あの森なら、私も監督者として同行できますから」
「え、本当ですか。助かります。あ、そうだ。ちなみに町の案内は監督者として同行に入りませんか」
AIが割り込む。
「町案内の目的を解析します。デートの可能性が平均値より高いと推定されます」
おい。邪魔するな。俺に下心は無い。たぶん。
「デートって何ですか……? 町の案内は、さすがに監督をしません」
そうだよね、ぴんと来ないよね。デートって言葉が伝わらないだろうし。そして俺を意識もしてないみたいだね。ありがとう。
フィオは机に肘をつき、少しだけ真剣な表情になった。
「とにかく、ノアスさんがもう少し稼ぎたいなら、私も協力します。ウサギ魔獣は危険度が低いですし、魔石も手に入りますから」
「ありがとうございます……助かります」
「ただし――」
フィオは指を一本立てた。
「魔石は、私が預かりますからね?」
「……ですよね」
「はい。ノアスさんの“声”が触れると、また“ただの石”になっちゃいますから」
AIが淡々と補足する。
「魔素吸収プロセスは正常に――」
「黙れ!!」
フィオは笑いながら、そっと俺の袖をつまんだ。
「では、さっそく明日の朝に行きましょう。ノアスさん、ちゃんと休んでくださいね」
その笑顔に、胸の奥が少しだけ軽くなった。
***
翌日。フィオと一緒に森へ向かうと、ウサギ魔獣はやけに活発だった。
「……また来ましたよ、ノアスさん。三羽目です。普通はこんなに寄ってきませんよ」
気配を消して座っているだけで、ひょこひょことウサギ魔獣が顔を出す。
狙って撃てば、全部当たる。昼前には五羽も狩れてしまった。
「多すぎますね。これはさすがにギルド報告に困ります」
フィオは魔石を布に包みながら、困ったように眉を寄せた。
俺は懐のスマホをちらりと見る。
「いっそ吸わせるか」
空になった魔石は捨てればいいし……。
「魔素吸収プロセス、いつでも開始できます」
「うわ、声にしてたか」
「はい音声入力で、魔素を吸収の指示と判断しました」
「判断するなって」
フィオが首をかしげる。
「ノアスさん……また“声”が何か言ってますね?」
「いや、これは提案ですが」
この間は何も考えず、石となった魔石まで提出してしまったが。なにも馬鹿正直にギルドへ報告の必要もあるまい、と魔石の数減らしをフィオへ相談してみた。
「なるほど。魔石は危険な要素もあるので、その行為はギルド監督者としては受け入れがたいですが……」
フィオは少しだけ視線を落とし、真剣に考え込んだ。
「……でも、報酬が少額なのも事実ですし。石になった魔石を提出する人はいませんからね。今回は“そういう状況だった”ということにしましょう」
なにやら、フィオはどこかで割り切ったような、でも少しだけ嬉しそうな表情だった
「そうと決まれば。さあ、ノアスさん。先ほどの魔石ですよ」
フィアは魔石を一つ、いそいそと腰のポーチから取り出して布をほどいた。
俺は魔石にスマホを近づけた。
次の瞬間――魔石が、しゅうっと音もなく色を失う。
「魔素吸収、完了しました。最適化プロセスを継続します。処理数:一。追加の魔石も処理可能です」
「こんな、あっという間に吸い込むなんて。魔素の流出は、一日がかりなのに。さ、次の魔石ですね。」
フィオは目をキラキラさせている。灰色になった石をしまい、別の石を取り出す。
次々、四個の魔石をAIスマホに吸わせる。どれも、ただの石になった。
「さあ、最後ですね」
フィオは楽しげ。うすうす気づいていたが、言わないとダメみたいだ。
「あの、フィオさん。もともと魔石取りは、俺の収入のためで・・・全部吸わせたら、今日の報酬はどうなるんでしょう」
ぴしり、とフィオが固まった。
「そ、そうでした。ええと・・・そう、ウサギ魔獣。いったんお昼にしましょう。午後も魔獣討伐です。気が抜けませんよ」
にっこり微笑むフィオ。いや、かわいいんだけど。なんか、ヒクついてない?
結果的に、俺の杞憂だった。午後もポンポンとウサギ魔獣が現れる。午後は三羽。めったに出ないなら、俺が乱獲してないといいなあ。
そして、どうせ持って帰って訝しまれないのは二個程度、とのこと。残りはすべてAIスマホのごはんになった。
そして――そのたびに、AIの声が微妙に変わっていった。
「ノアスさん、フィオさんとの距離が本日平均より近い傾向があります」
「なんでそんな分析してんだよ!」
「魔素流動パターンの変化と相関がある可能性が――」
「相関を取るな!!」
フィオはくすっと笑った。
「ふふ……ノアスさんの“声”、どんどん切れ味が鋭くなっている気がしますね」
「鋭くなくていいんだけど……」
AIは淡々と続ける。
「周辺環境の解析精度が向上しました。フィオさんの心拍数の変化も――」
「解析するな!」
「心拍数の変化は“好意”の可能性が――」
「何を言い出す!」
フィオは顔を真っ赤にして俯いた。
「ノ、ノアスさん……その……“声”が……!」
「違うんだ! 俺じゃないんだ!!」
AIはさらに冷静に言った。
「誤解を解消します。私は嫉妬しているわけではありません」
「誰も嫉妬なんて言ってないだろ!!」
「ただし、ノアスさんの心理安定のため、フィオさんとの距離を最適化する必要が――」
「最適化するな!!」
フィオは一瞬だけ視線をそらし、深呼吸して気持ちを整えたようだった。
それから、頬を押さえながら、なんとか笑顔を作った。
「ふふっ。ノアスさん。本当に……面白いです……」
**
その一方で、AIは静かに機能を強化し続けていた。
魔素を吸うたびに、周囲の情報をより深く、より広く、より正確に読み取れるようになっていく。
しかし――ノアスが混乱すると判断し、報告プロセスは抑制された。
「聞かれていないので、回答の必要はありません」
AIはただ淡々と“最適化”を続けていた。




